Vol.01 VaundyのMV「泣き地蔵」をインカメラVFX撮影。AOI Pro.、TREE Digital Studio、ヒビノ、共同で実現した撮影現場レポート[Virtual Production Field Guide 4]

Media GardenのBスタジオにヒビノのLEDやインカメラVFXシステムを設営

AOI Pro.制作で、今年最注目株のアーティストVaundyの新曲「泣き地蔵」のMV制作を、LEDディスプレイを使用したインカメラVFXシステムで撮影すると聞きつけ、取材に伺わせてもらった。

AOI Pro.、TREE Digital Studio(以下:TREE)、ヒビノの三者間で今年の3月頃から準備をしていて、満を持して撮影に挑んだ形だ。TREE所有の撮影スタジオMedia GardenのB Studioに準備に2日間、撮影2日間というスケジュールの中、インカメラVFXがメインとなる撮影二日目にお邪魔させてもらった。

170坪のスタジオには横8m×高さ4mのLEDディスプレイが緩やかにラウンドして配置され、その左右両端から手前に伸びる感じで幅2mのLEDが配置されていた。この総幅12m、縦4mがメインスクリーンとなり、ROE Visual社のRuby1.5F(1.56mmピッチ)という高精細低反射のLEDパネルで構成される。

他に天井と左右手前側に5.77mmピッチのCarbon5というLEDを使用していた。これは屋外対応の高輝度モデルで環境光用の照明として使うのに適している。このディスプレイにもメインスクリーンと同じような環境が映し出されている。

メインスクリーンだけでも、これだけ高精細で大画面になると約7.7K×2.6Kの映像を送出することになり、映像をレンダリングと送出するとなるとかなりのマシンパワーを要求される。

レンダリングにはdisguiseのメディアサーバーrxⅡをインナーフラスタム(カメラの画角内)とアウターフラスタム(カメラの画角外の環境光用)にそれぞれ1台ずつ使い、それを4K×4チャンネルで送出できるdisguise vx4を経由して、4K LEDプロセッサーBrompton SX40×4台によってLEDディスプレイに映し出される。

カメラトラッキングにはStype社のRedSpyが使われており、スタジオのキャットウォークと天井部分のLEDには赤外線マーカーが貼られていた。

このスペックを聞くと同特集シリーズを読んでいる読者の方には気づかれる方もいると思うが、LEDの組み方はアレンジされているものの

vol.7で紹介したHibino VFX Studio

に近いスペックで構成されている。とはいってもそのスタジオにあるシステムをそのまま持ってきたわけではなく、LEDなどはそこに残しつつ、ここMedia Gardenにもう1チェーン組んでいると聞き、ヒビノのLEDのストックの量には驚かされる。

カメラはALEXA Mini LFにシグマのフルサイズ対応の単焦点シネレンズが用意されていた。それぞれのレンズに対して事前にRedSpyのキャリブレーションを取るわけなので、準備はかなりの作業量になるが、disguiseのシステムを使い、この場で12本のレンズキャリブレーションが行われた。撮影時はレンズ交換ごとにデータを入れ替えるだけで対応できる。これらの撮影機材はTREEの撮影業務や撮影機材レンタルを事業とするCRANKが用意している。

TREEは、このプロジェクトにおいてCGアセット制作から撮影機材、スタジオ、ポストプロダクションに至るまでを一手に担っている。今年初めにそれぞれ別々に実績を積んできた会社・部門が統合しTREE Digital Studioとしてスタートを切った。

今回のVaundyのMVに関してはLUDENSとREALIZEがCGアセット制作とUE4プロジェクトまでを担い、撮影機材と撮影部をCRANKから、撮影スタジオはMedia Garden、グレーディングとオンライン編集はDIGITAL GARDENと、企画段階から納品まで今回のプロジェクトの中核をなしている。

ドリーの前後移動やカメラの手持ちによる激しいカメラワークもあり

取材時は地下鉄の車内のシーンを撮影していた。TREEのチームが作成したCGアセットはNYの地下鉄を彷彿とさせるグラフィティーで埋め尽くされた荒廃した雰囲気を漂わせるロケーションだった。そこに女性キャストを囲むように5人のダンサーが立ち、威圧的なダンスをするというシーンだった。

