首に押し当てられた唇、まるでナメクジ 性暴力被害者の傷、写真で可視化

リャン・インフェイ「傷痕の下」の1作品。被害者が語った性暴力の記憶が、女性の首筋をはうナメクジのイメージで表現されている 《Beneath the Scars Part II , 4》2018年 ©︎ Yingfei Liang

 性暴力は被害者にいかなる傷を与えるのか。京都市内で開催中の京都国際写真祭「KYOTOGRAPHIE(キョウトグラフィー)」で、性暴力がテーマの写真展「傷痕の下」が開かれている。作家のリャン・インフェイさんは、被害者が語った当時の記憶や今も続く苦痛を作品として再構築した。密室で起こり、語られにくい性暴力。その被害の本質を、写真という表現を通して静かに伝えている。

 ■無力感、嫌悪、体のこわばり…

 リャンさんは1990年、中国・広州生まれ。フォトジャーナリストとして中国を代表する経済メディア「財新メディア」に参画し、社会的マイノリティーに関する報道に携わってきた。性暴力被害者の語りを作品化する「傷痕の下」は、リャンさんの友人が被害を受けたことを機に始まったプロジェクト。同写真祭の公募型企画「KG+SELECT」で昨年グランプリに輝き、構成を変え今年再び、展示されることになった。

 作品は被害を受けた女性5人の語りに基づく。リャンさんは、抜け出せない無力感や、体を侵す痛みや嫌悪感、体のこわばりといった彼女たちの記憶を、カメラを通して視覚化した。例えば幼少期に両親の友人から受けた性暴力の記憶は、太い指で水中に沈められる人形に。13歳のときに学校の教務部長から痴漢行為を受けた記憶は、女性の首筋をはうナメクジのイメージに落とし込まれる。

 ■性暴力「永遠に続く狩りのよう」

 トラウマ(心的外傷)の曖昧さや混乱、不明瞭さを再現した空間デザインも特徴だ。各作品は、何層にも重ねられた透明フィルムで区切られた薄暗い空間に置かれ、近づくと男性や女性の声で読み上げられる5人の記憶の断片が聞こえてくる。鑑賞者は、まるで被害者の心の中に入り込み、打ち明け話を聞いているような感覚に包まれる。

 リャンさんは「傷痕の下」の制作にあたり、被害者から膨大な体験談を聞き取った。それは過去の自分の経験を振り返り、共通点を探し求める作業でもある。リャンさん自身、1年間制作を止めざるを得ないほどの影響を受けたという。会場には、そんな作家の心象や記憶を写した作品も並ぶ。鑑賞者が感想を記すノートも置かれ、作品を通じてつながった被害者と鑑賞者の思いが呼応する。

 性暴力はいたるところで起こっているが、表面化するのはほんのわずかだ。勇気を出して経験を語った被害者が、社会や加害者からさらなる被害を受けることも少なくない。実際、リャンさんの取材に応じた2人の女性は裁判に巻き込まれ、被告人席に座ることなったという。リャンさんは「まるで制限なく永遠に続く狩りのようである。こういった芸術的な表現に一体どういう意義があるのかと、私は時々困惑する」と吐露する。

 では、この展示の意義はどこにあるのか。リャンさんは展示に寄せたメッセージに、こう記している。

 「ひとつの物語を聴くと、それは永遠に自分の一部となる。同じ悲しい色に染まり、運命共同体となる。今この展覧会を観ているあなたも、赤の他人の色に染まるかのように彼女たちの経験の一部を連れて帰ることとなり、それらはあなたの一部となることだろう」

 ■リャン・インフェイ「傷痕の下」 京都市東山区縄手通新橋上ルのギャラリースペース「Sfera」で17日まで開催。正午~午後6時、無料。7、13、14日は休み。

作家自身の心象から生まれた作品。ベッドに横たわる女性の上を、無数の虫が飛び回る

© 株式会社京都新聞社