プロボクシングで、史上2人目の6階級制覇という偉業を達成したマニー・パッキャオ氏が9月19日、来年5月のフィリピン大統領選への出馬を表明した。
同29日には現役引退も表明、政治活動に専念することを明らかにした。
国民的人気を誇る同氏は、2010年に下院議員、16年には上院議員に当選している。
「私はリングの中でも外でも常にファイターであり続ける。団結を同胞に呼びかけ、指導者になる準備はできている」と語った。
パッキャオ氏のボクサー人生は栄光に彩られている。
1978年12月17日、貧しい農家で生まれた。飢えをしのぐためにボクシングを始め、95年1月、ライトフライ級でプロデビューした。
当時は体重が軽かったが、持ち前の闘志で頭角を現していく。
98年12月、世界ボクシング評議会(WBC)フライ級王座をTKO勝ちで獲得。その後は複数階級奪取を誓い、サウスポーからの鋭い連打で精力的にファイトを続けた。
08年6月、WBCライト級王座に就き、4階級制覇を達成すると、信じられないような夢の対決が同年12月に実現した。
初の6階級を制覇したオスカー・デラホーヤ(米国)とのノンタイトル12回戦だ。
両者の体格差を考えた場合、考えられないカードだった。ライトフライ級から上がってきたパッキャオ氏に対し、デラホーヤはミドル級も経験していた。
「これほどの無謀な試合はない」と多くの関係者がそう口にしていた。
しかし、ラスベガスのリングでパッキャオ氏が変幻自在に打ちまくった。初回からスピードで圧倒し、ラウンドを重ねるごとにリードを広げた。
中盤を過ぎた7回、デラホーヤはダウン寸前の大ピンチ。結局、9回のゴングに応じることができず、パッキャオ氏の手が上がった。歴史に残る番狂わせと表現してもいいだろう。
パッキャオ氏が「あらゆるパンチを決められた」と胸を張ったのに対し、デラホーヤは「体が動かなかった。相手のスタイルに対処できなかった」と完敗を認めた。
こうして主役に躍り出ると、さらに勢いは加速する。09年11月にウエルター級、10年11月にはスーパーウエルター級も制し、6階級制覇を果たした。
今年8月、世界挑戦に失敗したのがラストファイトとなった。
戦績は72戦62勝(39KO)8敗2分け。「アジアの英雄」とたたえられた実績は群を抜いている。政治家として歩む、第二の人生も注目だ。(津江章二)