コロナ禍 最低賃金大幅引き上げ 労働者歓迎 事業者は苦慮 支援制度周知に課題も

県内最低賃金の推移(時給ベース)

 長崎県内の最低賃金(時給)が今月2日、初めて800円を超え821円になった。前年度比28円の引き上げは、時給で示すようになった2002年度以降、19年度と並んで最も高い。新型コロナウイルス禍の収束が見通せず、労働者側は歓迎する一方、より厳しい運営に直面する事業者もいる。国の支援策の利用は低調で周知に課題もある。
 最低賃金は、残業代やボーナスを除いた基本給と各種手当(皆勤・通勤・家族手当は含まず)の合計。最低賃金法に基づき毎年度、厚生労働相の諮問機関の中央審議会が引き上げ額の目安を示し、各都道府県の審議会を経て各労働局長が決定する。最低賃金額を下回る賃金だと事業者に罰金が科せられる。
 県内の最低賃金の引き上げ幅はおおむね10円台~20円台で推移。ただリーマン・ショック後の09年度、東日本大震災があった11年度、新型コロナ感染が拡大した20年度は、賃上げより雇用維持が優先され、上げ幅は一桁だった。本年度もコロナ禍の影響が続き、事業者側は引き上げに反発したが、経済の底上げのため千円への早期引き上げを目指した菅政権の意向が反映され、中央審が示した上げ幅28円は過去最大。県内もそれに合わせた形だ。
 「上がってよかった」。長崎市内で求職中の40代女性は歓迎する。約1カ月前まで医療事務に従事。「時給だと700円台。厳しかった」。コロナ禍で多忙を極めた割に収入に反映されていないと感じ、転職を決めた。コロナ禍の影響で契約終了になった元販売員の女性(54)は「821円でも保険などを払ったら(毎月の手取りは)10万円ほどしか残らない。900円は欲しい」。就職活動を進めるが、望む条件には出合えていない。
 一方、苦しい経営が続く事業者もいる。県南部のコンビニ店の男性オーナー(45)は「一気に上がった」と、ため息をつく。これまで最低賃金に数円上乗せし、他店と差をつけて人材を確保してきた。だが、今は821円に合わせるのが精いっぱい。賃上げで新たに月4万円超の人件費がかさむ。「人を減らすことも考えなければいけないかも」
 長崎市銅座町のある飲食店はこの1年半、売り上げがコロナ禍前の1~2割ほどに落ち込み、運転資金を2度借り入れた。約30人の従業員は雇用調整助成金(雇調金)を活用して一部を休ませ雇用を維持。60代の店主は「雇調金に頼っている状態なのに、最低賃金を上げろと言われても負担が増えるだけ」と憤る。

県内の最低賃金が821円に上がったことを知らせるポスター=長崎市宝栄町、ハローワーク長崎

 長崎労働局が5月に実施した抽出調査によると、時給821円未満で働く県内の労働者の割合は19.4%。最低賃金821円が同額の佐賀(18.2%)、熊本(15.7%)、宮崎(16.67%)、鹿児島(16.9%)より高い。審議会で労働者側の委員を努めた連合長崎は「県外へ人材を流出させないためにも引き上げが必要」と主張。事業者側の委員を担った県経営者協会は「経営状況に関係なく、この2割分を賃上げしなければ事業者が罰せられる。影響は大きい」と指摘。労使で捉え方は異なる。
 国は、最低賃金を上げた事業者を対象に、業務改善助成金や雇調金の要件を緩和。労働局はホームページなどで周知しているが、本年度の最低賃金改訂が公示された9月2日以降、同助成金の申請は27件(今月12日時点)にとどまり、雇調金に関する問い合わせはないという。
 「国は制度をつくったら助成した気になっているのかもしれないが、うちみたいな小規模事業者は日々忙しくて気付けない。もっと細やかに知らせてほしい」。飲食店店主は注文を付けた。


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