ジェフリー・コマナーの3rdアルバム『ア・ルーモア・イン・ヒズ・オウン・タイム』はイーグルス人脈が参加した注目作!

『ア・ルーモア・イン・ヒズ・オウン・タイム』(’76)/Jeffrey Comanor

70年代初頭からジェームス・テイラーやキャロル・キングらに触発され、アメリカではシンガーソングライター(以下、SSW)が激増することになるが、それらの重要作でバックを務めるスタジオミュージシャンにも大きな注目が集まる。いつしか主役であるはずのSSWは知らずとも、ジャケット裏に記されたバックミュージシャンにお気に入りの名前があれば買うという本末転倒がレコードマニアの日常茶飯事であった。今回取り上げるジェフリー・コマナーの『ア・ルーモア・イン・ヒズ・オウン・タイム』はまさにそんな一枚だ。ネットもケータイもない76年当時、本作の主役であるコマナーのことなど誰も知らなかったが、イーグルスからドン・ヘンリー、ドン・フェルダー、ジョー・ウォルシュ、ティム・シュミットが参加、他にもJ・D・サウザー、トム・ケリー(フールズ・ゴールド)、アル・クーパーといった興味深い面子が裏ジャケットに記されていたから、本作を輸入盤専門店で購入した(当時、日本盤ではリリースされなかったため)人は少なくないだろう。本作は話題性だけでなくコマナーのソングライティングが素晴らしく、見事な傑作となっている。

ドン・フェルダーの登場

イーグルスがウエストコーストロックの完成形とも言える「テイク・イット・イージー」でデビューした72年以降、ジャクソン・ブラウン、リンダ・ロンシュタットら、アメリカ西海岸で活動するアーティストに注目が集まるようになる。ウエストコーストロックはSSWの延長線上に位置するという性質を持っているせいか、ギターソロが映えるギタリスト(まぁ、基本的に裏方なのでリスナーにアピールする必要もないのだが…)の数は少なかった。後期のバーズにはクラレンス・ホワイト、エミルー・ハリスのバックではジェームス・バートンやアルバート・リーといった凄腕はいたものの、自己顕示的なプレイをするわけではないから、楽器を演奏するリスナー以外にテクニカルな面はなかなか一般のリスナーには理解されなかったのも事実である。

イーグルスの3rdアルバム『オン・ザ・ボーダー』(’74)がリリースされ、それまでのカントリーロックのイーグルスのイメージとは違い、一部の曲ではかなりハードなギターサウンドに転身していた。それはビル・シムジクをプロデューサーに迎え入れたことと、新たにギタリストとしてドン・フェルダーが加入したことによるものである。以降、ご存知のように『呪われた夜(原題:One Of These Nights)』(’75)と『ホテル・カリフォルニア』(’76)の2枚でフェルダーは圧倒的なギターワークを聴かせ、イーグルスは世界的なロックグループへと成長する。

ウエストコーストロックファンの苛立ち

しかし、カントリーロックグループとしてのイーグルスに魅力を感じていたファンは『オン・ザ・ボーダー』のロック色の濃いカントリーロックまでは許せても、「トゥ・メニイ・ハンズ」「ヴィジョンズ」(どちらも『呪われた夜』所収)、「駆け足の人生(原題:Life In The Fast Lane)」(『ホテル・カリフォルニア』所収)といったハードなナンバーを受け入れず、離れていくことになる。76年頃と言えば、ボズ・スキャッグスの『シルク・ディグリーズ』に代表されるAORが台頭してきた時期で、コアなファンからすればウエストコーストロックのAOR化も不安材料であった。

ジェフリー・コマナー

そんな時にリリースされたのが本作『ア・ルーモア・イン・ヒズ・オウン・タイム』である。本作の説明の前に、今でもそんなに知られていないジェフリー・コマナーの活動をまとめておく。

1966年、コマナーはニューヨークでフォークロックグループのハイ・ファイヴを結成、シングル1枚をリリースするものの解散。60年代後半からフィフス・ディメンション専属のソングライターの職を得たのだが、ヴォーカルに自信を持っていた彼は男2人女2人からなるコーラスを活かしたザ・グループ(The Groop)を結成、そのハーモニーの完成度の高さから注目を集めることになる。映画『真夜中のカーボーイ』(’69)にコマナー作の「フェイマス・マイス」が使用され、同年にアルバム『ザ・グループ』をリリースする。このアルバムがきっかけとなってA&Mレコードとソロ契約を結び、デビューアルバム『シュア・ホープ・ユー・ライク・イット』(’70)をリリース。「フェイマス・マイス」を再録しているが鳴かず飛ばずの結果となり、ここから数年間は音信不通になる(アマゾン川で蛇取りをしていたという噂もあるが真相は不明)。

