【読書亡羊】内閣支持率が各社で20%近くも違うワケ 鈴木督久『世論調査の真実』 その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする週末書評!

内閣支持率、朝日は45%、フジは63%

「低調」と言われる発足直後の岸田内閣の支持率だが、実はメディア各社でその数字にかなりの開きがある。

NHK――支持49% 不支持24%
(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20211011/k10013302241000.html)

FNN――支持63.2%、不支持27.4%
(フジテレビ系 https://www.fnn.jp/articles/-/251855

JNN――支持58.6%、不支持34.7%
(TBS系 https://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye4379368.html)

朝日新聞――支持45%、不支持20%
https://digital.asahi.com/articles/ASPB55RLVPB4UZPS005.html

読売新聞――支持56%、不支持27%
https://www.yomiuri.co.jp/election/yoron-chosa/20211005-OYT1T50240/

最も高い支持率がフジ系の63%に対し、低いのが朝日新聞の45%と、実に18%も違っている。

これまでこうした世論調査の結果に「政府に批判的な朝日の世論調査では、支持率が低く出るのだ」という解説がなされることも多かった。ほぼ定説のように世間に出回っているといってもいい。

だが一方で不支持の最低は朝日の20%、最も高いのがフジ系の27.4%となっている。「朝日の調査だから支持率が低い」のであれば、朝日の調査では不支持率が最も高くなるはずで、先の解説ではたちどころに矛盾が生じてしまう。

では一体なぜ、こんなに数字が違ってくるのか。鈴木督久『世論調査の真実』日経プレミアシリーズ)が、その裏側を教えてくれる。

新聞の論調は世論調査に影響するか

筆者の鈴木氏は日経リサーチフェロー。日経リサーチで日経電話世論調査のシステムを開発し、統計データ解析の論文の多数執筆している「世論調査のプロ中のプロ」だ。

そんなプロでも、「新聞の論調が世論調査結果に影響する」との説明に〈ある時期までそうかと思っていた〉という。

ところが、朝日24%、読売41%とあまりに各社の内閣支持率に差が出た2008年の福田康夫内閣での内閣改造時、各社は異例の情報交換を行ったという。

その結果、わかったのは「電話調査で支持するか、しないかと聞いたのに対し『わからない』と答えた人に、さらに『お気持ちに近いのはどちらですか』などと『重ね聞き』をしたかどうか」が影響していたことが分かったという。

「わからない」と答える人は明確な不支持ではないためか、「支持と不支持どちらが近いですか」とさらに聞くと「うーん、まあそういわれると『支持』かなあ」といった具合に答える人が多く、結果的に支持率が高くなる……というのだ。

「数字の大小があることは自明」

「いや、それでも選択肢の作り方、あるいは質問文そのもので、調査結果、ひいては世論を誘導しようという作意があるのではないか?」

という声はあるかもしれない。これについて、鈴木氏は率直にこう述べている。

世論調査の結果を報道すると、各方面から時々批判されることがあります。「質問文が誘導的ではないか。それはマスコミの立場を利用した世論操作を意図した行為ではないか」という趣旨です。一定の意図をもって、特定の世論へと誘導するために質問文を作成することはないと信じますが、結果として誘導的な質問文となっていることがあります。

(賛否を問う法案などの)背景説明は必要になります。説明を増やすと前提を示すことができると同時に、誘導的になりがちです。しかし故意の誘導ではありません。バランスが重要です。

こう前置きしたうえで、実際に2021年1月に行われた、東京五輪開催の是非に関する各社の世論調査結果と、各社の質問文、選択肢を挙げたうえでの解説が続く。詳しくは本書をお読みいただきたいが、実に明快な「種明かし」が行われている。当然、質問文だけでなく、選択肢も結果に大きな影響をもたらす。

例えば、「支持する・わからない・支持しない」の三択の場合と、「支持する・やや支持する・どちらでもない・やや支持しない・支持しない」の五択の場合ではそれぞれの数値の出方は違ってくるし、「やや」を「支持する/しない」に加算すれば、双方の数字は大きく出る。

また、数値だけを見るのではなく、どの社でも共通する「下がったか・上がったか」という傾向をこそ見るべきだ、とも指摘する。

各社の内閣支持率を比較する場合に、数値の大小があることは自明であり、そのことを騒ぎ立てて、マスコミの世論調査は信頼できないとか、意図的に操作しているなどと喧伝したところで、素人丸出しであって非生産的です。

耳の痛い指摘で反発したくもなるが、反論するならばそれなりの世論調査の手法や実態、統計の見方といった武器を携えないと、簡単に返り討ちにあってしまうだろう。

「固定電話のみ調査対象」のウソ

世論調査については、他にも「固定電話だけで、携帯電話に対して調査を行っていないのでは?」「日中に電話に出られる主婦や高齢者しか対象になっていないのでは?」といった疑念が投げかけられることもある。こうした疑問や俗説にも、本書はスパッと答えてくれている。

また、ネット上では、日々多くの「アンケート」が行われており、ツイッターなどでも誰もが手軽に「調査」めいたものを行えるようになった。新聞などのマスメディアによる調査と、ネット「調査」の結果の乖離を指摘し、「オールドメディアの調査は世論とかけ離れている」とする批判さえある。

だが、先に述べた質問文や選択肢による差はあれど、「学術的に説明のつく方法で行った世論調査」の客観性は、どれだけ母数が多くともネット「調査」とは比べ物にならないものであることが、本書を読むとこれでもかというほどよーくわかる。

むしろ、実際には存在しない世論調査のバイアスを批判する前に、「自分の願望に近い結果が出た『調査』結果を信じたがる」我が身にこそ、厳しい目を向けるべきだろう。

『AERA』がやらかした「アンケート信奉」

10月13日、AERA.dotが「財務省文書改竄問題の余波で自殺した赤木さんの妻の手紙によって、『森友問題解明』を衆院選の第一テーマとする世論が高まっている」という記事を書いた(https://dot.asahi.com/dot/2021101200074.html)。

筆者は元NHKの相沢冬樹氏だが、この記事は「yahooニュース・みんなの意見」アンケート調査を論拠にしている。

12万人が回答しているというが、同一人物が複数回答している可能性や、回答者の母体の偏りを排除できておらず、仮に12万人が答えようとも、いわゆる「世論調査」と同列に語ることはできない。政府に批判的であれ、好意的であれ、この種の「アンケート」を根拠にすれば、どんな記事でも作れてしまう。

こうした「アンケート」やネット「調査」を重んじ、一方で新聞社などの世論調査を軽んじるのはいただけない。様々な憶測や非論理的な批判で世論調査に対する信頼が損なわれれば、ただでさえ低い回答率はますます下がる。

そうした客観調査がなくなってしまった未来を望むかどうか。

時間のかかる手順と自由意思を前提としてマスコミ世論調査を継続していますが、このまま回収率が低下すれば自然に消滅します。その命運は有権者の手中にあります。

鈴木氏の指摘を重く受け止めるべきだろう。

梶原麻衣子 | Hanadaプラス

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