くらしき互近助(ごきんじょ)パントリープロジェクト ~ 社会福祉協議会の強みを活かした居場所づくり

近所づきあいが希薄になってきたといわれる昨今。

「忙しいなか、余計なつきあいがないから楽だ」と思う一方で、「この地域の、あの問題はどこに相談したらいいのだろう…」「悩み事があっても、いざとなると気軽に相談するひとや場所もない…」と思うことはないでしょうか。

倉敷市には、食材と生活雑貨と”優しいお節介さん”を配置した、お互いに近所で助け合う、新しい見守り・支え合いの仕組みがあります。

その名も「くらしき互近助(ごきんじょ)パントリープロジェクト」。

「互近助」が「ご近所」という意味合いなのでしょうが、そのほか一体どんな内容なのか気になるところです。

社会福祉法人 倉敷市社会福祉協議会の生活支援コーディネーターである松岡 武司(まつおか たけし)さんを取材しました。

くらしき互近助パントリープロジェクトとは

互近助パントリープロジェクトパンフレット

くらしき互近助パントリープロジェクト(以下:互近助パントリー)とは、仕事の悩み、子育ての悩み、仲間づくりなど、ちょっとした困りごとを一人ではなく地域の人とともに乗り越えるための新しい取り組みです。

地域のひとができることをつないで、一人ひとりの暮らしのすぐそば(ご近所)に食材と生活雑貨と”優しいお節介さん”を配置し、おいに所でけ合い、見守り支え合う仕組み。

互近助パントリーは、2021年1月からスタートしました。

「パントリー」とは「食料品などを保管する部屋」の意味で、「パントリープロジェクト」の言葉から連想できるように「食材を配る」活動のほか、実は居場所づくりを提供するための仕組みも合わさっています。

さまざまな支援者・応援者から寄せられた食材や生活雑貨が、身近な「ご近所」の困りごとの発見や相談、支援に活かされているのです。

▼特徴は以下の3つ。

互近助パントリーの特徴

  • 食材・生活雑貨の提供者を募集
  • 互近助パントリーサポーターの募集
  • 相談・支援機関との連携

どのような内容なのか、少しずつ紹介していきましょう。

食材・生活雑貨の提供者を募集

互近助パントリーへは、さまざまな企業・団体・個⼈から⾷材や生活雑貨が提供されています。

賞味期限が近いものや包装の接着ずれの商品、作り過ぎた野菜などを集め、対象地域へ企業や⽣産者の善意を届けているのです。

2021年9月現在、およそ130の企業・団体、個人のかたから寄付がありました

▼これまで支援された食材や生活雑貨などには、以下のようなものがあります。

支援された食材や生活雑貨

  • お米
  • 保存食品(缶詰・インスタント食品・レトルト食品)
  • 学用品
  • その他生活雑貨 など多数

提供希望の場合は、倉敷市社会福祉協議会まで連絡してください。

電話:086-434-3301

互近助パントリーサポーターの募集

食材・生活雑貨などの提供者募集だけではなく、互近助パントリーサポーターの募集もしています。

互近助パントリーサポーターには、地域から集められた食材や生活雑貨などを詰めた、「互近助パントリーボックス」を設置。

そして、食材や生活雑貨などを希望者へ配ります。

「希望者」の対象は、互近助パントリーボックスが設置されている「ご近所」のひとたち。

ご近所さんだからできる交流を通し、「気づき」「受けとめ」「支え」「つなぎ」の支援が期待されています。

▼これまでの支援活動は、以下のとおりです。

支援活動の例

  • 互近助パントリーボックスの支援物品を活用した困りごとの相談と支援
  • 多世代が定期的に集う交流の場として活用
  • 提供された食材を活用した子ども食堂の開催
  • 地域の見守り役と連携した見守り訪問の実施 など多数

事業の立ち上げ時(2021年1月)は4~5か所ほどでしたが、2021年10月現在では60か所と増えています。

希望者とマッチングをするため、設置場所の公表はしていません。

▼たとえば、以下のような場所が互近助パントリーボックスの設置場所となっているのです。

互近助パントリーボックス設置場所

  • 障がい者相談事業所
  • 法律相談所
  • 社会福祉法人
  • 子育て支援拠点
  • 地域の見守り役 など多数

互近助パントリーボックスの設置場所では、地域のなかで困っているひとに駆け込んでもらって、話をゆっくり聞きながら食材などを提供する「居場所づくり」の役目があります。

