新児島館(仮称)2021年10月から暫定開館 ~ 期間限定、ヤノベケンジさんの大型作品を見よう

倉敷美観地区に、大正時代に建てられたルネサンス風の銀行建築があります。

大掛かりな外観・内装工事を終え、大原美術館の新館「新児島館(仮称)」としてリニューアル。
2021年10月1日に暫定(ざんてい)開館しました。

現代美術作家ヤノベケンジさんの作品が、期間限定で設置されています。
広い空間に映える大きな少女像は、ときどき動くんです!

本格開館後は入場料がかかる予定ですが、当面は入館無料です。

瞑想する少女像には、どのような思いが込められているのでしょうか。

「暫定開館」となった理由、今だから見られる作品、ミュージアムショップ ポップアップストア、さらにメディア向けに公開されたバックヤードなどを紹介します。

新児島館(仮称)とは

2016年まで「中国銀行倉敷本町出張所」として使われていた建物は、国の登録有形文化財。
近代倉敷の発展を支えた施設のひとつです。

柱などの装飾やステンドグラスが美しく、目を引きます。

大原美術館本館を設計した、薬師寺主計(やくしじ かずえ)による設計です。

大原美術館が、この銀行建築を美術館として再生したのが、「新児島館(仮称)」。

建物の歴史と大原美術館との関わりや建物の詳細は、次の記事をお読みください。

まずは、新児島館(仮称)の予定と現在について、お伝えします。

新児島館(仮称)の予定

児島虎次郎の作品 (大原美術館本館で2019年撮影)

2020年1月、大原美術館は、新児島館(仮称)の開館にむけて方針を発表しました。

新児島館(仮称)は、以下の機能を担います。

  • 美術作品の展示・保存
  • 教育普及・鑑賞支援事業の拠点
  • 研究機関機能
  • 建物の保存・活用

美術作品は、以下のものを展示・保存する予定です。

  • エジプト・西アジア他の古美術品
  • 児島虎次郎(こじま とらじろう)作品

暫定開館となった理由

予定通り工事を開始しましたが、新型コロナウイルス感染症拡大の影響により、大原美術館の経営状態が悪化してしまいました。

コロナ禍前の大原美術館の入館者数は年間30万人ほどでしたが、2020年度(2020年4月~2021年3月)の入館者数は約7万人に激減。
2021年度はさらに減って、5万人ほどになりそうだと見込まれています。

私立で、運営経費の大半(約8割)を入館料でまかなってきた大原美術館にとっては、休館や入館者数制限は大打撃。

さまざまな工夫をし、2020年にはクラウドファンディングも行ないましたが、まだまだ経営は苦しい状況なのです。

新児島館(仮称)は、もともと美術品の展示用に造られた建物ではありません。

美術品を展示するには、直射日光が差し込む部屋でも展示品を劣化させないようにするため、高性能な展示ケースなどが必要です。

作品を守ることは、美術館の使命のひとつといえるでしょう。
しかし、必要な展示ケースを揃えるには、億単位の資金がかかるそうです。

以下の理由により、予定していた品を展示しない「暫定開館」という形になりました。

  • 資金難により、展示ケースなどの整備に着手できない
  • 作品に最適な環境は譲れない。高性能な展示ケースなしには、予定通りの展示はできない
  • 建物の工事が終わったからには、閉めておくよりも公開したほうがいい

大原美術館スタッフによると「お風呂にたとえれば、浴室とお湯はあるけれど、浴槽がない」状態。

浴室にあたる外観と内装を整えた工事を「1期工事」とし、浴槽にあたる作品展示ケースなどを設置する「2期工事」は持ち越しとなりました。

正式開館スケジュールの目処は立っていませんが、今後の方針に変わりはありません

いつの日か、児島虎次郎作品や貴重な古美術品が見られる美術館として、多くの人を迎えてくれることでしょう。

苦渋の決断による暫定開館とはいえ、ただ建物が見られるだけではありません。

少しでも訪れる人に楽しんでもらおうと、期間限定でヤノベケンジさんの作品を展示し、ミュージアムショップもオープンします!

さて、暫定開館中に見られるものを紹介しましょう!

