スティング、2000年代のクラシック音楽への挑戦『Songs From The Labyrinth』と『If On A Winter’s Night…』

Photo: Mayumi Nashida

スティングが21世紀に入って発表した最初のアルバムとなった『Sacred Love』(2003年)は、彼が 新たな21世紀の音楽界に対する彼の姿勢を明確に表明するものだった。エレクトロニック・プロデューサーであるキッパーの助力を得たドライヴ感あふれる自信に満ちた楽曲が収められたこのアルバムは、来るべき未来をしっかりと見据えているように響く。

しかしその「未来」は、ファンが予想していたものとは大きく異なるものだった。2006年の『Songs From The Labyrinth』でのスティングは、かつてないほど自身を前進させていたとともに、16世紀のクラシックや一部の意見によるところの大衆音楽の誕生期の音楽を振り返ってもいたのだ。

2006年の『Songs From The Labyrinth』

レゲエとパンクを、そしてジャズとワールドミュージックとを融合させてきたこの男は、今度は作曲家兼リュート奏者のジョン・ダウランドによって書かれたマドリガルに挑戦した。それにあたって採用したサウンドのスタイルは、ジャンルを超越した大所帯のアンサンブルではなく、ボスニア人でリュート奏者のエディン・カラマーゾフとスティングのヴォーカルによる、多重録音による合唱ルを連想させるパートも織り交ぜながら、より抑えたものになっていた。

聞こえてくる音楽は、ローリング・ストーン誌が当時指摘した通り「美しく年月を重ねたノスタルジックな音楽」で、スティングはそれら原曲の中に「適時性」を見出し、「心と技を尽くして」打ち込んだのだった。

この音楽へのスティングの愛着を表しているのが、ダウランドが書いた手紙の朗読を曲間に挟み込むというスティングのアイデアだ。ローリング・ストーン誌のコメントに語られていたように、このアルバムは、ダウリングを「個人的な苦しみを崇高な作品に昇華してみせたという意味で、ルネサンス期のニック・ドレイク」と再解釈してみせたアルバムだ。スティング自身が自分の悲劇を公に記録に残したことを考えると、適切な理解だと思える。というのも彼は1991年にリリースした3枚目のソロ・アルバム『The Soul Cages』で、父親を失ったことをテーマに採り上げているのだ。

ダウランドのマドリガルが本質的な意味で最初の大衆音楽だったとすれば (「ポップ」を「ポピュラー」の意味に解釈するなら、まさに彼の作品は当時のヒット曲だった)、スティングはそのレベルを引き上げたクリエイティブな人物に共感しただろうと容易に理解できる。

おそらくスティングはこの『Songs From The Labyrinth』でクリエイティブな賭けに出たわけだが、イギリスで24位、アメリカでは25位という結果を手にした。ショーン・ポール、ビヨンセ、ジャスティン・ティンバーレイクといった類がヒット・チャートを賑わせている最中にドイツ・グラモフォンという老舗クラシック専門レーベルからリリースされたアルバムとしては、十分以上の成果と言ってよかった。

2009年の『If On A Winter’s Night…』

やるなら徹底的にということだろう。自身の創造力の限界を広げる新たな領域を見つけたスティングは、2009年にリリースされた次作『If On A Winter’s Night…』で、『Songs From The Labyrinth』における試みをさらに追求してみせた。その後にポリスの一時的な再結成をしているが、スティングはバンドを離れてソロ活動で新たな領域へ踏み出す最初の一歩の時のことを思い出したのかもれない。

彼はドイツ・グラモフォンからの2枚目のアルバムのリリースのために、クラシック楽団、フォーク・ミュージシャン、そして彼が愛してやまないジャズでの第一人者達 (パーカッショニストのシロ・バプティスタ、マイルス・デイヴィスと同期のジャック・ディジョネット[ドラム]、そしてケニー・ギャレット[サックス]を一堂に集めて総勢42名からなるオーケストラを編成した。