設置希望の場合は、倉敷市社会福祉協議会まで連絡してください。

電話:086-434-3301

相談・支援機関との連携

画像提供:倉敷市社会福祉協議会

食材・生活雑貨などの募集や提供を行なうことは、とても重要なこと。

ただ、それだけで終わらないのが「互近助パントリー」の最大の特徴である「相談・支援機関との連携」です。

取材をするなかで、一番重要な事柄であると筆者は感じました。

相談や⽀援を担当する機関と互近助パントリーが連携することで、地域や個人の困りごとが発見されやすくなります。

⾷糧⽀援や⾒守り⽀援が、制度や所属・対象の垣根を越えて、倉敷市内全体に広がっていくのです。

つまり、互近助パントリーサポーターは困りごとをこぼせる「場づくり」を目指し、相談⽀援機関は連携することで「困りごと」を取りこぼさない「受け⽫づくり」を⽬指しています。

▼具体的な相談・支援機関とは以下のとおりです。

相談・支援機関

  • 生活困窮(こんきゅう)者支援機関
  • 保健所
  • 教育機関
  • 母子・父子相談機関 など多数

くらしき互近助パントリープロジェクトの活動などについて、社会福祉法人 倉敷市社会福協議会 生活福祉課 主幹 生活支援コーディネーター(地域支え合い推進員)の松岡 武司さんへ話を聞きました。

松岡さんたち生活支援コーディネーターは、地域のなかで地域とつながるようなサロン活動や、支え合いの活動を応援する活動をしています。

どんな思いで、くらしき互近助パントリープロジェクトが誕生したのでしょうか。

松岡 武司さんへインタビュー

松岡 武司さん

──事業開始の時期、事業のキッカケを教えてください。

松岡(敬称略)──

本格的に開始したのは、2021年1月です。

キッカケは、まず新型コロナウイルス感染症の流行が長引いていることがあります。

地域の住民が集まると、いろいろなおしゃべりをしますよね。でもコロナ禍が長引くと人が集まれません。

実はこのおしゃべりのなかに、地域のいろいろな情報が入っていたりするんです。

でも集まれなかったら、ちょっとした困りごとなどを吐き出せなくなります。

困りごとを抱え込んでしまって、だんだん積み重なって事態が重くなっていくんです。

行政や社会福祉協議会の窓口に相談へきたときには、さらに複雑な状況になっています

多人数で集まれないコロナ禍で、どのように地域の困りごとや困っているひとを発見するのか、また困りごとを受け止めて支援機関と連携してつながっていくという仕組みが必要になりました。

コロナ禍の状況だからこそ誕生したのが、「くらしき互近助パントリープロジェクト」です。

画像提供:倉敷市社会福祉協議会

その他、ベースとなっているのは平成30年7月豪雨災害での被災地支援です。

当時、倉敷市民や岡山県外のひとたちが「他人事ではない…」と思い、自分たちができることを探してくれました。

現地へいってボランティア活動をするのは難しいけど、支援物資やいろいろな想いを届けてくれたんです。

僕たち生活支援コーディネーターは、被災地のなかでの「場づくり」や「仕組みづくり」を応援しました。

そのなかで支援物資がとても役に立ったんです。

あれだけ広い範囲で被災したので、仮設住宅で生活するかたたちはバラバラな地域から移って来られています。

そのため、最初は出会いのきっかけも少なく、会話をすることができません。

でも食べ物や衣類、生活雑貨などの支援物資を見て「あぁ、助かるわあ」と思うだけだったのが、「支援物資を配っているところにいくと、人に会える。おしゃべりもできる」という「ほっとする」感情に変わっていきました。

つまり、支援物資を「入り口」とした「出会いのキッカケ」を作っていけます

住民同士で広がっていく、この関係性がとても重要と感じたことも「くらしき互近助パントリープロジェクト」誕生のキッカケとなっています。

──生活困窮(こんきゅう)者向けのパントリープロジェクトではないんですね。

松岡──

生活困窮者向けという側面も、もちろんあります。

互近助パントリーの活動で、生活困窮者に食材などが届くことも大切ですが、その前段階のひとたちにも活動内容が届くようになっているところが、社会福祉協議会らしい取り組みかと思っています。