ヤノベケンジさんの作品を見よう

暫定開館の目玉は、現代美術作家であるヤノベケンジさんの作品です。

ヤノベケンジさんと大原美術館

ヤノベケンジさんは、京都芸術大学美術工芸学科教授。
「あいちトリエンナーレ2013」などの芸術祭へ出品し、国内外で個展も開かれるアーティストです。

科学技術と人をテーマに、大型立体作品を作っています。

「瀬戸内国際芸術祭2013」では、香川県・小豆島にあるビートたけしさんとのコラボレーション作品も、話題を呼びました。

ポップカルチャーを思わせる大きなロボットのような作品は、子供の関心も引きやすいのではないでしょうか。

ヤノベさんと大原美術館は以前から関係があります。
2010年には、大原美術館が所有する有隣荘における特別展で、自らが生み出したキャラクター「ラッキードラゴン」と「トラやん」を展示しました。

大原美術館の礎を築いた人物、大原孫三郎(おおはら まごさぶろう)と児島虎次郎に重ねています。

孫三郎は辰年生まれで、龍のモチーフを好んでいました。
大原美術館前にかかっている「今橋」に龍が描かれているのも、孫三郎が龍を好んでいたからなのです。

児島虎次郎がデザインし、大原孫三郎が架設した「今橋」

2011年、ヤノベさんは東日本大震災をきっかけに、力強く未来を眼差す《サン・チャイルド》という少年のモニュメントを構想します。
2013年の大原美術館特別展でも展示されました。

阪神・淡路大震災20年に合わせて産まれたのが、《サン・チャイルド》のお姉さんのような存在である《サン・シスター》です。

サン・シスター(リバース)

新児島館(仮称)のために、《サン・シスター》 が装いを新たにして、倉敷にやってきました。

それが、《サン・シスター(リバース)》。

ヤノベケンジさんからのメッセージを引用します。

《サン・シスター》は、座りながら目を閉じて深く瞑想し、立ち上がりながら手を広げて目を開く動作を繰り返し、再生の夢と希望の訪れを象徴的に表しています。

今回、大原美術館のご依頼を受け、100年近くの長い時の中で人々に愛されてきた銀行建築を、完成途上の段階ながら新たな美術館施設として再公開するにあたり、「転生」と「再生」をテーマにしました。建物の「転生」と、コロナ禍において大打撃を受けている、倉敷や大原美術館の「再生」を願い、何度でも蘇る火の鳥・不死鳥をモチーフに、《サン・シスター(リバース)》として装いを新たにすることにしました。

その衣裳には、京都と福島の学生たちと共同制作し、龍や虎、麒麟や亀などの多くの霊獣や守り神をまとわせ、スカートは火の鳥の羽のように「転生」し、「再生」を願って飛翔するように立ち上がります。《サン・シスター(リバース)》が、明るい兆しを倉敷の人々に届けてくれることを願っています。

ふだんは高さ4メートルで、立ち上がると高さは5.6メートルにもなります。
こんなに大きな立体作品を見る機会は、貴重ではないでしょうか。

ふわふわのかわいらしい服にあしらわれた、力強い龍や虎に注目してみてください。

白色のレリーフ(浮き彫り)で造られているのは、新児島館(仮称)の建築を意識してのことでしょうか。

足元にはモビールがきらめきます。

2021年9月の取材時には、《サン・シスター(リバース)》が立ち上がる時間は、未定とのこと。

目を開けたところに出会えたら、ラッキーかもしれません。

館内は撮影OKなのもうれしいポイントです。

赤漆舟守縁起猫(あかうるしふなまもりえんぎねこ)

銀行の金庫だったスペースを利用して展示されているのが、《赤漆舟守縁起猫》。

重厚な扉の向こうに、漆塗りでできたつややかな猫が、スマートに座っています。
ヤノベさんと京都の職人がコラボレーションした作品です。

大航海時代、貨物や船をかじり疫病を運ぶネズミは、船乗りにとって大敵でした。
ネズミを駆除して船員を疫病から守る猫は、癒やしとして、船の守り神として、大切にされていたそうです。

後ろ頭には、アマビエがあしらわれています。
会場では後ろ側も見られますので、じっくり見てみてください。

他にも縁起の良いモチーフがいくつも描かれているので、きっと幸せへの願いが込められているのでしょう。

大原ミュージアムショップで買いものしよう

暫定開館中は、大原美術館のポップアップストア(特定の期間だけ出店する店)も開かれています。

大原美術館の隣にある「大原美術館ミュージアムショップ」とは、異なる商品も販売しているのです。

ヤノベケンジさん描き下ろしの《サン・シスター》イラストをあしらったグッズも登場予定だそう。

たとえば、以下のような商品がありました。

  • 新児島館(仮称)限定のTシャツ
  • オリジナルマスキングテープ
  • マティスの絵本
  • 自分でパーツを組み合わせるピアス
  • ゴーギャンの塗り絵
  • 日本の模様や色にまつわる本

