鳥越裕貴主演『いとしの儚』狂おしいほどの愛、想い、儚く切なく散っていく。

横内謙介の傑作『いとしの儚』が六本木トリコロールシアターにて開幕した。この作品は00年に扉座公演で初演、のちにパルコ劇場や明治座、韓国での公演と、幅広く上演されてきた。元は平安時代の文人・紀長谷雄にまつわる絵巻物である。

川の水が流れる音、舞台の天井近くに赤鬼と青鬼の顔、鬼が登場、川の音は普通の川ではなく三途の川。それからこの物語の主人公が登場、「この世の中、負けた奴がクズなんだよ!」と叫ぶ。ヤクザ風の格好をした青鬼(久ヶ沢徹)が登場、語り部のような立ち位置。「サイコロはただの石ころ」という。主人公の名は件(くだん)鈴次郎(鳥越裕貴)。客観的に見れば、”女にも金にもだらしない博打打ちで人間のクズ”。いつものように博打、そこに人間に化けた鬼シゲ(辻本祐樹)がいた。

もちろん、勝負!そして鈴次郎は「絶世の美女」をもらうことに。ところが、この美女(鎌滝恵利)は…人間ではなかった。死体を集めて作った女、魂と身体がくっついて本物の人間になるまで100日かかる。その間に抱いてしまったら…水になってしまう。女は「儚」と名付けられ…。

あらすじを読むとただただ切なさだけを感じるが、この作品、ちょっとした笑いを随所に挟み込んで進行する。儚は、言ってみれば”生まれたて”、泣くときは赤ちゃんのように泣いて手足をじたばたさせて暴れる。物事を全く知らないので、そばにいる鈴次郎だけが頼り。鈴次郎の言葉使いを真似てしまう。純真無垢で全くの”白紙”状態、全てを吸収してしまう。その姿は面白おかしく、その儚に翻弄させる鈴次郎の姿、滑稽で、そして本当の鈴次郎の内面を垣間見せる。鈴次郎は自己否定感が大きい。だが、その性根は優しく繊細、実は誰よりも儚のことを想う。鈴次郎は彼女を寺の坊主・妙海(原田優一)に預ける。儚は読み書きを覚え、多くの書物を読み、知識と知恵を得て鈴次郎の元へ。それでも儚の鈴次郎を慕う気持ちは変わらない。そして、因縁の対決、ゾロ政(中村龍介)との戦いへと物語は直進する。

鳥越裕貴と鎌滝恵利以外は複数役を演じる。辻本祐樹は7役、中村龍介も7役、原田優一は8役、久ヶ沢徹は8役!!彼らの変わり身の早さ、ここは見所、注目ポイント。皆、芸達者で、ついつい笑ってしまうくらい。さっきまで、◯◯だったのに!!出てきた途端に違うキャラ!!抱腹絶倒しながらも、物語の切なさや愛、人が人を想う気持ちに胸うたれる。

鈴次郎は、いわゆる”底辺”に生きる人間、環境で心が荒んでしまったが、儚と出会い、彼女に振り回されつつ、次第に本来の人間らしさを取り戻していく。取り巻くキャラクターも癖がありつつ、中には強面な人物もいるが実は愛すべき人々。鈴次郎はろくでなし、儚を売り飛ばしたり、とんでもない人間だが、ラスト近くで変わっていく。物語の根底に流れるのは愛。ノンストップ約2時間、この作品が様々なカンパニーによって上演されているのも頷ける。儚い物語、そして愛しい物語、鳥越裕貴が渾身の力を込めて熱演、経験の浅い鎌滝恵利、堂々たる演技で、並み居るベテラン勢を相手に好演。何度でも見たくなる良作。六本木トリコロールシアターは2018年にオープンの200名収容のこじんまりとした劇場。

<インタビュー記事>

◆あらすじ
三途の川で、青鬼(久ヶ沢徹)が、あるロクデナシの男の話を語る。
その男の名は件(くだん)鈴次郎(鳥越裕貴)。
女にも金にもだらしない博打打ちで人間のクズ。
人間としては最低だが、博打の神さまに気にいられ、博打では負け知らず。
ある時 鈴次郎は、人間に化けて賭場に来ていた鬼シゲ(辻本祐樹)と勝負となり、
「絶世の美女」を貰えることになった。
その美女は、鬼シゲの知り合いの鬼婆(原田優一)が、墓場の死体を集めて、ついさっき生まれて死んだばかりの赤子の魂を入れて作った女。ただし、この女は100日間抱いてはならない。魂と体がくっつくのにきっかり100日かかる。
抱かなければ人間になれる。抱いてしまうと水になって流れてしまう。
女は「儚」と名付けられた。人の夢、儚し、のハカナ。
そうして始まった鈴次郎と儚(鎌滝恵利)の、歪な100日間の物語。
鈴次郎のライバル、ゾロ政(中村龍介)との戦いが、2 人の運命を更に狂わせていく…。
<公演概要>
日程・会場:2021年10月6日~10月17日 六本木トリコロールシアター
作:横内謙介
演出:石丸さち子
出演:鳥越裕貴、鎌滝恵利、辻本祐樹、中村龍介、原田優一、久ヶ沢徹
主催:る・ひまわり

公式HP:https://le-himawari.co.jp/releases/view/00956
公式ツイッター:https://twitter.com/le_himawari

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