痴漢や盗撮防止の啓発物に、丈の短いスカートの女性を描いたり、「泣き寝入りしないで」の標語を入れたりするのって、少し変じゃない? 京都女子大(京都市東山区)の学生たちが京都府警の発信の仕方に対し、「被害者を苦しめる描写が潜んでいる」と訴えた。府警はこの指摘を受け入れ、学生に協力をあおいで新たなポスターを作成した。思い込みを排し、学生が描いたポスターとは-。
■従来のポスター、どこが問題なのだろう
昨秋、京女大の市川ひろみ教授(国際関係・平和研究)は、JR京都駅の電光掲示板を見て違和感を抱いた。痴漢防止を呼び掛ける内容で、短いスカート姿の女性が被害に遭うイラストや、「混雑する扉付近は避けましょう!」という標語が表示されていた。大学の授業で取り上げ、「『おかしい』と声を上げてみない?」と投げ掛けると、関心を持った女子学生9人が集まった。
京都府警は昨年9月から、この図柄や標語を用いて電光掲示板やポスターで痴漢や盗撮防止を呼び掛けていた。でも、この内容のどこが問題なのだろう―。最初はどこに課題があるのかはっきりと分からなかった学生たちだが、何が引っ掛かる点なのか議論を重ねた。
■「気をつけなかった私が悪い」と思わせてしまうのでは
例えば、短いスカート姿のイラストを描いた上で痴漢や盗撮への自衛を促す描写や、「泣き寝入りしないで」などの標語。学生たちは「『気をつけなかった私が悪い』と被害者を追い詰めるのでは」「標語は、性被害を訴えること自体が困難なことへの配慮に欠ける面がある」などの問題点を明確化させていった。
大半の啓発物では、被害者として描かれるのが女性である点を疑問視する声も出た。府警によると、過去3年間に男性から複数の被害相談が寄せられている。学生は、「被害者は女性」との先入観が強調されて男性が相談しにくくなるかもしれないとも考えた。
■京都府警も「一緒に新しいポスターを作りたい」
こうした点を昨年12月、府警鉄道警察隊に伝えた。すると同隊は「新たな視点のポスターを作りたい」と学生たちに打診し、今年5月に制作がスタートした。
「正直痛いところを突かれた。でも、指摘はうれしかった」と振り返るのは、電光掲示板の内容を考えた女性警察官(30)。彼女も学生たちの活動に加わり、7回の話し合いを重ねて、新しいイラストや標語について意見を出し合った。
■性別や服装、犯行場面の描写…学生が制作したポスターとは
今月完成したポスターは「だれもが安心して乗れる電車へ」を標語に掲げ、痴漢疑い事案を2コマのイラストで描いた。被害者の足元だけをシルエットで表し性別や服装は特定できない。被害者の記憶を呼び起こさぬよう犯行場面の描写もない。そばにいた男女が110番通報する姿を大きく扱い、第三者にできることや、社会全体が関わるべきという点を強調した。
今月10日、府警は京女大で新しいポスターを初披露した。松岡敦司鉄警隊副隊長(50)は「(前作は)被害を防ぎ被疑者を検挙するという思いからスカートの絵や被害申告の呼び掛けを用いていたが、無自覚のセクハラにもつながる面があり、考えさせられた」と話す。
■「おかしいと思ったこと、声を上げることが大切」
イラストを手掛けた3年の小島定菜さん(21)は「どうやって被害者に寄り添うかを考えた」、3年の的場美帆さん(21)は「学生でも、おかしいと感じたら放置しないことが社会が変わるために大事なんですね」と達成感を口にした。
ポスターは約200枚印刷され、府内の主要駅で掲示されている。府警は学生の意見を参考に、スマホ画面に表示できる「痴漢ヘルプカード」も3種類作った。「助けてください」「ちかんされていませんか? されていれば、うなずいてください」など、被害者も、痴漢に気付いた第三者も使える内容にしたという。