環境破壊が引き起こす感染症、急増する「スピルオーバー」 次のパンデミックはすぐそこに(1)

コンゴ川流域の熱帯林から伐採された巨木を運ぶ車=2013年、コンゴ共和国北部(共同)

 いまだに終息が見通せない新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)。このウイルスは元々動物が持っていた病原体が何かのきっかけで人間に感染するようになる動物由来感染症(ズーノーシス)の一つだ。新型コロナウイルスも、コウモリが起源とされる。アフリカを中心に流行し多くの死者を出したエボラ出血熱のほか、重症急性呼吸器症候群(SARS)や中東呼吸器症候群(MERS)などはすべて動物由来感染症で、世界保健機関(WHO)が把握しているだけでも200種類超。新たに発生する感染症の70%が動物由来感染症で、年間270万人の命を奪っているという。病原体が本来の宿主から別の生物種にジャンプするように感染することを「スピルオーバー(流出、異種間伝播)」という。近年、ズーノーシスの人間へのスピルオーバーが急増するようになった背景には、人間による森林伐採や野生生物の大量捕獲といった環境破壊があると指摘されている。専門家は、今のような環境破壊を続けていたら、次のパンデミックがすぐにやってくることになると警告している。(共同通信=井田徹治)

 ▽森林破壊

 うっそうとした緑の森の中を貫くように茶色の土で固められた一直線の道がどこまでも続く。道の端を、かごを背負って歩く女性たちの横を巨大な材木を積んだトレーラーがごう音を立てて走り、彼女らの姿が一瞬、舞い上がる土ほこりの中で見えなくなった。トレーラーを見つけると銃を持った迷彩服姿の「エコガード」が3人、小屋の中から飛び出し、チェックポイントの前で手を振って車を止め、荷台や運転席の中、車の下などを調べて回る。

 アフリカ・コンゴ共和国北部の熱帯林の中に造られた巨大な伐採道路上で1日に何度も繰り広げられる光景だ。減少が指摘されるコンゴ川流域の熱帯林から、こうして毎日、日本では見たこともないような天然の巨木が伐採され、製材所に運ばれてゆく。

森の中に造られた伐採道路を巨大な木材を積んだトラックが砂ぼこりを上げて走る=2013年9月、コンゴ共和国北部(共同)

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 近年、増加傾向にある熱帯林の破壊と感染症拡大の関連を示す研究成果は少なくない。米スタンフォード大の研究グループは2003年から15年までの間、アマゾンの795カ所の居住区について、森林破壊の程度やマラリア患者の発生数などを詳細に比較。森林破壊とマラリア患者の発生に関連があることを突き止めた。森林破壊が10%増えると、マラリアの患者は3・3%増えるとの結果だった。

 1989年に確認されたベネズエラ出血熱も、牧草地開発のために森林が伐採された結果、ウイルスを媒介する齧歯(げっし)類の個体数が急増したことが、人間へのスピルオーバーにつながったと指摘されている。

アフリカ・コンゴ共和国の熱帯林=2013年

 ロンドン大やオックスフォード大の研究グループは2020年8月、熱帯林破壊や農地開発といった人間による土地の改変と、動物由来感染症の関連を示す研究結果を、英科学誌ネイチャーに発表。新型コロナウイルスの感染が拡大する中、研究結果は「自然が壊される時、人の命にかかわる感染症が増える」と大きな注目を集めた。

 研究グループは、世界各国の生物多様性に関するデータベースを使い、世界約6800カ所の生態系の変化に関するデータと、病原体の宿主となる可能性がある376種を含む約7千種の動物の個体数や分布などの関連を解析。土地利用変化の大きさを(1)原生林などの自然が残っている場所(2)人間の手が加わった自然が残る場所(3)農地など人間の手で改変された土地(4)都市部―の四つに分類し、動物の種数や個体数などとの関連を調べた。その結果、自然が破壊されて農地や都市に転用された地域では、生息する動物の全種類数のうち、病原体の宿主となり得る動物種の数が占める比率が、手つかずの自然が残る地域に比べて最大72%も高くなっていることを突き止めた。また、改変が進んだ土地では、人間に感染する病原体の宿主となる動物個体数が、自然が残る地域に比べて最大2・5倍近く多かった。数が増える動物種は、ネズミなどの齧歯類やコウモリ、スズメなどの小型の鳥で目立った。

巨大な樹木が茂るコンゴ共和国北部の熱帯林=2013年(共同)

 人間の手が加わって破壊が進んだ生態系では大型の捕食動物などがいなくなって、生態系が単純化し、寿命が短く、多くの子どもを産む齧歯類や、行動範囲が広く、環境変化に適応しやすい小型の動物が増えるためだと考えられる。数が増えて生息密度が高まると宿主動物の中で、病原体に感染している動物の比率が高まり、ここに多くの人間が入り込めば、病原体が人間に感染する力を持つ可能性も高まる。「動物由来感染症にかかる可能性は、自然が豊かで多くの生物が暮らす場所ではなく、人間活動によって自然が破壊された場所や都市部だ」というのが研究グループの結論だ。