この後、デビュー作のプロデュースを担当していた大物ボーンズ・ハウの口利きでエピックレコードと契約し、74年に最高傑作となるナッシュビル録音の2ndアルバム『ジェフリー・コマナー』をリリース、エリアコード615の面々をバックに起用したそのアーシーなサウンドは、それまでの彼の都会的フォークサウンドのイメージを払拭するものであった。僕はこのアルバムがリリースされた時(もちろん、彼が誰なのかは知らず裏ジャケットのバックミュージシャンを見て購入した)から40年以上愛聴しているのだが、残念ながらこの作品だけ未だにCD化されていない…。

本作 『ア・ルーモア・イン・ ヒズ・オウン・タイム』について

そして、76年にリリースされたのが本作『ア・ルーモア・イン・ヒズ・オウン・タイム』である。いきなりドン・フェルダーのギター(イーグルスの「オールレディ・ゴーン」を彷彿する)が炸裂する名曲「マイ・オールド・レイディ・アンド・ユア・オールド・マン」からスタート。コーラスにはこだわりのあるコマナーだけに、トム・ケリーとティム・シュミットのコーラスも素晴らしい出来だ。2曲目の「ウィッシング・フォー・サタデイ・ナイト」はジョー・ウォルシュの情感たっぷりのツインリード(多重録音)が聴きもので、これも名曲。「ラスト・ソング」でアル・クーパーが珍しくリードギターを弾いていたり「ラブ・ミー・ノット」ではピュア・プレイリー・リーグのラリー・ゴショーンがリードギターで参加していたりなど、他所では見られないゲストの使い方が面白い。

リズムセクションを務めるのはベテランのコリン・キャメロン(Ba)、ゲイリー・マラバー(Dr)、デビッド・ガーランド(Key)で、AORっぽいガーランドのプレイとロックフィールを持つキャメロン&マラバーが意外とマッチしている。プロデュースは、ウエストコーストロックを知り尽したジョン・ボイランが担当している。

本作はウエストコーストロックとAORの中間的な仕上がりで、イーグルスの『オン・ザ・ボーダー』が好きなら間違いなく気に入ってもらえると思う。特にコーラスの分厚さではポコやファイアーフォールに負けていないし、コマナー自身のボーカルやギターも相当巧い。他にも78年にイングランド・ダン&ジョン・フォード・コーリーが大ヒットさせた『ウィル・ネヴァー・ハヴ・トゥ・セイ・グッドバイ・アゲイン』も収録されているが、この曲は本作がオリジナル。

アルバムはクーパーの燻し銀のオルガンとコマナーとドン・ヘンリーのコーラスが絶品の名曲「リッチモンド」で幕を閉じる。本作はレベルの高い楽曲、コーラスの絡み、曲にマッチしたギターワークなど、多くの聴きどころがあるアルバムなので、この機会にぜひ聴いてみてほしい。

余談だが、その後コマナーは音楽界を引退し、イラストレーター、俳優(これはミュージシャンの時から)、作家、子どもの歌の作曲など多彩な才能を発揮していたが、大学院に入ってカイロプラクティックの博士号をとり、現在はジョージア州にあるケネソー・マウンテン・クリニックの院長を務めている。

TEXT:河崎直人

アルバム『ア・ルーモア・イン・ヒズ・オウン・タイム』

1976年発表作品

<収録曲>
1.マイ・オールド・レイディ・アンド・ユア・オールド・マン/MY OLD LADY AND YOUR OLD MAN
2.ウィッシング・フォー・サタデイ・ナイト/WISHING FOR SATURDAY NIGHT
3.ラニング・バック・ホーム・トゥ・ユー/RUNNING BACK HOME TO YOU
4.ユード・ビー・サプライズド/
YOU’D BE SURPRISED
5.ラスト・ソング/LAST SONG
6.ラヴ・ミー・ノット/LOVE ME NOT
7.ソング・オブ・ザ・ロング・ナイト/SONG OF THE LONG NIGHT
8.ウィル・ネヴァー・ハヴ・トゥセイ・グッドバイ・アゲイン/WE’LL NEVER HAVE TO SAY GOODBYE AGAIN
9.ロード・トゥ・ノーホエア/ROAD TO NOWHERE
10.リッチモンド/
RICHMOND

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