BOØWY「JUST A HERO」チョコプラの氷室京介から見えてくる表現主義アート?  BOØWY 40thアニバーサリー特集

デヴィッド・ボウイの影響? BOØWYのアルバム「JUST A HERO」

僕含むBOØWY解散後に生まれた世代にとって、悲しいかな(?)そう少なくない数の人がチョコレートプラネットのモノマネを通じて氷室京介という(うっすら名前だけ知ってる)伝説的存在を意識したのではないか? 異様に烈しい身ぶり手ぶり、聴き取り困難な発音の二つを氷室パフォーマンスの最大の特徴と見抜き、笑いに転換したチョコプラの眼には確かなものがある。

しかしチョコプラを起点に文化史的にもっと大きな話をすると、“表現主義” と呼ばれる芸術潮流が、BOØWY及び氷室のスタイルを読解するカギとなりそうだ。表現主義とは物の外形ばかり描こうとした印象派に対して、むしろ内から迸る暗い情念を画布に叩きつける20世紀初頭に台頭した “歪み系アート”。絵画のみならず文学・演劇・映画にまで派生して一大潮流になったが、ナチスに “退廃芸術” の烙印を押され弾圧されたことは名高い。

BOØWY四枚目のアルバム『JUST A HERO』のタイトルは、デヴィッド・ボウイによる表現主義からの影響が色濃いベルリン三部作の、ちょうど真ん中に位置する『ヒーローズ』に直接言及したものになっている。また前作『BOØWY』に引き続きエンジニアとして参加したマイケル・ツィマリングは、そのベルリン三部作にも参加した凄腕。つまり彼らがリスペクトするボウイを経由して、20年代ベルリンに台頭した表現主義の雰囲気をBOØWYは掴んでいたことになる。

表現主義アートの最大特徴は手の変幻

さて『ヒーローズ』と言えば鋤田正義が撮影したアルバムジャケットがあまりにも有名だが、ボウイは右手を胸にあて、緊張した左手の甲をこちらに向けながら壁のように突き立てている。氷室がライヴで見せる誇張された手の動き(ひいてはチョコプラのモノマネ?)にまで受け継がれるこうした “手の変幻” が、表現主義アートの最大特徴だと批評家の滝本誠が指摘している。

「〈表現主義〉の表現とは突きつめれば、腕のねじりを含めての〈手の変幻〉ということになる。〈手〉によって、感情表現を極端化するアクション・ムーヴメントと言い換えてもいい。ウィーン表現主義のエゴン・シーレの自画像に代表されるように、手が笑い、手が激怒するのだ。」 (『別冊映画秘宝 サスペリアマガジン』、洋泉社、113ページ)

ちなみに『JUST A HERO』収録曲「1994 -Label of Complex-」で言及される『メトロポリス』とはフリッツ・ラング監督の20年代の表現主義映画の代表作で、ここでもロトヴァング博士というマッドサイエンティストの “義手” がグロテスクに誇張されている。

しかしチョコプラが誇張してみせた氷室の “手” ぶりのみならず、彼の発音のエキセントリックさにも表現主義の “歪み” が刻印されている。本作収録の「わがままジュリエット」では、「♪夜のオブジェに抱かれて(タカレティ)」や「♪空回りで(カラマワリディ)」など小さな「ぃ」が入り、「Like a Child」では「♪素直な心まで(ククロマディ)」にまで変形され、「ミス・ミステリー・レディ」に至っては「♪セピアの影 踊る葉(ヨウ)は Toe Dance」 と「葉」を「ヨウ」と音読させる右斜め上を行く発音を披露する(歌詞カード読むこと前提!)。

こうした発音上のやりすぎ感は奇を衒ったという以上に、氷室の中の抑えがたいカオスな表現衝動が、無意識に発音ルールに否(ノン)を与えた結果だろう。発音の一般規則と、意味をなさない無秩序なノイズの間で綱渡りするような緊張感が氷室ヴォーカルの魅力に思う。

氷室京介の表現主義スタイルの源泉は夭折の天才画家・山田かまち?

最後に氷室の表現主義スタイルの源泉を探ってみたい。先述したボウイは勿論、バウハウスのピーター・マーフィーが見せる、表現主義映画『カリガリ博士』直系のゴスロック美学の影響もあるだろう。

しかし群馬県高崎市で氷室と小・中学校の同級生で、ともにバンド練習をしたことさえあり17歳でエレキギターで感電死した夭折の天才画家、山田かまちの影響は考えられないだろうか? 彼の代表作「ナイフを持つ自画像」や「青い自画像」などは、内なる情念が溢れ出るような抽象表現主義の傾向のある絵だ。山田かまち美術館に展示されている氷室直筆の手紙には以下のようにある(改行原文ママ)。

 ビンセント・ヴァン・ゴッホ エゴン・シーレ
 ドラマティックにその一生を送ることを運命づけ
 られた天才たち
 そして君も 生まれながらにして選ばれた者達
 だけが持つ独特な輝きを持ちあわせていたよね

エゴン・シーレといえばウィーン表現主義を代表する画家で、氷室の大のお気に入りらしい。ゴッホも「表現主義絵画の父」としてよく名が挙がる。つまり明らかに氷室は表現主義というジャンルを熟知した上で、幼いころの自分に影響を与えた山田かまちをその系譜に位置付けているのだ。チョコプラのモノマネから、壮大な「表現主義アート100年史」を幻視してしまうのは僕だけか?

カタリベ: 後藤護

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