金正恩氏「敵は戦争そのもの」 一貫した対米・対韓方針に変化も

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国防発展展覧会で演説する金正恩総書記(提供 コリアメディア)

金正恩総書記、国防発展展覧会で演説

 金正恩(キム・ジョンウン)総書記は10月11日に行った演説で、「我々の主敵は戦争そのもので、南朝鮮(韓国)や米国、特定のいかなる国家や勢力でもない」と発言した。複数の北朝鮮メディアが報じている。

 北朝鮮では朝鮮労働党創建76周年を迎えたのに合わせ、11日から国防発展展覧会「自衛2021」が開かれており、金正恩総書記が開幕式で演説を行なった。

 今回の演説は、金正恩総書記が9月29日に最高人民会議(国会に相当)で行なった施政演説と根本部分は異ならず、改めて国防力強化を「自衛権の行使」と位置づけるとともに、韓国や米国に対北敵視政策を撤回するよう求める内容となった。

他国への攻撃意思を否定

 北朝鮮は従来から、「国防力強化は正当な自衛権の行使」と主張してきた。今回の演説でも金正恩総書記は、北朝鮮の兵器開発について、「誰かとの戦争を前提にするものではなく、戦争そのものを防ぎ、国権を守るために文字通りの戦争抑止力を強化しているに過ぎない」と言及。「必要な水準まで自衛力を高めなければ、外部の軍事的脅威に振り回される」と国防力強化の必要性を訴えている。

 その上で、他国への攻撃意思はないことを演説中に重ねて強調。「韓国を狙って国防力を強化するのではない」「この地(朝鮮半島)において同族(朝鮮族)同士で武力を行使する無残な歴史を繰り返してはならない」「主敵は韓国や米国ではなく戦争そのもの」と述べるなど、戦争を望んでいないと表明している。

 金正恩総書記は9月29日の施政演説でも、「韓国側が敵対行動をとらなければ、我が国には、韓国を挑発する目的もなければ、危害を加える考えもない」と述べており、これを繰り返した形だ。

米韓の「二重基準」を繰り返し非難

 他国との軍事的対立の意思を否定した上で、金正恩総書記が非難したのは韓国の「二重的な態度」である。

 韓国は、北朝鮮の自衛権の行使レベルの兵器開発を「武力挑発や威嚇、緊張を激化させる不適切な行為」などと批判するにもかかわらず、自国の軍事強化は「北朝鮮の脅威への抑止力」と正当化していると指摘。韓国に二重基準の撤回を求めた。

 加えて、韓国が二重基準を続けて北朝鮮の自衛的権利を侵害するのであれば、「強力的な行動で立ち向かう」と主張。逆に「我々の主権の行使を侵害しなければ、朝鮮半島の緊張が誘発されることは決してない」とも述べ、韓国と敵対する意図がないことをここでも宣言している。

 北朝鮮は2019年頃から韓国や米国の二重基準について非難を寄せているが、最近はこれに関する言及が増加している。

 たとえば、9月24日に発表した談話で金与正(キム・ヨジョン)党副部長は、韓国が提案する朝鮮戦争の終戦宣言を巡り、「敵視政策や不公平な二重基準がまず撤回されるべき」と主張している。10月3日には、北朝鮮外務省が、「米国と追従勢力の軍事演習と攻撃用兵器実験は黙認するのに、我々の自衛的措置にだけ言いがかりをつけている」として、北朝鮮のミサイル実験を問題視した米英仏を非難している。

昨年10月10日の軍事パレードで登場した新型大陸間弾道ミサイル(ICBM)と比較しても大きな金正恩氏のパネルが複数確認できる(提供 コリアメディア)

金正恩総書記「米国の言葉を信じる根拠ない」

 韓国に対しては、敵意を否定するなど歩み寄る発言も見られたが、米国に対しては、いぜんとして不信感を募らせている。

 金正恩総書記は、「米国は最近頻繁に、我が国に敵対的ではないとするシグナルを出しているが、敵対的ではないと信じられる行動的根拠は1つもない」と指摘し、「米国の言葉を信じる国があるなら見てみたい」と皮肉まで述べている。

 ソン・キム北朝鮮担当特別代表が9月29日の記者会見で「米国は北朝鮮に対して敵対的な意図を持っていない」と述べるなど、米国政府は「敵対心」を否定してきたが、北朝鮮側は米国の言葉をまったく信用していないようだ。

 これまでも米韓の合同軍事演習などに際して、「対話と真逆の敵対行動」と非難してきた北朝鮮。「言葉ではなく行動で示せ」ということだろうが、具体的な要望は演説には出てきていない。

 ただ、金正恩総書記は「朝鮮半島地域の情勢不安定は米国が根源としてある」と述べ、現状においては国防力強化が必要であると改めて主張した。

一貫した対米・対韓方針

 このように今回の演説は、金正恩総書記が9月末に行なった施政演説で示した対外方針と大きく異なることはなかった。もっと言えば、2019年12月の党中央委員会第7期第5回総会や、今年1月の第8回党大会などで示した方針が続いているという見方もできる。

 米国については、「米国の対朝鮮敵視が撤回され、朝鮮半島に平和体制が構築される時まで、国家安全のための必須的で先決的な戦略兵器の開発を中断することなく引き続き行う」(党中央委第7期第5回総会)とし、韓国については、「北南関係が回復し、活性化するのかどうかは、すべて南朝鮮当局の態度如何にかかっている」「北南関係の基本的な問題を解決し、相手に敵対する行為をすべて止める必要がある」(第8回党大会)と方針を定めていた。厳密に言えば、変化はあるのだが、今回の金正恩総書記の演説と大きく変わるところはない。

 このように北朝鮮は、米朝交渉や南北対話の進展は「米国や韓国の行動次第」と一貫して主張し、敵対行動の撤回を求めてきたのである。

 外交交渉という観点から言えば、北朝鮮側も方針を曲げて譲歩する必要があるかもしれない。だが、北朝鮮としては、『2018年4月の南北「板門店宣言」や、同年6月の米朝「シンガポール合意」で決められたことは実行してきた』という認識なのだ。合意を守ってこなかった韓国や米国が行動すべきというわけだ。

9月以降、北朝鮮の対韓姿勢に変化

 ただ、金正恩総書記が「韓国を攻撃する意思はない」と繰り返し表明して、韓国に歩み寄る姿勢を示していることは注目すべき点である。

 金正恩総書記は9月の施政演説で「北南関係回復と朝鮮半島の恒久的平和を望む民族の期待と念願を実現するための努力の一環」として、「一旦は10月初めから断絶していた通信連絡線を再び復旧する」と表明し、実際に10月4日に通信連絡船は再開されている。

 北朝鮮側は依然として、「南北対話は韓国次第」という方針を貫いているものの、北朝鮮側がこのように対話に意欲的な一面を見せたのは2021年になって初めてとも言える。大きく譲歩する意思はないかもしれないが、任期終了間近である文在寅(ムン・ジェイン)政権に行動を促す狙いがあるとみられる。

 10月になってから徐薫(ソ・フン)韓国国家安保室長が訪米し、米政府関係者と面談して対米交渉について協議するなど動きが出ている。水面下で様々な交渉が行われているとみられ、今後の米韓の動きや、北朝鮮側の方針の変化に注目したい。

八島 有佑