ワクチンだけでは収束しない すべてのコロナ医薬品で独占を一時停止すべき3つの理由

ちょうど1年前、新型コロナウイルス感染症の世界的大流行に対応するため、インドと南アフリカ共和国が世界貿易機関(WTO)で画期的な提案を行いました。新型コロナのワクチン、検査、治療薬、その他の医療ツールに関する知的財産権の壁を一時的に取り除き、平等な普及を推し進めるよう求めたのです。
それから現在までに、360万人もの命がコロナによって失われました。提案への世界的な支持と連帯は高まり、100カ国以上の政府やさまざまな市民団体が実現を目指しています。

こうした圧倒的な支持があるにも関わらず、少数の先進国はこの提案に同意せず、あるいは骨抜きにした代案を示すにとどまっています。例えば、欧州連合(EU)と米国は、適用する範囲を大幅に狭め、ワクチンの特許のみを放棄することを提起しました。それでは検査や治療薬など、ワクチン以外の医療ツールに関する特許やその他の知財権の問題は解消せず、製薬会社の独占が続くことになります。

すべての新型コロナ医療ツールについて、知財保護の義務を一時的に外すべき理由は3つあります。

1. ワクチンだけでは世界的流行が収束しないから

新型コロナに対して特効薬はありません。ワクチンは感染拡大の抑止に重要な役割を果たしますが、世界的大流行の収束までに必要な多くの手段の一つに過ぎません。

入院患者や死者の数を減らすには、ワクチンに加えて、新たな治療法や診断法の早急な普及が世界的に求められています。特に低・中所得国では、ワクチン接種の進捗が遅く完了率が低いため、感染拡大や変異株のリスクが高まっています。

また世界の各地で、これまで何度も感染の波に襲われ、医療体制が限界に追い込まれています。感染者の診断や治療法を改善し、包括的かつ多面的なアプローチで流行に対応する必要性が改めて明らかになっています。

2. 普及の壁となっているのは特許と知財権だから

世界保健機関(WHO)は新型コロナの治療法をいくつか推奨していますが、それらの薬の普及は製薬会社の独占によって阻まれています。

WHO推奨の治療薬、カシリビマブとイムデビマブ(※)は、モノクローナル抗体という種類に属します。このタイプの抗体薬は、他の病気に対して何十年も前から使用されていますが、価格が極めて高額です。カシリビマブとイムデビマブは、開発した米リジェネロンと米国以外での販売を担うスイス・ロシュが、インドで820米ドル(約9万1000円)、ドイツで2000米ドル(約22万2000円)、米国で2100米ドル(約23万3000円)という高価格に設定しています。
※カシリビマブとイムデビマブは抗体カクテル療法として混ぜて点滴投与される。コロナ軽症~中等症を対象とする。

この療法が推奨されたのはつい最近のことですが、リジェネロンはすでに少なくとも11カ国の低・中所得国で特許申請を始めています。

より安価なモノクローナル抗体の「バイオ後続品」を開発する独立系企業は、特許の壁や規制上の課題に直面するケースが多く、迅速に製品を導入して供給を増やすことができません。しかし新型コロナが世界中で猛威を振るういま、安価な後続品は切実に必要とされています。その製造と供給が実現しない限り、新型コロナ治療の機会が損なわれ続けるのです。

コロナ禍において治療薬の供給を世界的に促進することは急務です。そのためには、知財保護の適用範囲から一時的に除外し、製薬会社が技術やノウハウを共有することで、より多くのメーカーが製造できる体制が欠かせません。

3. 治療薬の不足は緊急に解消すべき課題だから

WHOが推奨するモノクローナル抗体薬には、他にトシリズマブとサリルマブがあります。それぞれロシュとリジェネロンが製造するもので、コロナ重症者を対象とする治療薬のため、国境なき医師団(MSF)の活動地でも不足しがちな人工呼吸器や医療用酸素への依存を緩和することが期待できます。

しかし高額かつ供給量が限られているため、これらの治療薬が患者に届かない現状をMSFは世界の活動地で目の当たりにしています。

平等な普及の実現に向けて

多くの途上国で感染拡大への危機感が募っています。人口の大半が接種完了しながらもワクチンを抱え込む国々や、ワクチン技術の全面的な共有を拒んできた製薬会社が、今後もコロナ医薬品の普及を阻むことがあってはなりません。

コロナ禍での知財保護の一時免除は、法的な障壁を取り除き、迅速に生産と供給を多様化させる道を開きます。より安価で持続可能な方法で、コロナ対応に必要な医薬品を世界で普及させることができるのです。

これまでEU諸国のなかでもフランス、ギリシャ、イタリア、スペインなどは支持を表明しています。一方、製薬会社と強い結びつきを持つ一部のEU加盟国とノルウェー、スイス、英国などが反対の姿勢を保ち、また日本政府の賛否はまだ明らかでありません。

11月末に開催されるWTOの閣僚会議までに、免除提案の合意が得られるように、MSFは各国政府に対し、交渉を前に進めることを強く求めています。

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