勝利主義から育成主義へ。石川の少年野球界に今、変革が起きている。

石川県の皆さん、野球は好きですか?

今も昔も国民的人気スポーツといえば、やっぱり野球。ここ石川県では、星稜高校や小松大谷などの活躍により、毎年高校野球をチェックするのを何よりも楽しみにされている方も多いと思います。

しかし、石川の高校野球が盛り上がっている反面、サッカーをはじめとする他のスポーツの人気に圧され、全国的に未来の高校野球を担う若い世代の野球人口が年々減少の一途をたどっている…といううわさも耳に入ってきます。

石川の野球人口減に待ったをかけるために、そして未来の石川の高校野球がもっと盛り上がるために、いま何かできることは?

そんなわけで今回は、本メディアでコラム執筆をいただいている『SCC北陸』代表の田嶋先生に石川の野球界についてインタビューをさせていただきました。

野球好きの人はもちろん、お子さんに何のスポーツをやらせようかと考えている子育て世代の方もぜひ読んでみてくださいね!

話を聞いたのは…

田嶋弘和先生
心と身体の調和と発達を促進し、スポーツ選手を支える『SCC北陸』代表。子供からプロ野球選手まで様々なスポーツ選手のコンディショニング指導、アドバイスを行なっている。金沢学院大学硬式野球部専属トレーナーも務める。

石川県〈少年野球界〉の今。

――BONNO編集部です。いつもコラムを執筆いただきありがとうございます。今日は野球界への忌憚のないご意見を聞きたいと思っていますのでよろしくお願いします。

田嶋先生:よろしくお願いします。

田嶋先生のコラム「心と身体を整える【BC本気塾】」記事一覧

「SCC北陸」代表の田嶋弘和先生

――まず、少年野球界の現状を教えてください。

田嶋先生:現在でも、野球を始める小学生は多いんです。でも、野球が楽しくて、野球が好きだからって入ってくる子たちが、中学になって高校になってどんどん離脱していくため、結果的に野球人口が増えていきません。中学校になってくると、人数が足りなくて何校か合併してやっているというところもあるんですよ。少年野球の指導者の方達は「少子化だから仕方ないよね」って言っているんですが、しかし果たしてそうなのか。私はそういう問題ではないと思っています。

――途中で辞めてしまう原因はなんだと思いますか?

田嶋先生:原因の大きなひとつとして、指導者の質が挙げられると思っています。私はこの業界に30年間携わっているのですが、野球人口を減らしているのは指導のあり方だということに気づいていただきたいなと思っています。野球人口の減少は少子化なんて関係なく、指導者の質です。

――どんな指導が原因なのでしょうか?

田嶋先生:そうではない素晴らしい指導者の方々がいるので悔しくて残念ですが、少年野球の現場には、勝ち負けや上手い下手に終始し、感情優先で選手たちに怒ってしまっている指導者が見受けられます。少年野球というのは、選手たちに生涯野球を楽しんで続けてもらうため「野球の楽しさ」「野球の面白さ」を伝えて、そのために「基本動作の反復」「人として大切なこと」「野球以外の大切なこと」「ケガや故障をしない身体作り」を教える大切な時期です。ちょっとのミスで思考停止するくらい怒鳴って、 細部に渡る指示をして、上手じゃない子は試合に出られない…こういう指導は間違っていると思います。子どもたちは何も悪くはないんです。

――なんだか殺伐としていますね…

田嶋先生:普段私がお世話になっていて、私が提唱する指導方法をご理解いただいている野球関係者の皆様とは、常々この件については考えて行動してきましたが、少年野球の世界は、30年前から何も変わらない、気がつかない、貫けない、という残念な現場がまだまだ多いです。現状をそのままにしておけば、確実に野球は尻すぼみになります。野球界というのはとにかくビシバシと厳しく指導するイメージがあるかと思いますが、それは20年、30年前の指導方法です。今の指導者たちは、怒られ、怒鳴られ、厳しくされて育ってきた世代なので、自分たちもそのように教え今の子供たちに接してしまうんです。今は時代も変わってきていますので、指導方法もアップデートしていかなくてはなりません。

――それは野球に限らず他のスポーツにもいえることなんでしょうか。

田嶋先生:もしかしたらそうなのかもしれないですね。特に私は野球をずっと見てきているので、野球界には特にそう感じます。勝ち負けや上手い下手にすごく捉われている、いわゆる「勝利至上主義」的な指導が、少年野球現場にまだ残っていると感じます。

――厳しくすれば強くなるという側面もあるんですか?

