河川敷の高架下で“壁当て”も… 台湾プロ野球デビューへ、元阪神の29歳右腕の覚悟

中信兄弟・高野圭佑【写真提供:中信兄弟球団】

8日に1軍昇格もデビューはお預け「早く投げたくてウズウズしています」

今季から台湾プロ野球(CPBL)中信兄弟に所属する元ロッテ、阪神の高野圭佑投手が8日、初めて1軍昇格を果たした。敵地で行われた富邦戦で登板する機会はなかったが、試合後にFull-Countの単独インタビューに応じた29歳右腕は「まずは与えられたチャンスを掴むべく、マウンド上でいいパフォーマンスを見せるだけ。早く投げたくてウズウズしています」と率直な想いを語った。

4月に台湾に渡って以来、ようやくチャンスが巡ってきた。渡台後3週間の隔離期間を経てチームに合流すると、その2週間後には新型コロナウイルス感染拡大のため、リーグは一時中断となってしまった。まさかの展開となったが、物事は捉え方次第。コーチのアドバイスもあり、中断期間を春キャンプと捉えて体力とスキルアップの時間に費やした。

「確かに僕は今年、例年のように春キャンプをやれていない。なので、中断をプラスに捉えて、自分の投球や体の状態をもう一つ見直し、しっかりと野球に取り組んでいくことにしました。3週間の隔離もあって、すぐには球速は戻りませんでしたが、徐々に時速150キロが出るようになったり、強い真っ直ぐやいい変化球も投げられるようになったり。中断期間中は1軍と一緒に練習させてもらったので、紅白戦で1軍の打者を相手に投げることもできた。打者を差し込んだり打ち取れたり、すごく状態は上がってきました」

7月13日にリーグは再開したが、ここでまた“まさか”が待っていた。先発として調整するため2軍に合流すると、厳格なコロナ対策を進める政府の判断により2軍戦は引き続き中断されることになってしまった。翌週から再開と言われて準備を進めると1週間先延ばし。また、翌週こそと言われて準備をしても先延ばし。こんな状態が1か月半も続き、「結構メンタル的にきつかったですね」と振り返る。

「1軍登録されるには、まず2軍で結果を出さないといけない。でも、2軍戦がなければ、フロントが僕の評価をしてくれる場がなくなるわけですよ。この期間は焦りましたね。アピールに費やすべき時間はどんどん流れ、1軍では試合が消化されている。その中で自分は評価を積み上げられないまま、同じ場所にとどまっている気がしてきつかったです」

それでも心を折らずに踏ん張れたのは「タカさん、一緒に1軍を目指して頑張りましょう!」と声を掛けてくれたチームメートたち。背番号105をつけた日本からの挑戦者を勇気づけてくれた。

中信兄弟・高野圭佑【写真提供:中信兄弟球団】

一時は現役引退も覚悟「ワールドトライアウトを受けた時が最後になるのかな、と」

8月下旬にようやく2軍戦が始まると、マウンド上で必死に腕を振った。ストレートは150キロに達し、大きく落ちるカーブを生かした投球で打者を翻弄。2軍で6試合(うち先発1試合)に登板したところで、投球内容と成績を高く評価したフロント陣は右腕の1軍昇格に踏み切った。

念願の1軍昇格だが、高野に浮かれる様子はない。「手放しで喜べる状況でない。まだチャンスを与えられただけですから」と状況を見る目は冷静だ。「チャンスを掴まないと。ここが踏ん張りどころだなという感じはあります」。1軍定着に向けて勝負の舞台に立っただけ。試験本番はここからスタートだ。

JR西日本から2015年ドラフト7位でロッテに入団。2019年途中に阪神へトレード移籍すると、その翌年に戦力外通告を受けた。プロ入りからわずか5年。まだまだやり残したことはあると現役続行を希望し、12球団合同トライアウトに加え、ワールドトライアウトにも参加した。ワールドトライアウトでの投球が海外スカウトの目に留まり、縁あって中信でプレーすることになったが、一時は現役続行の道は厳しいかもしれないと感じたこともあったという。

「ワールドトライアウトを受けた時が最後になるのかな、と思って練習している時期もありました。今、プロとして再びマウンドに立っていることに感謝です。昨年戦力外になった100人を超える選手の中から、数多くの選手がトライアウトを受けて、台湾では僕1人がチャンスをいただけた。グラウンドがあって、コーチがいて、キャッチボールする相手がいて……。これはとても幸せなことだと再確認しながら毎日を過ごしています」

元々、野球をできる環境を“当たり前”として捉えることはなかった。社会人時代、高い才能がありながら自ら野球を捨てた選手が後日、その決断を後悔する姿を目の当たりにし、「野球ができる環境は当たり前ではなく特別だ」と実感。中信入りが決まる前は練習場所が見つからず、早朝に近所の河川敷で高架下の壁に向かって1人ボールを投げ続けた経験をしたことで、さらに思いを強めた。

日本で活躍する先輩投手から届いたアドバイス「1球1球丁寧に投げろよ」

「1軍登録されて、久しぶりにお客さんが入ったナイターに身を置き、やっぱりこの環境っていいなって。いろいろな人のおかげで野球ができている状況なので、しっかりやらないといけない。僕の中でかなり状態良くできているので、マウンドでは自信があるピッチングをお見せすることができます」

早くマウンドに上がりたい気持ちは高まるばかり。外国人枠の問題もある中で1軍定着を勝ち取るため、「最初の登板でしっかりしたピッチングを見せたいし、見せる自信もある。そこが勝負どころだと思います」と力を込める。

ようやくチャンスを掴んだことを、日本で活躍する先輩に連絡した。すると「1球1球丁寧に投げろよ」というアドバイスが届いたという。その先輩とは、ロッテの守護神・益田直也だ。

「1球1球を適当に投げるんじゃなくて、自問自答しながら、本当にその球種でいいのか、どのコースに投げるのか、ちゃんと考えて後悔のない球を投げていけよ、と。本当にその通り。すごくいい言葉をいただいたと思っています。僕が次に投げる試合、つまり1軍で初めて投げる試合は重要。1球1球が周りの評価はもちろん、今後を決める球になると思っているので、後悔しないようなボールを投げたいと思います」

8日に1軍に合流すると、まずは元阪神の林威助監督とGMに野球を続けるチャンス、そして1軍に定着するチャンスを与えてくれたことに対して感謝の気持ちを伝えた。「このチームでプレーできることを誇りに思います。いいパフォーマンスをして恩返しではないけれど、感謝の気持ちを見せていきたいです」。

みんなが繋いでくれた野球人生。近く訪れるであろうデビューのマウンドでは、感謝の気持ちを込めて全力を尽くす。(佐藤直子 / Naoko Sato)

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