平成生まれが感じたBOØWY、アルバム「MORAL」の身近でフレッシュな魅力 BOØWY 結成40周年!

BOØWYファーストアルバム「MORAL」に感じた意見や意思

BOØWYといえば「B・BLUE」に「MARIONETTE」、「ONLY YOU」…… 大学時代アルバイトしていた歌謡曲バーのリクエストで店内に流れない日はなかった。氷室京介のボーカルと布袋寅泰のギターが織り成す伝説的ロックバンド。正直に言えば、それほどのソツのなさ、テクニックの高さゆえに、ポップスや歌謡曲が趣味の自分とは縁遠いものだと思っていた。

だから初めてファーストアルバム『MORAL』に出会った私は、ロックの神様、になる前の “反骨精神を持った80年代の青年” としてのBOØWYに触れて、彼らの同級生になったような不思議な気持ちになった。ジャケットに写っている氷室京介も布袋寅泰も見覚えのある顔だけど、まだあどけなさが残る(そもそもデビュー当初は6人編成だったことを初めて知った)。そんな彼らを見て、私が妄想してしまうのは、同じ学校でやんちゃして、先生に反抗している男の子の姿だった。彼らの“意見” や “意思” を感じる音楽の作られ方がされていたからだ。

歌っているテーマは、親、学校、大人、仕事、女のコ、エリート、音楽業界への反抗や反発。そもそもアルバムのタイトルが「MORAL」。“問い” としての「MORAL」。ストレートに、若者が音楽に反骨精神をたっぷり含んだ主張を載せて歌っていた。

確かにどの曲もいいけど、後のBOØWYと比べてしまうと、まだ身近でフレッシュな魅力を残しているように思える。ただ、私にとってはこれまで触れてきた神がかった演奏や音作りより、むしろしっくりきたのだった。「IMAGE DOWN」や「NO N.Y.」などのメロディアスな曲を気がつけば口ずさんでいる。『MORAL』はどの曲もシングルカットされていないようだが、思い返せば、歌謡曲バーでもよくこのアルバムの曲が流れていたことに気がつく。

痛快!「MASS AGE」で主張したBOØWYのスタンス

アルバム1曲目の「IMAGE DOWN」は、性に奔放な女の子に対して、もっと中身を持て、いつかしっぺ返しが来る、と言いながらサビ「IMAGE DOWN」だと繰り返す。「心も体もバラ売りしてさ」の部分のメロディーには何故かいつもキュンとしてしまうのは、そこに相手への執着を感じるからだろうか。内容の過激さゆえに何度か書き直されたという歌い出しだが「かっこがいいよ お前はいつでも」というのはベストだと思う。

しかし一方で、4曲目の「GIVE IT TO ME」では、“俺様” 全開、心などいらない、抱いたらそれきりだなどと歌ったりするのだ。サビで繰り返すのは「体がなきゃ 誰がお前を」なのである。そんな彼らも、1曲目の遊び上手な女の子には翻弄されたりしているのだろうかと、等身大の青年を想像してみる。

3曲目の「MASS AGE」は、彼らが音楽をやる上でのスタンスを堂々と主張している。

 お前ら乗ろうと 乗るまいと
 俺には全然関係ねェ
 仕事だなんて 思っちゃいねェ
 お前らと一緒に遊びたいだけさ
 熱くなることも知らねェやつの機嫌をとって
 右手をあげて下さい なんて言いたくねェぜ

おそらく一緒に仕事をしていく上でお世話になる業界の人々やファンに対しても、“俺たちは俺たちのやりたいように熱くやるぜ” という小賢しさとは無縁の宣言が痛快だ。

令和の時代においても歌いたいと思うような熱いもの

“さとり世代” と言われる1996年生まれの私は “ポスト反骨精神” みたいな時代を生きていると思う。ゆるやかなストライキとしての意思表示みたいなのは見かけるけど、反抗する若者なんて、フィクションの中の存在だと思っていた。私が通っていた中学や高校では、校則に文句をいうような子はいなくて、あえて声を荒げることとか魂の叫びみたいなものは、熱っぽくって上滑りしてしまう気がしていた。そこをあえて衝突をしてまで “若者の主張” みたいなことをするのが、芝居がかっていて小っ恥ずかしかった。

「若いね」「青いね」と言われるのがなんだか悔しいのだった。別にロックは不良の音楽ではなかったし、軽音楽部の子達はテクニックを磨いて格好のいいロックやメタルを奏でていたけど、そこで別に世の中に対する鬱憤とかは語っていなかった。

小綺麗でモテてたり爽やかだったり。音楽で社会に対して自己を主張しようみたいなものはそこまで強く感じなかった。そんなことは誰も求めてないし、したくないし、「ダサいのでは?」とすら思っていた。

正直に言えばこのアルバムの中でも、「MORAL」で「人の不幸は大好きサ」なんてあえて歌うのはナンセンスで、猛々しさに任せただけの幼さじゃないかと今の時代に生きる私は感じてしまう部分がある。

でも、それでもやっぱり、このアルバム「MORAL」には、今、この令和の時代においてもあえて歌いたいと思うような熱いものがある。“諦めによる文句” ではなく、“信条による主張” をしたいと思う。どう在りたいか… を歌った音楽に飢えているのかもしれない。アルバム最後の曲(トラックとしてのラストは「ENDLESS」だが)「ON MY BEAT」の疾走感溢れるリズムに載せたポリシーを聞けば、この一団に加わって主張したら楽しかろう、そしてそれを今この瞬間にやってやりたいぞ! という気持ちになる。

「ON MY BEAT」に感じる “信条による主張”

 勉強仕事に疲れて
 首を吊るのは絶対いやだゼ
 自分の勝手さ Life is on my beat

 どこかの奴等のようにさ
 ウソで体裁かざる鮮やかさ
 それよりはマシだぜ

 自分を守るのは何かを残したあとだぜ
 かたちにこだわっちゃ
 古いものしか見えない
 やたらと計算するのは
 棺桶近くなってからでも十分できるぜ

近頃レールに乗らないことに対しては寛容になったけど、一方で奇妙な小賢しさがのさばっているような気がする。「もっと、ハートの奥の熱さに誠実になってもいいんじゃないの?」と、生まれる前に発売されたBOØWYのロックを聴きながら、刺激されている。

 B.B.B.B.B.ON MY BEAT!
 B.B.B.B.B.ON MY BEAT!

いいじゃん! と燃えてくる。今度、縁あって真っ赤なエレキギターを知人から譲り受けることになった。せっかくなら、私もかき鳴らしたい主張を持ってやろうと思っている。

カタリベ: ミヤジサイカ

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