田嶋先生:確かに厳しくした方が一時的には強くなるんですよ。勝つ方法というのがあって、それをやりさえすれば勝つには勝てるんです。でも、厳しく押さえつけて締め付けても、選手に勝ちの喜びは生まれないんです。その結果野球人口がどんどん減っていって、野球界全体に元気がなくなっていったら、それは本末転倒ですから。

――なるほど。

田嶋先生:それに、勝利至上主義というのは、高校野球とか大学野球ならまだわかるんです。しかし、私が心配しているのは少年野球。これからの野球界を担っていく小学生プレイヤーが勝ち負けに固執した指導者から怒鳴りつけられる…。そんな野球現場をすごく懸念しています。

――勝ち負けがすべてになってしまいそうですね。

田嶋先生:本来、野球を始めるきっかけというのは「野球が楽しい」「野球が面白い」「野球が好き」という純粋な気持ちです。観ている野球ファンも一緒ですよね。そこをちゃんと理解しない指導者が選手に圧力ばかりかけても、チーム全体がどんどん元気がなくなってしまうばかりか、野球をやりたいという子供たちも減ってしまいます。

「勝負」から「育成」へのシフト。

――今後、石川県少年野球の指導方針はどんな方向性に変わっていくと良いとお考えですか?

田嶋先生:「勝利至上主義」から「育成至上主義」へと舵を切ることが大切だと考えています。勝ち負けも大切なんですが、それよりもまずは野球の楽しさや喜びを子供達に教えてあげられるように指導者から変わっていくべきだと思います。石川県全体でもそのような流れにしていけたらと、学校への働きかけを行っているんですよ。

石川県立野球場にてインタビューを行いました。

――「育成至上主義」というのは、具体的にはどんな指導をされるんですか?

田嶋先生:スポーツはやはり「心技体」。日本古来からある姿勢、所作、躾、型、礼儀であるとか、そういった日本人として当たり前のことが当たり前にできるような育成を取り入れています。普段から、姿勢を正し、呼吸を整え、心を静め、重心を下げることを選手に指導していると、チーム全体がピリッと引き締まりますし、試合などのいざというときに平常心を保て、力まずリラックスして力が発揮できるようになるんです。それがだんだんと結果に繋がって勝てるようになってきます。

――チーム全体の意識が上がるんですね。

田嶋先生:そうなんです。怒鳴らないとダラダラするんじゃないかと思われがちなんですが、逆に選手自身が自分で考えて気づくようになりますし、きっちりやろうという心構えが育つんです。

――怒鳴るだけが厳しさじゃないんですね。

田嶋先生:そういうことです。

――身体についてはどんな指導をされているんですか?

田嶋先生:野球を心から楽しむためには、大前提としてケガや故障をしない身体作りが大切です。さまざまなエクササイズでまずは身体の使い方、身体の繋がり、身体のバランスを整え感覚を養う練習を行なって、子供たちの運動能力を引き出すことを意識しています。そしてフォームチェックと動作解析によって、身体の使い方や身体の構造も学んでいただいています。

――ウェイトトレーニングもするんですか?

田嶋先生:高校野球からは当たり前のようにウェイトトレーニングを実施しているチームが一般的です。しかし、ウェイトトレーニングを行えば身体が強くなって球威が上がる、飛距離が伸びるということを過信してしまうと、力んだり、感性のない動作になってしまうのです。今までも、身体だけやみくもに大きくしている選手を多く見てきました。これだとパフォーマンスにつながらないばかりか、ケガや故障の原因になってしまいます。ちゃんと身体の構造を知って、身体の中心から手足に効率よく力がつながるように、しなやかな身体を作っていくことが大切です。

ケガや故障をしない身体作りが大切。

――スポーツ界では当たり前になっているウェイトトレーニングをやられていないというはすごく意外です。なぜウェイトトレーニングを指導されないのでしょうか。

田嶋先生:もちろん、ウェイトトレーニングを全否定しているわけではないんですよ。

――では、どんな点に問題があるとお考えですか?

田嶋先生:野球界、スポーツ界では、ウェイトトレーニングによって筋肥大、筋力アップすると運動能力が向上すると言われています。私も若い頃はウェイトトレーニングをガンガン行い、それ以上の結果を求めるがゆえ、筋肉をつけるために効果があると聞けばありとあらゆるサプリメントを摂取していたことを思い出します。しかし、ある時期から思考はどんどん変わり、いつしか心も身体も壊れていくことから、必要以上なウェイトトレーニングは必要ではないことに気がついたのです。

――実際に体験されたからこそなんですね。

田嶋先生:今までずっとこの感覚で取り組まれ、それがスポーツ界のバランスを保たれている以上、その不均衡は必ずいつか破綻すると思っていました。昨今は何でもすぐに答えを求めたがる世の中です。目先のことや、短期間での結果を求めることは、結果を急いで求めてしまう思考を働かせてしまうので、私はどうかなと危惧しています。テレビ、書籍やYouTube、SNSなどには答えがすぐにあります。故障=筋力不足、飛距離やスピードを出す=筋力不足と思われがちですが、実際のところ故障する原因は、筋力ではなく、非合理的な動作から生じる身体の偏りにあります。パフォーマンスを向上させようと思うと、筋肉のみを鍛えるよりは、まずは身体の使い方、身体の繋がり、身体の構造、身体のバランスを考慮して、動作そのものを正しく繰り返した方が有効だと思います。感性を無視した、がむしゃらなウェイトトレーニングは浅層の筋を主に鍛えるため、力みやすくなります。いかにエネルギーのロスを少なくし、その動作の質を高めるかということが重要になるのではないでしょうか。