 今のペースで熱帯林の破壊や急速な都市化が進めば、動物由来感染症のリスクは高まる。グループは「現在、各地で進む土地利用の変化によって、人間や家畜と、病原体を持つ野生生物との間の危険な関係が深まっていることへの配慮が必要だ」と指摘している。

 ▽ブッシュミート

 粗末な屋根の下に大きな板を渡しただけの店がぎっしりと並び、大量の野生動物が乗せられている。小型のサル、イノシシやシカ、ワニやセンザンコウなど、ありとあらゆる種類の動物を女性が大きな包丁で切り分け、客に次々と売っていく。2013年9月、筆者がコンゴ共和国北部の町、ポコラで見た食用野生動物市場の光景だ。手押し車に数頭のサルを入れて店に運ぶ子どもたちもいる。近くには野生生物の肉料理を供するレストランがあり、ハリネズミのスープを食べる男性の姿があった。「昔から森の肉を食べてきた。農場で育てられた鶏の肉など、不健康だし、まずいので食べたいとは思わない」―。彼はこうつぶやくと、再びスープの中のハリネズミにかじりついた。

大量のブッシュミートが売られているコンゴ共和国のブッシュミート市場=2013年9月、北部ポコラ(共同)

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 生物種や生態系保護の観点からも、動物由来感染症の拡大防止の観点からも、近年、大きな注目を浴びているのが、アフリカなどの熱帯林地帯で「ブッシュミート(森の肉)」と呼ばれる野生動物の消費が拡大していることだ。ブッシュミートとは森の中に暮らす野生動物を捕獲して得る食肉のことを言う。熱帯林に暮らす先住民は、古くから動物を食べてきたが、近年、ブッシュミート消費の状況が急変した。状況は環境保護の専門家が「ブッシュミートクライシス(危機)」と言うまでに深刻になっている。

 発展途上国での人口増加に加え、森林伐採や鉱物資源開発によって多くの労働者が森林地帯に入り込むことで、食用になる動物の量が急増した。森林伐採のためにこれまでほとんど人が足を踏み入れることがなかった森の中に巨大な伐採道路が建設され、その先に多くの人が働く労働者キャンプが造られる。労働者は日々のタンパク源としてブッシュミートに頼らざるを得ない。狩猟の上手な先住民に銃を貸し、わずかな謝礼で肉を受け取ることも少なくない。道路網の発達は同じタンパク源となる河川の魚の乱獲と都市部への大量流出も引き起こし、その結果、先住民のブッシュミートへの依存度が高まったことも指摘されている。ぜいたく食として都市部での消費も拡大、伐採道路ができて輸送が簡単になったため、現金収入目当ての狩猟も増えている。

森からの獲物を前にしたコンゴ共和国のブッシュミートハンターたち=2013年9月、北部ポコラ(共同)

 近年、ゴリラやチンパンジーの消費はほとんどなくなったが、西インド洋に浮かぶマダガスカルでは絶滅の恐れが高いキツネザルの大量捕獲が問題になっている。アフリカの霊長類保護に取り組む保護団体は「西アフリカやコンゴ川流域ではブッシュミート目当ての狩猟が、霊長類やそのほかの動物にとっての最大の脅威となっている」と指摘する。一部の製品は米国や欧州にまで密輸されているという。

 2016年に米カリフォルニア大サンタバーバラ校などの研究グループがまとめた調査によると、アフリカ、東南アジア、南米の熱帯林地帯を中心に300種を超える哺乳類が狩猟による乱獲で絶滅の危機に追い込まれており、大部分が食料目当ての捕獲だった。エイズウイルス(HIV)感染やエボラウイルス感染症は森の中で霊長類を捕獲して食べていたブッシュミートハンターが最初に患者になったと指摘されている。

銃を手に森に入るコンゴ共和国のブッシュミートハンター=2013年9月、北部ポコラ(共同)

 研究グループは「ブッシュミートのための狩猟は、生物多様性に悪影響を与えるだけでなく、動物由来の感染症の拡大や先住民の食料危機など多くの問題をもたらしている」と指摘し、規制の強化や代替品となる食品供給の拡大に取り組むよう求めている。

 大規模なブッシュミート消費の拡大は、東南アジアや中南米でも広がる傾向にあり、自然環境保全上の問題であるとともに、野生動物と人間が接触する機会を増やし、新たな感染症の拡大につながるという問題もはらんでいる。

関連の動画はこちら  https://youtu.be/U-pTREkFnac

「次のパンデミックはすぐそこに」

第2回 https://nordot.app/824528045189529600

第3回 https://nordot.app/824558452128153600

第4回 https://nordot.app/824572058365935616

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