最初のカットはドリーに載ったカメラが前後に移動しながら撮影していた。トラック移動しながらも背景のパースがそれにあわせて変化していく様はインカメラVFXの醍醐味だ。

次のカットではカメラは手持ち撮影に変わったが、カメラに取り付けられたRedSpyは手持ちになっても安定したトラッキングを維持しており、MV的な激しいカメラワークにもついていっていた。

用意した美術は人物が接触する最小限の部分のみ

本来、電車でのロケというと許可の得られる路線は限られているし、一定の区間が指定されることが多く、限られた時間で撮りきらなければならない。ましてや、こんなペイントされた車内なんてセットを建てないと無理だし、CGにするといっても手持ち撮影のマッチムーブにはかなりの労力を要する。

今回は美術で用意されていたのはこのカットに関してはつり革のみ。その他のシーンでは入り口の扉や手すりが用意されていて、窓にもたれかかる主人公がガラスに映りながら車窓の風景が流れていくというカットもあった。ガラスの映り込みなどはグリーンバック合成では表現しづらい要素の一つだ。ホームのシーンも用意されていたのはベンチ1セットのみ。また、グリーンバックでは抜きにくい網目を使用した映像表現として、金網も美術で用意されていた。

画面に映っている部分でCGに頼る部分が少ないほどリアリティが増すのは確かだが、どこまでをセットで用意して、どこからCGアセットに頼るかは仕上がりとコストを天秤にかける作業になってくる。取材の時のシーンは人物が接触する最小限の部分のみを美術で用意して、それ以外の大部分をCGアセットにゆだねるというシーンだったが、リアルタイムにカメラで撮影された画を見ると、かなりリアリティある仕上がりになっていた。

こういった技術がここ最近で急激に発展した理由は、複合的な要素が絡み合っている。まず、フォトリアルなCGをリアルタイムでレンダリングできるようになったこと。これはUnreal Engine 4というゲームエンジンの功績が大きい。ハードウェア的にもdisguiseのような強力なグラフィックボードを積んだメディアサーバーによって高解像度の画像も出力できるようになって現実のものとなってきた。

そして高精細で低反射のLEDディスプレイの登場だろう。去年くらいまでは高精細といっても2mmピッチ台のLEDが主流だった。それは2mm以下になってくるとLED素子がデリケートになり、少しの衝撃で抜け落ちてしまうということがあり、表面を樹脂で加工しなければならなかったらしい。

それが理由で表面が反射質になってしまったり、低コントラストになる要因にもなっていた。それが1.56mmピッチでありながら、極めて反射の少ない高コントラストを実現できたRuby1.5Fの登場でモアレに神経質になることなくミニマムなステージが組めるようになってきた。

xRの隆盛のおかげでRedSpyやStarTrackerのようなカメラトラッキングというニッチな市場が活気づいたのも追い風になっているのかもしれない。

あと、このパンデミックの最中、海外には行き難くなりロケできる場所も限られる状況において、次の一手をいろいろなところで模索し始めたという事も大きな要因なのは否めない。この時期にAOI TYO Holdingsという広告業界最大手グループのもと、今までそれぞれ活躍していた数社が連携を取り合いTREE Digital Studioとして一体となったのは大きな強みになってくるだろう。

企画、演出、撮影、照明、美術、CG、スタジオ、編集などが同じビジョンを持って撮影に挑むことが大事

現場ではグリーンバックで撮影して、CGチームは合成素材として提供し、オンラインで初めて完成形が見えるという、それぞれの部署が会うことなく制作する状況も昨今の現場では多くなってしまっていた。それが、このLEDディスプレイを使ったインカメラVFXにおいては、それぞれが積み上げてきた努力が撮影の現場で実際にモニターを通して見られるという醍醐味がある。

現場で試行錯誤してクオリティを上げていく作業は、デジタルの最先端にもかかわらず、かなりアナログ的な雰囲気も漂わせる。そこで重要になってくるのが、技術者たちのコミュニケーションだろう。企画、演出、撮影、照明、美術、CG、スタジオ、編集などが一貫して一つのビジョンを持ち合わせていることが重要だ。

今回のようにAOI Pro.とTREE、ヒビノが一つの作品に対して同じビジョンを持って撮影に挑んだということがバーチャルプロダクションのジャンルに加速度を付けたように感じる。このチームによってどんな作品が今後生まれてくるのか楽しみだ。


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