オーストラリア戦の劇的な勝利で流れが変わった 最大の懸念は大迫の決定力

サッカーW杯アジア最終予選のオーストラリア戦で、先制ゴールを決める田中碧=12日、埼玉スタジアム

 森保一監督が選手として臨んだ1994年米国大会のアジア最終予選。初出場の切符をロスタイムで失った、いわゆる「ドーハの悲劇」があった。「野人」岡野雅行のVゴールで1998年フランス大会出場を決めた「ジョホールバルの歓喜」も記憶に残る。W杯本大会に出場するのが本当に大変だった時代のヒリヒリとする感覚が久しぶりに日本サッカー界を覆っている。

 予選免除の2002年日韓大会の後、多少の困難こそあったが、日本はおおむねすんなりとW杯本大会に駒を進めていた。それが当たり前と思って育ってきた世代からすれば、初めて味わう不安感だろう。当たり前というのは、実はかなり微妙なバランスの上に成り立っているのだ。

 引き分け以下なら、おそらく監督解任問題に発展していた。10月12日のオーストラリア戦は勝利以外は許されない試合だった。サウジアラビア戦までの最終予選3戦でわずか1ゴール。得点力不足は苦戦の最大の要因だった。攻めなければ得点は奪えない。変化を好まない森保監督がフォーメーションを4―3―3に変えたのは、何らかの刺激を必要としたからだ。

 中盤を逆三角形にして、遠藤航をアンカーに、その前のインサイドハーフに守田英正と田中碧を置いた布陣。この初めての組み合わせは、ぶっつけ本番に近かった。それでも守田、田中は昨年までの川崎フロンターレの同僚だ。遠藤と守田は今年前半の代表戦の組み合わせ。さらに遠藤と田中は五輪代表でコンビを組んだ。この3人が「即興」で素晴らしい連係を見せた。

 負のスパイラルに陥っていたチームが上昇のきっかけをつかむ。そのような時に出現する流れを変える選手。それが最終予選初先発の田中だった。開始8分、左サイドでパスを受けたのが南野拓実。マーカーを背負いながらも巧みなターンで逆サイドを視野にとらえると、すかさずサイドチェンジのラストパス。右サイドで待ち受けた田中の近くには、クリア動作に入るDFがいて難しい状況だった。それでも「ボールを止めることに集中して」という見事なトラップから、GKマシュー・ライアンの届かない左隅に、低い弾道の右足シュートをたたき込んだ。

 この直後にオーストラリアの時間帯はあった。それでもリードを奪ったことで緊張から解き放たれた日本は、本来の動きを取り戻した。主導権を握っているうちに2点目を奪えば、もっと余裕を持てただろう。

 相手をいくら圧倒しても、サッカーは結局のところゴールの数。1点のリードは一度のミスで簡単に振り出しに戻る。後半25分、日本は痛恨の同点ゴールを許す。マーティン・ボイルにスペースを突かれ、マイナスのクロスを送られる。ペナルティーエリア正面に入り込んだアイディン・フルスティッチが合わせようとするところに守田がスライディング。一度はPKと判定されたが、ビデオ・アシスタント・レフェリー(VAR)の介入で覆ってFKに。ピンチを脱したかにみえたが、キッカーがすごかった。フルスティッチが強烈なキックで「壁」の上を抜き、同点ゴールを突き刺した。

 0―1で敗れたサウジアラビア戦とほぼ同じ時間帯の失点。重い空気が漂った。前回と違ったのは、交代策がうまくはまったことだ。後半33分に浅野拓磨を投入、後半16分から出場していた古橋亨梧、そして伊東純也とスピードある3本のやりが前線にそろった。縦パスが通ればチャンスは広がる状況だった。

 後半41分、吉田麻也が自陣から前線の左サイドにロングパスを送る。相手ゴールに背を向けた浅野が絶妙のトラップをした次の瞬間だった。一瞬にして反転、縦に持ち出して放ったシュート。幸いにも、ボールが浮き上がったことで好セーブを見せていたGKライアンもはじき切れなかった。右ポストに当たったボールを相手がクリアしようとしたがオウンゴールに。

 土壇場で手に入れた劇的な勝利。初先発させた選手が点を取り、交代出場させた選手がオウンゴールではあるが決勝点をほぼ演出した。最終予選での非常に悪かった流れは、少し変わった気がする。「絶対に負けられない」ではなく「絶対に勝たなければならない」試合が続くことは変わらないのだが。

 一つ気になるのは大迫勇也。日本の1トップはポストプレーヤーとしては最高のタレントだ。屈強なストッパーを背負っても、確実にボールを収め、味方のために時間をつくれる。チームプレーヤーとして味方の使うスペースをあける頭脳的なプレーも最高だ。日本より格上を相手にするW杯本大会では彼の存在は不可欠になる。ただ、アジア予選で決定的に足りないものがある。ゴールだ。サウジアラビア戦のGKとの1対1。さらにオーストラリア戦の前半34分、遠藤の鬼神のようなボール奪取を受けての攻撃でゴール左に外したシュート。シュートに入るまでは良いが、得点を奪えない。

 大迫はストライカーではないのかもしれない。ブレーメンでの2020―21年シーズンはリーグ戦で無得点。ヴィッセル神戸に加入してからJリーグ6試合で1ゴール。相手ゴールの一番近くに位置する選手としては、あまりにも少ない。最大の懸念だ。

 W杯出場を争う戦いは、混戦になれば間違いなく得失点差が絡んでくるはずだ。それを考えれば、所属リーグでコンスタントに点を取っている選手の起用も考える必要がある。本大会への出場権を得なければ、何も始まらない大前提を忘れてはならない。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材は2018年ロシア大会で7大会目。

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