――なるほど。心も身体も、まずは土台の部分が大切なんですね。

田嶋先生:おっしゃる通りです。そういうことがベースとしてあったうえではじめて長く野球が楽しめて、そして勝負の世界でも戦えるようになるんだと思います。指導者が目先の勝負ばかりを見て選手に怒鳴っても選手には届きませんし、ガンガン闇雲に練習しても本当の意味で強くはなりません。昔ながらの指導者の方が「どれだけ厳しくしても、どれだけ叱っても全然強くなりません」と私のところにやってくると、私が全然真逆の指導をするので、驚かれることもありますよ(笑)。

同じ選手、同じチームでも、指導方法が変わればガラッと変わることもあるのだとか。

――ところで、今年の高校野球の県大会で金沢高校が準優勝しましたが、金沢高校は田嶋先生が指導に入られているんですよね。

田嶋先生:そうなんです。3年前から指導に入らせてもらっています。金沢高校の監督さんがなぜ私を呼んでくれたかというと、選手たちに「ウェイトトレーニングで身体を大きくするトレーニングのやり方ではなく、身体を自由に、思い通りにバランスよく動かすトレーニングの重要性」そして「心構え」を指導していただきたいと言ってくださって。

――バランスと心構え。

田嶋先生:そうなんです。ただ「私の指導方法はすぐには結果は出ませんので、3年はみてくださいね」とお伝えしていて、今年がちょうど3年目だったんですよ。

――それはすごい。ちゃんと結果になって現れましたね。

田嶋先生:これはまだまだ過程にしか過ぎませんが、「バランストレーニング」と「心構え」からしっかり向き合っていくと、不思議な因果関係ですが、最終的に結果として繋がっていくんだなと実感しています。今の3年生たちがすごくそれを理解してくれていたので「本当にこのやり方を理解して身体に身に付けると力も発揮できて勝てるんですね」と本人たちもすごくびっくりしていましたね。しかし、ここで優勝していたらさらに説得力があったのですが。この指導方法はお世話になっている金沢学院大学、金沢学院大学附属高校、金沢伏見高校も同様なんですよ。

ウェイトに頼らなくても力が上手く伝わる身体の使い方を指導する。

――少年野球の事例があれば教えてください。

田嶋先生:私の指導法を理解していただいていてお世話になっているのが、山代少年野球クラブ、東和少年野球クラブ、せたにヤンキース、日末ジュニアクラブ、九思少年野球クラブ、山代中学校、片山津中学校、錦城中学校、山中中学校、板津中学校、松東みどり学園、丸内中学校、御幸中学校、根上中学校、辰口中学校、寺井中学校、川北中学校、森本中学校、 兼六中学校です。これらの学校では育成至上主義で生徒を指導しているのですが、なかでも小松市の板津中学校は、この指導のやり方でこの夏、全国大会に出場しました。野球の指導方法が変革していくうえで、すごく大きな一歩だったと思います。

姿勢ひとつで勝負が変わる。

――先生のお話を伺っていて、野球だけではなくすべてにつながる話だなと感じます。

田嶋先生:そうですね。私が指導していた選手の子がプロの世界に行った時の話ですが、チームフロントの方から「君はなんでそんなに姿勢がキレイなの?挨拶や立ち方も良いね」と言われたそうです。また会社見学に行った選手が、姿勢などの立ち振る舞いを見られ「何か武道でもやってた?」と聞かれたそうです。会社見学に行っただけなのに、姿勢の良さを認められて入社が決まった子もいましたよ。

――姿勢って大切ですもんね。

田嶋先生:そうなんです。姿勢って、漢字で書くと「姿の勢い」なんです。整列したときに相手を制したり、そこでもう勝負に繋がったりするものなんですよ。

立ち姿が凛々しい金沢高校の選手たち。

――試合の前から勝負が始まっていると。

田嶋先生:はい。姿勢ひとつで結果は変わってくるんです。整列だけではなく、マウンドでも、バッターボックスでもそうです。もちろん、それは野球に限ったことではありません。選手たちには「君たちは目先のことだけをやっているわけじゃないんだよ」と指導しているんです。野球という小さなカテゴリーだけじゃなく、野球を通じて今後、自分たちがどう幸せに胸を張って生きていくかということを考えてやりなさいと伝えています。

――なるほど。学生時代に先生に教わったことが大人になってからも役立ちそうですね。

田嶋先生:「社会に出てから先生の言っていたことがわかりました」と言ってくれる子もいます。すごく嬉しいことです。だから、そういう子が少しずつ増えてくると良いなと思っています。

野球界の未来を見据えて指導を行う田嶋先生のもとには、石川県のみならず、全国からも指導を請う声が寄せられている。

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以上、石川県の少年野球界を支えるスポーツトレーナー、田嶋先生のインタビューでした。

石川県民として、野球界がどんどん盛り上がって、石川県の高校野球がもっともっと面白くなることを期待しています。

◯田嶋先生のコラムを読む

SCC北陸
ストレングス&コンディショニングクラブ
石川県加賀市山代温泉南町27-19
TEL.0761-77-4154

(インタビュー、文/佐藤江美、写真/林 賢一郎)

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