コロナで観光客消失、のれん外した民泊に休業ホテル 京都に「日常」戻らず

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訪日外国人客数の推移

 のれんを外した民泊や「臨時休業」の張り紙を掲げるホテルが民家の間に並び立つ。京都駅にほど近い旧花街の菊浜地区(京都市下京区)。日中にもかかわらず人通りは少ない。地元の商店街で会長を務める長田豊さん(81)は「観光客は消えたが住民が戻ってくる場所はもうない」と嘆く。

■コロナで一変

 地区では市内への訪日外国人客らが急増したことで、数軒しかなかった宿泊施設がこの5年間で70軒ほど増えた。新型コロナウイルス禍の前は観光客がキャリーバッグを引く音が途絶えず、飲食店は人であふれかえっていたという。

 コロナの感染拡大で観光客の姿は消えたが、かつての日常は戻らなかった。宿泊施設の建設に伴う地上げなどで住民が次々と地域を離れたからだ。5年間で地区の人口の1割に当たる約200人が減り、数世帯しか残っていない町内もある。長田さんは「公園からは子どもの声が聞こえなくなった。残ったのは明かりがつかない民泊やホテルだけ」とため息をつく。

 安倍晋三政権は観光立国を成長戦略の一つと位置付け、しゃにむに訪日客の呼び込みを進めてきた。査証(ビザ)発給要件の緩和や免税品目の拡大にとどまらず、宿泊施設の不足を補うため2018年には民泊を解禁した。

 成果は目に見えて表れる。同年には訪日客数が3千万人を超え、旅行消費額は4.5兆円に達した。その勢いのまま東京五輪・パラリンピックが開かれる予定だった20年にそれぞれ4千万人、8兆円の大台に乗せる目標を掲げていた。

■人口減り衰退

 急激な旅行者の増加は「観光公害」と呼ばれる現象を巻き起こした。京都市では18年の外国人宿泊客数が5年前から4倍に膨らみ、路線バスの混雑や騒音、ごみの投棄などが問題視された。市も民泊の規制を強める条例を定めるなど対策に追われたが、当時官房長官だった菅義偉前首相は19年に市内を視察した際、記者団に「まずは自治体が知恵を出し、必要なことは政府が支援する」と述べるにとどめ、国として積極的に動く姿勢は見せなかった。

 地域と調和の取れない観光の盛り上がりは、まちづくりにも影を落とす。市内ではホテルなどの建設ラッシュに伴う地価の高騰で住宅の値段が跳ね上がり、30代など子育て世代の市外流出が叫ばれるようになった。また菊浜地区のように民泊やホテルが過剰に誕生し、人口減や地域コミュニティーの衰退を招いた例も出ている。

■複雑な思い

 功罪をもたらした観光客の大波も突然のコロナ禍で「蒸発」した。昨年の訪日客数は19年の約9割減の約400万人に落ち込んだ。菅前首相が旗を振った政府の観光支援事業「Go To トラベル」が昨夏に始まり、国内観光は一時的に回復の兆しを見せたが、感染拡大で昨年12月に事業は一時停止し、再び苦境に陥った。

 「京の台所」として知られる錦市場(中京区)も様変わりした。コロナ前は軽食の販売などが人気を集め狭い通りが大混雑したが、観光客が去ると売り上げの激減などで10店舗ほどが廃業した。ただ、人混みがなくゆっくり買い物が楽しめる環境に戻り、喜ぶ常連客もいるという。

 「コロナ前は錦市場の本来の魅力から外れていたのは確か」。京都錦市場商店街振興組合の三田冨佐雄理事長(80)は語る。組合は古都の食文化を支えてきた歴史を見つめ直そうと、足が遠のいていた地元客ら向けに市場の商品をデリバリーで届けるサービスも始めた。三田理事長は「売り上げも厳しい中、観光客には戻ってきてほしい。だが地元客を大事にしなければならないと改めて知らされた」と語る。

 冷え込んだ観光産業の立て直しが求められるが、安倍政権以降に顕著だった観光公害などコロナ前の課題とどう向き合うのか。衆院選後に誕生する政権は重い課題を背負う。

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 岸田文雄首相が衆院を解散し、4年ぶりの衆院選(19日公示、31日投開票)が行われる。与党の圧倒的な数の力で在任歴代最長となった安倍元首相と路線を継承した菅前首相の政権運営は、今月初旬まで9年近くにも及んだ。「安倍・菅政治」がもたらした変化や問われるべき課題を京都、滋賀から見つめる。