楽曲もまたそれまで以上に幅広いものになった。ドイツ語とバスク語で元来歌われていたクリスマス・キャロル「Lo、How A Rose E’er Blooming (一輪のばらが咲いて)」、「Gabriel’s Message (ガブリエルのメッセージ)」)、18世紀の童謡 (「Soul Cake」)、17世紀に書かれたヘンリー・パーセル作品、そして彼自身の作品で1996年リリースの『Mercury Falling』のオープニング・トラック「The Hounds Of Winter」クラシカルに再アレンジしたヴァージョンまでもが収録されている。

もしクリスマス・ソングブックのようなものを想像しているとしたらスティングを甘く見ていることになる。当時彼は言っていた。「冬はインスピレーションにもマテリアルにも事欠かない、とても豊かな季節だよ。多様性に富んださまざまなスタイルを1つのアルバムに集約」していたのだ。結果的にアルバムは彼の最も野心的な作品となり、彼の意識は更なる次へと向かうことになった。

2010年の『Symphonicities』

息つく間もあるかないかの『If On A Winter’s Night…』からわずか9ヶ月後の2010年7月に次作の『Symphonicities』がリリースされ、スティングの創作意欲はトップギアに入っていた。

ここまで来ればそうでなければおかしいというもので、ポリス時代とソロに入ってからのそれまでの主な楽曲が、スティングがツアーをともにしたロンドン交響楽団をはじめとする世界屈指のオーケストラ達によって再アレンジされたアルバムだ。彼の作品の中でも特に心地良さを感じさせるものの1枚に挙げられる。

ローリング・ストーン誌の記事が指摘していた通り、アルバムは「出だしからハードにロック」している。ザ・ポリスのデビュー・アルバム『Outlandos D’Amour』の1曲目を飾った「Next To You」は、オリジナル・ヴァージョンの性急なドラミングとギターが負けじと煽るストリングスに置き換えられ、冒頭から突っ走る。

同じくエキサイティングなのが『Ten Summoner’s Tales』に収録されていた「She’s Too Good For Me」で、アルバム・ヴァージョンと同様の軽快さが効果的だ。また、「Englishman In New York」の繊細な美しさや「We Work The Black Seam」の印象に残るアレンジなど、オーケストラのためにオーダーメイド仕立てされたソロ名義の作品も楽しめる。

過去の名作に新しい解釈を加える『Symphonicities』のおかげで、スティングの音楽は新しいオーディエンスを獲得することにもなった。ザ・ポリス時代の名曲「Roxanne」は、バズ・ラーマン監督による2001年の傑作映画『ムーラン・ルージュ』に”タンゴ”として登場していたことが、今も鮮烈な記憶として残っているが、『Symphonicities』に聴けるヴァージョンは、同じく新たにアレンジされた「Every Little Thing She Does Is Magic」と並んで世界中のダンスホールにおあつらえ向きの仕上がりになっている。

ローリング・ストーン誌はレビューの締めくくりとして「スティングは、彼がスケールアップの仕方を知っているロック・アーティストであるということを教えてくれた」と書いている。その指摘は間違っていない。これら3枚のアルバム全てが持っている演劇性は、2014年のミュージカル作品『The Last Ship』に関連して2013年にリリースされた同名アルバムを制作する際に大いに貢献した。

とは言え、スティングはなおも変わり続けていく。2016年にリリースされた『57th & 9t (ニューヨーク9番街57丁目)』は、スティングが13年ぶりにリリースしたポップ/ロック・アルバムとして歓迎を受けた。それがスケールアップしたがゆえにせよホームグラウンドに戻ったということに過ぎないにせよ、確かなのはスティングが決して的外れな作品は作らないということだった。『57th & 9t』もまた、ほかのどのアーティストの作品と比べても些かも引けを取らない、敬服に値する作品が詰まったアルバムになっている。

Written By Sam Armstrong

© ユニバーサル ミュージック合同会社