というのも、社会福祉協議会には生活福祉金貸付制度があり、コロナ禍で仕事が減ったりし生活が困窮し、どうにもならなくなって申請に来られるかたが多いです。

申請時にいろいろと話を聞いてみたら、困窮するより前に「ちょっと困ったこと」があったようなんです。

その段階で地域の「目配り」や「気配り」、または支援機関などにつながっていれば、サポートできることがあったかもしれません。

つながりがなかったので困窮してしまった……という事態もあったかと思われます。

社会福祉協議会の強みを活かした活動

画像提供:倉敷市社会福祉協議会

──他の団体もやっているような取り組みなのでしょうか?

松岡──

新しい取り組みです。

倉敷市のなかでもフードバンクなどは、以前からNPOや社会福祉法人がしていたところがありますが、活動範囲内のひとたちへ向けての支援でした。

互近助パントリーは、社会福祉協議会らしく地域のなかのボランティアや住民、団体などと連携することによって、「住民の力を信頼しながら」支援しています。

社会福祉協議会の強みを活かした活動です。

──これまでどんな活動を行なってきましたか?

松岡──

活動するために必要な食材や生活雑貨を集めなければならないので、個人や団体・企業から幅広く、「社会参加の新しい仕組みとして」食材や生活雑貨を募集しました。

たとえば企業は、災害を想定して多くの食材などを備蓄しています。

賞味期限などの関係で備蓄品を入れ替えることがあり、これらを社会貢献の一環として寄付していただきました。

個人の場合、農家や個人的に野菜をつくっているひとたちが、作りすぎた野菜を自分たちで「困っているひとへ野菜を渡す」のは難しいですが、互近助パントリーへ「おすそ分けのような感覚」で託すことができます。

託すことも社会貢献のひとつですよね。

2021年9月現在、およそ130の企業・団体、個人のかたから寄付をしていただいています。

そして、寄付された食材や生活雑貨などを「互近助パントリーボックス」に詰め、地域のいろいろなひとたちに配ってもらうことも必要です。

倉敷市社会福祉協議会へは日々たくさんの寄付がありますが、ここだけでは数が多くて保管しきれない問題がありました。

さまざまな人が協力し、いろいろな場所へ「互近助パントリーボックス」を置くことで、保管場所の確保も可能です。

立候補のあった場所に置かせてもらっていますが、ただ保管してもらうだけではなく、その地域で今一番必要としている活動に活用してもらっています

互近助パントリーサポーターになるには

画像提供:倉敷市社会福祉協議会

──互近助パントリーサポーターになるには、どうすればいいですか?

松岡──

倉敷市社会福祉協議会へ申し出てもらえば、それぞれの地域を担当している社会福祉協議会職員がいるので、一緒に作戦会議をしながら「どんな仕組みにしようか」と考えます。

それとは逆で、倉敷市社会福祉協議会から依頼することもあります。

倉敷市内の63小学校区のなかで、60か所くらいで地域の課題を話し合う場があるんです。

そこには民生委員、愛育委員などさまざまなボランティアさんが参画しています。

話し合いの場で、互近助パントリーの進捗を報告するときに「やってみたい」と声があがれば、声掛けをしています

2021年9月現在で、互近助パントリーボックス設置場所は56か所です。ちなみに事業立ち上げ時(2021年1月)は、4~5か所ほどでした。

小学校学区単位で行なっているところはまだ少なく、もっと小さなコミュニティである「団地単位」であるとか、普段からよく集まっていた「仲良しサロングループ」のような小さな集まりもあります。

また介護の事業所、障がい者の事業所などは、地域の一員であるので「これからも地域を応援したい」と立候補をしているところもあります。

──始めるにあたり、決められたルールはありますか?

松岡──

基本的には、互近助パントリーサポーターになるルールはありません

ただ1個だけ条件はあります。

僕たち、社会福祉協議会の職員を「作戦会議の仲間に入れてください」ということです。

作戦会議に入れてもらうことによって、情報提供や地域のお手伝いができます。また、支援のネットワークづくりもサポートできます。

生活支援コーディネーターは計6人いるのですが、それぞれの担当地区の互近助パントリーサポーターの情報を共有、把握をしています。

困ったことがあれば、他拠点の事例を参考にすることができますよね。

利用しているひとはどんなひと?対象は?

