途上国は廃プラのごみ箱じゃない! 〝怪獣〟も登場 EUがプラごみ輸出禁止へ

By 佐々木田鶴

 欧州連合(EU)の主要機関が立ち並ぶブリュッセルの一角に、なにやらえたいの知れない怪獣が立ちはだかっている。よく見ると、口から噴き出しているのはプラごみの炎だ。ようやくコロナ禍が落ち着いてEU関係者で活気が戻りつつあるこのヨーロッパ地区に9月29日、EU委員会や欧州議員の代表、多数の市民団体やNGOが結集して、プラごみ輸出を禁止する法案の早期成立を目指して気勢を上げた。

 10月末から国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)が開催されることもあり、先進国としてプラスチックごみの処分を途上国に転嫁してきた欧州は大きな決断を迫られている。世界第2位のプラごみ排出量である日本は、どうだろうか。(ジャーナリスト=佐々木田鶴)

欧州委員会前に現れたプラごみの怪獣の前で、市民団体と欧州議会環境委員会の代表が連帯を宣言=筆者撮影

 ▽市民団体、議会、官僚が連帯して

 EU加盟国では、プラスチックの徹底的削減を訴える市民団体の動きが活発だ。その欧州全体での集まりである「廃棄ゼロ・ヨーロッパ」、「プラスチックを断ち切ろう」、「考え直そうプラスチック連盟」、「環境捜査機関(Environmental Investigation Agency =EIA)」、「欧州環境事務局(European Environmental Bureau=EEB)」などといった61の市民団体が、欧州議会の環境・公衆衛生・食の安全委員会に対し、規則によるプラごみの輸出禁止を働き掛けた。自分たちが出したプラごみはEU域外に輸出しない。EU域内で、自分たちの手で始末しなければいけないのだ、と。

 EUの官僚機構である欧州委員会は、こうした市民の声に背中を押されて、10月中にEU廃棄物輸送規則(EU Waste Shipment Regulation)の改正案を提出することになっている。これは、EU域外への廃棄物輸出を原則として禁止し、不法輸出を徹底的に監視して取り締まろうというもの。9月29日には、プラごみの輸出禁止を強く求める市民団体と議会の環境委員会の代表が、プラごみに特に焦点を当てた規則になることを強く求める「マニフェスト」を環境担当委員に手渡したのだ。

 EUの環境大臣に相当するシンケヴィチュウス委員は弱冠30歳のリトアニア人。環境危機を訴える若者世代の兄貴分といった感覚だ。マニフェストを手渡されて開口一番、こんなふうに話し始めた。

 「私たちの地球環境にとって、あまりにも重要なプラごみの課題についてEU市民を啓蒙(けいもう)し、知らしめる活動をしてくれて本当にありがとう。地球環境のためのサーキュラー・エコノミー(循環型経済)を推進しようとしているEUが、プラごみを輸出するなんて恥じるべきこと。皆さんの期待に応える野心的な規則になるようがんばります。みんなで一緒に、プラごみの問題を直視しましょう。大きな声を出してください。皆さんの支持が必要です」

 規則改正案は10月中に審議に入り、早ければ、11月にも成立させたい意気込みだという。

ヴィルギニユス・シンケヴィチュウス委員は、欧州委員会前に現れたプラごみ怪獣の前でプラごみ輸出を禁止する規則の成立を約束した=筆者撮影

 ▽プラごみによる「植民地支配」

 EIAはこの日に先だって、「ごみの裏に隠れる真実(The Truth behind Trash)」という報告書を発表した。これによれば、第2次大戦直後には、貴重品であったプラスチックは世界全体でたった150万トンしか消費されていなかった。だが、その生産量は先進国の経済成長とともに急激に拡大して今日までに100億トンにも達している。

 生産量が急増してもその処理方法は追い付かなかった。その結果、プラスチックの主要生産国である米国、日本、ドイツなどは、プラごみの輸出大国となった。近年まで受け入れを一手に引き受けてきたのは中国だった。

1988年~2020年までの世界の累積プラごみ輸出の3割以上を、米国、日本、ドイツの三か国が出している。データ:EIAの報告書「The Truth behind Trash」より

 1980年代になって、先進国から輸出された廃棄物による環境汚染が露呈すると、バーゼル条約で国境をまたぐ廃棄物輸送がある程度管理されるようにはなった。しかし、2018年に中国が、あまりの環境への危害から輸入禁止を宣言すると、主要輸出国は代わりの受け入れ国探しに奔走。受け皿となったのはマレーシア、ベトナム、タイ、インドネシア、インド、トルコなどの国々で、不法輸出も横行した。こうして、これまでふたをされてきたプラごみ危機がにわかに問題視されるようになった。

