酪農国ニュージーランドで加熱する植物性ミルク人気  コロナ禍で異変も【世界から】

植物性ミルク初心者にも飲みやすいアーモンドミルク Photo by dhanya purohit on Unsplash

 なだらかな緑の丘をバックに、牛が草を食む風景は、酪農国ニュージーランドを代表するイメージになっている。牛乳は朝食のシリアルにかけたり、コーヒーに入れたりと、今まで何世代にもわたって、ニュージーランド人家庭の定番中の定番という位置づけできた。

 しかし近年、環境意識の高まりを受け、「定番」の座はオート麦のミルクなど植物性ミルクが取って代わろうとしている。需要に応じて、スーパーマーケットの棚のスペースはどんどん大きくなってきた。見ていると、人々は迷うことなく、お目当てのミルクをさっと取って立ち去る。中には複数買い求める人もいる。もう飲みなれているのだろう。固定客のために、スーパーマーケット側が商品を欠かすことはなかった。ところが驚いたことに今年に入ってから、棚に空きスペースが目立つようになった。またカフェに行って、オートミルク入りのコーヒーを注文しようとすると、オートミルクを切らしているという。後で知ったのだが、この頃、全国のカフェで「オートミルクがない」と悲鳴が上がっていたのだそうだ。(ニュージーランド在住ジャーナリスト、共同通信特約=クローディアー真理)

 ▽輸入品頼み

 ニュージーランドはいまだに新型コロナウイルスが原因の物資不足に悩まされている。輸入品はどんなものでも品薄だ。植物性ミルクもその一つ。ほとんどを海外からの商品に頼るだけあり、入手が難しい。

 ニュージーランドでは、輸入ものとはいえ、オート麦、ソイ、ライス、アーモンド、カシューナッツ、ココナツ、マカダミアナッツ、ヘンプ(麻の実)など多種類の植物性ミルクが出回っている。2019年10月に、ニュースウェブサイトの「スタッフ」が、国内に二つあるスーパーマーケットチェーンに、植物性ミルクの売れ行きを尋ねたところ、チェーンの一つ、カウントダウンでは、過去6カ月に植物性ミルク全体で14%、もう一つのチェーン、フードスタッフスではアーモンドミルクが32%、オートミルクが26%、ソイミルクが約8%の割合で、販売数を伸ばしていた。

 ▽環境への関心

 酪農国ながら、植物性ミルクへの興味がジワリ高まるのは、他国同様、健康、倫理、環境への関心の高さが影響している。特に、この数年、酪農業が環境に負荷をかけていることが、しばしばニュースなどで取り上げられ、一般人の知るところとなっている。

南島のオタゴ地方に広がるオート麦の畑。ここから、ボーリング・オートミルクが生まれる

 英国のオックスフォード大学は食品が環境に及ぼす影響についての調査書を2018年に発表した。農家・酪農家で生産される作物・食べ物の中で、CO2排出量、土地利用、水の使用のどの点においても、牛乳が植物性ミルクの数値を上回ることを明らかにしている。

 一方で、ニュージーランドの農業・バイオテクノロジー分野の研究・調査を行う、アグリサーチが今年1月発表した分析結果によると、乳製品生産時のCO2排出量において、ニュージーランドは調査対象となった18カ国の平均値のほぼ半分に抑えられているという。

 これに対し、先のオックスフォード大学の調査書を執筆した、ジョセフ・プーア氏は、CO2排出量が世界平均の半分というニュージーランド産の牛乳でも、植物性ミルクの排出量の方がはるかに少ないと、公共放送テレビネットワークのTVNZのニュース番組、「1ニュース」の取材に答えている。

 健康面でいえば、植物性ミルクは、もともと脂肪分が牛乳より少ない。含有量が少ないことがわかっているカルシウム、ビタミンB群、ビタミンDを強化した植物性ミルクが市場には出回っており、それらは、牛乳より栄養に富み、ヘルシーだ。倫理面に関しても、植物性ミルクは動物に頼る必要はなく、動物福祉の点において問題はまったくない。