倉敷のお土産にもおすすめです。

空の展示室を見よう

暫定開館中は、児島虎次郎作品や古美術品は飾られていませんが、展示室はできあがっています。

展示品のない展示室」を見られるのも、貴重ですね。

1階の展示室は、ライトグレーの壁。

2階の展示室は、個性的な赤い壁
この展示室には児島虎次郎の作品が飾られる予定です。

「派手だな」と感じるかもしれません。
わたしは、ひと目見て驚きました。

しかし、大原美術館本館では、赤い壁と児島虎次郎の絵が、とてもマッチしているのです。
なので、「新児島館(仮称)でも絵が映えるだろう」と思い切った色にしたそう。

大原美術館本館の赤い壁と児島虎次郎の絵画(2019年撮影)

この赤い部屋に作品が飾られると、どのように見えるでしょうか。
ますます正式開館が楽しみになりました。

約50人が入れるレクチャールームもあります。

レクチャールームの横の壁は、大正時代のレンガの壁。

文化財を残す工夫のひとつです。

建物の工夫を感じよう

目立たない場所だけれど目を引くのが、円形の窓です。
窓からは、有隣荘の松が見えました。

大原美術館本館も、円窓が特徴的。
つながりを感じられるのが、いいですね。

大原美術館本館の窓(2019年撮影)

エレベーターがあり、階段には2つの手すりがついていて、通路も広くバリアフリーに配慮されています。

多目的トイレは、オストメイトも設置しています。

新児島館(仮称)の裏側は、圧迫感がないよう、上部が鏡張りになっているのです。
ぜひ裏の道も通ってみてください。

後半では、ふだんは見られないバックヤードの工夫を紹介します。

2021年9月7日竣工式

2021年9月7日、竣工式が執り行なわれ、関係者約20人が出席し完成を祝いました。

2021年9月29日暫定開館プレスツアー

2021年9月29日、暫定開館に先がけてメディア向けのプレスツアーが行なわれ、一般の人は入れないバックヤードも見せてもらいました。

文化財である大正時代の建築部分には大規模な改修がほどこせないため、新築部分に保存・研究にまつわる機能をぎゅっと詰め込んでいます。

新築部分の1階は、作品の入搬出には欠かせないトラックヤードと、荷さばきの場所。
エレベーターを使って作品を運搬できるようになっています。

広く感じましたが、説明によると、「美術館サイズギリギリのエレベーターと、美術作品を運搬するのに一般的な4トン車両がなんとか敷地内に入るトラックヤード」だそう。

収蔵スペースや、簡単な作品修繕をする部屋もあります。

美術館の運営には、来場者の目に触れないところにもさまざまな機能が必要なのだなあと実感しました。

また、「将来多様なスタッフが働けるように」と、バックヤードもバリアフリーになっています。
限られたスペースのなかでも、スタッフのバリアフリーを重視する姿勢が素敵だなと感じました。

森川政典副館長のコメント

コロナ禍で、正直手探りなところもありますし、大原美術館本体が苦しい状況です。

苦しいこともわかちあいながら前に進めるような取り組みが、新しい時代の美術館だと思っています。

今は入館料もかかりませんので、気軽に訪れてもらって、多くのかたがたに《サン・シスター》をご覧いただけたら。

写真も撮れますし、待ち合わせ場所としてもご活用いただけたらと思います。

コロナ禍ではありますが、スタッフ一同、気軽にお越しいただき楽しんでいただけることを、心からお待ちしています。

暫定開館中の新児島館(仮称)を訪れよう

当初の予定とは大きく異なる形で、「暫定開館」となった、新児島館(仮称)。

しかし、今だけ無料で見られるので、ある意味ではお得な状況といえるかもしれません。

再生の夢と希望の訪れ」を表すという《サン・シスター(リバース)》。
吹き抜けの空間にとてもマッチしています。

「身動きが取りづらい日々も、立ち上がり未来を見つめる日につながっているのかもしれない」と感じました。

新児島館(仮称)と大原美術館は、地域のために鑑賞者のために、さまざまな工夫をこらしながら、より良い道を探っているように感じます。

「美術館に行けば本物の作品を見られる」「作品は良い状態で保存されている」というのは、当然のことのように感じるかもしれません。
でも、それを「当然」の状態にするために、裏でたくさんの努力がなされています。

暫定開館せず、延期で済ますこともできたでしょう。
考えかたによっては「体面を取り繕うために、無理やり展示にこぎつけ、作品の保存状態を犠牲にする」こともできるかもしれません。

しかし大原美術館は、作品にも地域にも鑑賞者にも真摯(しんし)に向き合い、「暫定開館」という形をとりました。
さらに、暫定開館中だけ楽しめる作品も用意しています。

筆者は、そんな大原美術館の姿勢がとても好きです。

事情を抜きにしても、単純にヤノベケンジさんの作品は楽しめますし、ミュージアムショップではわくわくする商品に出会えることでしょう!

今だけの暫定開館を楽しんでください。

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