 欧州ではメディアがこぞって、「プラごみによる汚い植民地支配」と厳しく追及。というのも、輸出側は、いったんプラごみを国外に送ってしまえば、「輸出先で適切に処理されているもの」と都合よく考えて真実から目を背けてきたからだ。EIAの報告書によれば、受け入れる途上国でのリサイクル処理率は3割にも満たないという。筆者の住むベルギーでも、大手スーパーが回収したプラ容器が圧縮されコンテナに詰められて輸出される様子や、その一部がマレーシアの空き地に不法投棄されたプラごみの山の中で見つかったことなどが次々と報じられて市民の問題意識を高めた。

 欧州が出したプラごみさえ処理できずに第三世界に押し付けていることは、まさにプラごみによる植民地支配。これを終わらせるには、プラごみ輸出を直ちに禁止し、プラ生産量や消費量を徹底的に激減させて、自分で出したプラごみは自分で処理できる体制を作るしかないと報告書は結論付ける。

 ▽世界のプラごみ危機、日本はいったい…

 日本は、海洋に流出したプラごみの国別発生量ランキングなどを示して、中国、インドネシア、フィリピン、ベトナムなどがあたかも海洋プラごみの発生源であるように指摘し、2018年には海岸漂着物処理推進法を改正して、日本に流れ着く漂着物への対策を策定した。だが、これらの国々は、実は、日本からの膨大なプラごみ輸出の受け入れ国に他ならない。

 プラごみの輸出禁止を訴えるEIAに、日本はどのように捉えられているのだろう。

 「プラごみ輸出量で世界第2位の日本は、プラごみ輸出をやめようという動きにおいては完全に立ち遅れている。日本政府は、プラごみを適正に処理する能力を持ち合わせない発展途上国に向けて輸出することに何の問題意識すらないようにさえ見える」

 EIAは、来年2月の第5回国連環境計画の総会を前に、世界のプラごみ危機における日本の立ち位置についても厳しく分析する。日本は、2018年の1年間で900万トンものプラごみを排出し、国民一人当たりでは世界第2位。1988年以来、一国で累積2640万トンものプラごみを輸出し、しかもその92%が発展途上国(非OECD加盟国)向け。その偏重度合いは、世界に類を見ないほどだとしている。

先進国の無作為に手厳しい報告書「ごみの裏に隠れる真実(The Truth behind Trash)」ⓒEnvironmental Investigation Agency=EIA

 プラごみの84%をリサイクルしているというが、「熱回収」と呼ばれる焼却が64.6%で、本来のリサイクル能力は極めて低く(23%としているが、EIA推定はその半分)、11%は「リサイクル目的で」国外に輸出されている。プラスチックの焼却は、有限資源の乱用という以前に、気候危機および人間の健康にもっとも有害な処理方法と断言する。(EIAの日本のプラごみ処分についてのブリーフィング資料より)

 日本政府に対しては、野心的で拘束力ある国際法を策定して世界のプラごみを削減しようという意思がないと厳しく分析している。

 一方、日本人への意識調査では、プラスチック汚染はもっとも喫緊の環境課題であると答えた人が77%、日本政府は法整備を通してこの問題にもっと対処すべきだと答えた人が80%もおり、市民のプラごみ問題への意識は十分に高いと評価。だから、市民の意識を代表し、世界の動きに逆行する日本政府に働きかける力強い活動団体が必要だと指摘している。

 ▽プラスチックから環境・気候危機へ

 プラスチックなど化石燃料を湯水のごとく使って発展してきた末に、地球の表面は人類が残したごみや痕跡で覆いつくされ、環境や気候を劇的に変えるところまで来てしまった。

 国連人権理事会は10月8日、環境に対する人権を認める初めての決議を賛成多数で採択した。理事国47カ国のうち賛成は43、反対は0。棄権した4カ国は、ロシア、中国、インド、そして日本。

 コロナ禍が一息ついた今、気候正義を訴え、気候危機への即時対応を求める運動が世界各地で改めて盛り上がっている。ブリュッセルで久しぶりに開催された気候危機マーチには、若者ばかりでなく、子ども連れの家族、ティーンエージャー、おじいちゃん&おばあちゃん世代、教師と子ども達、障害者グループ、医師や看護師のグループ、市や国の職員など多くの市民が繰り出した。

 日本でも、こんな盛り上がりが起こる日はいつか来るのだろうか。

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