 うまく選べば、アレルギーを避けることもでき、不耐性を心配することもない。牛乳にはない魅力が、植物性ミルクにはある。

 ▽植物性食品への第一歩

 植物性ミルク業界で最近画期的なことがあった。ニュージーランド産のみの原材料を用い、国内で商業的に初めてオートミルクが生産されたのだ。それが「ボーリング・オートミルク」だ。「ボーリング」は、「退屈な」という意味。コーヒーやシリアルこそがエキサイティングな主役で、オートミルクは退屈な存在、つまり引き立て役に徹する、という同ブランドの考えを表している。

コーヒータイムの「名脇役」、ボーリング・オートミルク

 環境を気遣う傾向が強い、植物性ミルク・ファンにボーリング・オートミルクが特にアピールするのは、情熱的ともいえるサステナビリティの追求と、商品生産プロセスの徹底的な透明性にあるだろう。オート麦の産地・ブランドにはじまり、加工を経て、最終的にミルクを入れる容器に至るまで、生産プロセスは理由付けと共に、わかりやすく説明されている。

 その裏には、オート麦を熟知する創始者、モーガン・モウさんがいる。モーガンさんは、オンライン・マガジン「スピンオフ」のインタビューで、気候変動に対し、個人ができることは、何を口にしているかを考え直すことと話している。乳牛は国内の温室効果ガス排出量の20%以上を占めることを踏まえ、乳製品をとる習慣をやめる必要があると訴える。そして、シリアルなどとして、ニュージーランド人になじみ深いオート麦を原料としたオートミルクを、植物性食品への切り替えの第一歩にしてほしいと提案する。

 ▽廃棄物を出さない

 ナッツやシードを原材料とした植物性ミルクの「ミルク・メイド」は、年ごとに国内産グルメ飲食料品の一番を選ぶニュージーランド・アーティザン・アワーズで、今年最終選考にまで残った。今までなかった、植物性ミルクを濃縮したペーストタイプで、水と混ぜて利用する。創始者のジェマ・ターナーさんが、インドネシアのロンボク島で約1年間暮らした際に出合った、ココナツ・カシューナッツ・ミルクが原点だという。レシピは、カシューナッツ、ココナツ、レモンジュースと水だけとシンプルだったが、クリーミーでとてもおいしかったそうだ。

植物性ミルクを濃縮したペーストタイプ。開封しても、常温で保存できるので、キャンプに持っていくという顧客も Photo supplied by Mylk Made

 ロンボク島の植物性ミルクから学び取り、ミルク・メイドに生かしたのは、人工の添加物が入らず、ミニマムな原材料でマキシマム(最大の)おいしさを引き出す製造法だ。加えて、生産時から顧客が商品を使い終わるまで、廃棄物を出さない姿勢。ナッツは薄皮ごと用い、ペーストを入れるガラス容器を含め、製品は容器に張られたシール以外、ごみになるものは何もない。梱包に使われる緩衝材もでんぷん製だ。開封、未開封に関わらず、ペーストは常温で9カ月間使用可能なので、使い切りやすい。無駄をゼロにする精神が貫かれている。

 ▽考えに変化の兆し

 国内の植物性ミルク市場が活気を帯び、今まで牛乳を購入してきた消費者も、試してみたいと思わせる機運が高まっている。南島の南端、サウスランド地方では、経済開発局が、地元で確立しているオート麦栽培のインフラを活用し、オートミルクを製造する工場を新設する計画だ。国内に植物性ミルクの工場ができるのは初めてのこと。今後は輸入品に頼らずに済むと、期待されている。

 そこへ7月、国内最大の企業であり、世界最大の酪農製品輸出企業でもあるフォンテラ社のマーク・リバース最高財務責任者が重大な警告を発表した。ニュージーランド産の牛乳は「ピーク・ミルク」に達し、「フラット・ミルク」の時代に入りつつあるという。これは国内のミルク生産がピークを迎え、生産量は今後平行線をたどり、増加することはないという意味。環境規制の影響で、酪農業が占有できる土地の増加が見込めないからだ。

 この事態をコンサルティング企業、KPMGのアグリビジネス部門グローバルヘッド、イアン・プラウドフット氏は、ものの考え方が変化する兆しと捉えている。伝統的な動物タンパク質部門の成長が、過去20年間のようにはいかないことを認めなくてはならない時が来ている。将来、大規模酪農場は減り、農業の見直しが行われ、輸出品目も多岐にわたるようになるだろうと予測する。プラウドフット氏が考える、今後の輸出品目には、植物性ミルクが挙げられているのは言うまでもない。

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