──どんな立場のひとが活用していますか?

松岡──

利用しているひとたちのなかには、生活に困っている場合もあるようですが、地域とつながっていないひとが多いです。

いわゆる「社会的に孤立しているひと」。

このようなひとたちは、情報もなかなか入ってこないし、困っていることを相談する相手がいません。

互近助パントリーを利用して、ひととつながっていくと、食材に困っていなくても、ふらっとやってきておしゃべりをして帰っていくこともある。

互近助パントリーにいけば、情報を得ることができるし、優しい誰かと出会うことができて「居場所」になることもある。

最初のキッカケは食材の確保だったけど、何度か利用することで「地域に住んでいる意味を見出す」ことにもなっています

──利用するにあたり「登録制にしよう」という話はなかったのでしょうか

松岡──

利用者のなかには、「自分が弱っていること、困っていることを他のひとに伝えたくない、知られたくない」というひともいます。

登録制にすることによって「プライバシーの保護」にもなるし、パントリー内への入室に鍵の利用を検討しているところも、これはこれでひとつの支援ですごく役に立つと思います。

食材などを手に入れることも大切ですが、地域のなかで「困窮者」として接してもらうだけではなく、「誰かに受け止めてもらう」こと自体が大切で、この関係性をつくることで「地域で生きていく」ことにつながっていくと考えます。

倉敷市においては、社会福祉協議会らしく「ひとが出会い」、そこで「笑顔になり」「元気をわけてもらい」、活動を広げていくことを目指しました

ただ、56か所のパントリーのなかでは、登録制にしようというところも出てきています。

どのような体制にするのかは、各拠点で自由に決められます。

画像提供:倉敷市社会福祉協議会

──互近助パントリーを利用できるのは、倉敷市民のかたのみでしょうか?

松岡──

利用できる対象者は拠点によって違います。

たとえば、倉敷市の市境地域に互近助パントリーボックス拠点があったとして、その拠点が「隣の市のひとも利用可」のルールがあればOKです。

また、今ある60か所の拠点は常時開放しているわけではなく、「月2回のフードシェアイベント」や「食材が集まったときに子ども食堂を開こう」などありますが、対象地域に住んでいるからすぐに参加できるわけでもありません。

まずは、なにかしらの理由で「互近助パントリーを利用したいな」と思ったときは、社会福祉協議会に連絡してもらい各拠点へとマッチングしている状態です。

ですので、60か所の拠点情報は公開していません。

少し遠回りになってしまいますが、1回相談事を受け止めることで社会福祉協議会としてもアドバイスをすることが可能です。

──今後の展望はありますか?

松岡──

倉敷市社会福祉協議会として…というよりかは、生活地域支援コーディネーターとして地域に出ている僕の展望ではあるんですが…。

事業開始から10か月で60か所まで拠点が増えたってことは、地域のなかでつながりに関心をもったり、何かしたいなあと希望をもった担い手がたくさんいる、ということがわかりました。

だから、これからは既存の担い手だけではなく、いろいろな担い手のひとに互近助パントリーのような活動ができますよ、というルート設定をしていきたいです。

ルート設定をしていくことによって、困りごとの早期発見ができるし、今までつながっていなかったような企業や団体とネットワークをもつこともできます。

少子高齢化がさけばれている世の中、住民だけでできることは限られています。

地域とは、個人や企業・団体を含めて「地域」なので、それぞれが地域の一員として握手してもらいながら活動を広げていきたいです。

おわりに

人間はひとりで生きているわけではありません。

なにか困ったことがあれば、誰かに相談したいものですよね。

でも近所のことがわからなかったり、転居・転勤などで関わりがないこともあるでしょう。

そんなとき、食材や生活雑貨をもらいにいくついでに、ちょっとした話し合いができる場があると助かります。

別にもらいにいくことが目的ではありません。ただ、おしゃべりをしにいくだけでもいいのです。

最初の一歩は勇気が必要かもしれませんが、臆することなく利用してみてはどうでしょうか。

きっと”優しいお節介さん”が待っています。

© 一般社団法人はれとこ