リビア:首都トリポリで大規模な無差別逮捕──数千人が拘束され、医療を受けられず放置される人も

10年前にスーダンのダルフールで起きた戦争からリビアに逃れてきた男性。現在、トリポリで日雇いの仕事をして生き延びているが、移民・難民の生活環境は、非常に危険な状態だと話す=2020年1月 © Giulio Piscitelli

10年前にスーダンのダルフールで起きた戦争からリビアに逃れてきた男性。現在、トリポリで日雇いの仕事をして生き延びているが、移民・難民の生活環境は、非常に危険な状態だと話す=2020年1月 © Giulio Piscitelli

 リビアの首都トリポリで、10月1日に行われた移民・難民の無差別大量逮捕によって、収容センターに拘留された移民・難民の数が、その後5日間で3倍以上に激増したと、現地で活動する国境なき医師団(MSF)が確認した。治安の悪化で、MSFが市内で毎週行っている移動診療は中断を余儀なくされ、逮捕を免れた人も外出を恐れ、医療機関受診をためらう状況が続く。市内3カ所の収容センターで医療活動を行っているMSFは当局に対し、弱い立場にある移民・難民の大量逮捕を中止したうえで、収容センターに不法に収容されている人びとの解放と人道目的でのリビア出国を認め、他国での再定住に向けた国際便の即時再開を求めている。

無力な人びとへの暴力

トリポリ市全域では、この3日間で少なくとも5000人の移民・難民が政府の治安部隊によって拘束された。自宅を襲撃され、捕らえられた人の多くは、性暴力を含む激しい暴力を受けたとも報じられている。国連によると、移民の若者の1人が死亡し、少なくとも5人が銃に撃たれて負傷したという。

襲撃を受けた1人、アブドさん(仮名)は「武装した覆面の治安維持部隊員によって、家が襲撃されました。両手を縛られ、家の外に引きずり出され、荷物や大事な書類をまとめる時間が欲しいと必死に頼みましたが、聞き入れられませんでした。収容センターに連行される途中に、私は小銃で頭を殴られ大けがを負い、足を叩かれて骨折した人もいました。その後、医師が手当てをしてくれましたが、覆面をした男たちに車に乗せられ、気が付いたときにはアル・マバニ収容センターにいたのです。4日間をそこで過ごし、無力な人びとが武器で殴られるのを目の当たりにしました。4日目になんとか脱出できました」と話す。

スーダンのダルフールから来た17歳の難民の男性。逮捕され、収容センターから逃げようとして両足を骨折し、その後は看守に激しく殴られたと言う。その日以来、働くことはおろか靴を履くこともできない=2020年1月 © Giulio Piscitelli

スーダンのダルフールから来た17歳の難民の男性。逮捕され、収容センターから逃げようとして両足を骨折し、その後は看守に激しく殴られたと言う。その日以来、働くことはおろか靴を履くこともできない=2020年1月 © Giulio Piscitelli

逮捕された人びとは国営の収容センターに送られ、清潔な水や食料、トイレもほとんどない、不衛生でひどい過密状態の場所に閉じ込められた。逮捕されたときにうけた暴力により、大勢の人が救急医療を必要としているはずだとMSFは見ている。

リビアでMSFのオペレーション・マネジャーを務めるエレン・バン・デル・ベルデンは「私たちは治安部隊が、さらに多くの社会的弱者の身柄を意味もなく拘束し、非人間的かつ過密状態に収容するといった強硬手段に訴えるのを目の当たりにしています」と話す。 

収容所の劣悪な環境と続く暴力

10月4日と5日、MSFは逮捕された人びとが送られた、シャラ・ザウィヤとアル・マバニという市内2カ所の収容所の訪問に成功した。シャラ・ザウィヤ収容センターの想定収容人数は200~250人だったが、少なくとも550人が同じ部屋詰め込まれ、その中には妊婦や新生児がいるのも目撃した。約120人が1つのトイレを共有し、独房のドアの近くには尿の入ったバケツが並んでいた。食事が配られると、収容された女性たちがこの状況に抗議する騒ぎが起きた。

アル・マバニ収容センターでは、本来飛行機を入れるための格納庫や独房があまりにも過密で、中にいた男性は腰を下ろすこともできない状況だった。独房の外では、数百人の女性や子どもが、日陰も仮住まいもない野外で拘束されていた。収容された人の中には、3日間何も食べていないという男性や、1日1回、パン1枚とプロセスチーズ3個だけを受け取るのが常だという女性もいた。MSFは、何人かの男性が意識不明の状態で、緊急治療を必要としているのを発見した。

アル・マバニを訪問した際には、拘束された移民・難民のグループが脱出を試みているところも目撃。しかし、このグループは激しい攻撃を受けていた。至近距離で2回の激しい銃撃の音が聞こえ、それから男性らは無差別に殴られた後、車に押し込められ、どこかへ連れていかれてしまった。
 

収容施設での医療活動

 訪問時間は大幅に制限されたが、MSFは暴力によって負傷した3人を含む161人の患者を治療。また、専門的な医療を必要とする患者21人を、市内のMSFが支援する診療所に送ることに成功した。

MSFは、2021年6月にトリポリの2つの収容センターで移民・難民に対する暴力が繰り返されていることを懸念して活動を停止していたが、シャラ・ザウィヤ、アル・マバニ、アブー・スリム収容センターの各所において、収容されている移民・難民に対する暴力事件が繰り返し発生したことを受け、約3カ月間中断していた医療活動を再開した。活動再開にあたってMSFは、センター運営当局に最低限の安全基準を満たすことを確約させていたが、センターへの訪問後、約束は反故にされたことをMSFは確信した。

「収容センターで身柄を拘束する人の数を増やすのではなく、意味のない収容をやめ、このような危険で居住に適していない施設の閉鎖に動くべきです」とバン・デル・ベルデンは話す。「これまで以上に移民・難民は危険にさらされて生活しています。出国しようにも選択肢はごく限られているので、リビアに閉じ込められたも同然です。今年に入ってから2度も人道援助目的の出国便が正当な目的なく差し止められたのですから」

© 特定非営利活動法人国境なき医師団日本