アムトラックで3人死亡の脱線事故、貨物鉄道も訴えられた理由 「鉄道なにコレ!?」第25回

By 大塚 圭一郎(おおつか・けいいちろう)

アムトラックの夜行列車「エンパイアビルダー」(事故を起こした編成とは別です)=7月、米ノースダコタ州(筆者撮影)

 全米鉄道旅客公社(アムトラック)の夜行列車「エンパイアビルダー」が9月25日夕(日本時間26日朝)、西部モンタナ州で脱線して3人が死亡し、50人を超えるけが人が出た。事故の約2カ月前にエンパイアビルダーで現場を通った筆者にはひとごとに思えない。犠牲になった3人のご冥福を心からお祈りし、ご遺族と負傷された方々にお見舞いを申し上げる。遺族側はアムトラックと米貨物鉄道大手BNSF鉄道を相手に損害賠償を求める訴訟を起こした。運行するアムトラックだけではなくBNSFも訴えられた背景には、日本と異なる米国の鉄道事情がある。(共同通信=大塚圭一郎)

 【米国の貨物鉄道】米国では鉄道が貨物輸送の主な手段の一つとなっており、大手鉄道貨物会社は幅広い路線網を抱えて貨物列車を頻繁に運転している。米鉄道協会によると、2019年時点で632の貨物鉄道会社が計約22万キロの路線を抱え、総従業員数は約16万人に達する。「クラス1」と呼ばれる貨物鉄道大手が7社あり、これらの19年の売上高合計は貨物鉄道全体の約94%を占める。一部企業はカナダやメキシコにも路線を持つ。最大手は米ユニオンパシフィック鉄道で、2位が米BNSF鉄道、3位が米CSXトランスポーテーション。

BNSF鉄道の貨物列車=2016年9月、米カリフォルニア州(筆者撮影)

 ▽結婚50年を祝う夫婦ら犠牲に

 アムトラックによると、事故を起こしたのは中西部シカゴ発西部シアトル・ポートランド行きのエンパイアビルダー。12両編成で、2両のディーゼル機関車が荷物車1両と2階建てのステンレス製客車9両を引いていた。客車8両が脱線し、うち4両は横倒しになった。乗客146人と乗員14人の計160人が乗車していた。

米西部モンタナ州の現場

 脱線した場所はモンタナ州ジョプリン近くの小麦畑が広がる地帯だ。50キロほど北にはカナダとの国境がある。筆者も今年7月31日にエンパイアビルダーで事故現場の付近を通った際、乗務員から「右手の車窓の山々がある辺りはカナダだよ」と教えてもらい、国境近くを走っているのを実感した。エンパイアビルダーの乗車体験は、本コラム「鉄道なにコレ!?」で追って詳しくご紹介したい。

 事故では結婚50年を祝って旅行中だった南部ジョージア州のドナルド・バーナドーさん(74)と妻のマージョリーさん(72)、ポートランドへ向かっていた中西部イリノイ州のソフトウエアエンジニア、ザク・シュナイダーさん(28)が亡くなった。ザクさんの妻のレベッカさんも負傷した。

停車中の「エンパイアビルダー」(事故を起こした編成とは別です)=7月、モンタナ州(筆者撮影)

 ▽BNSFも被告に

 東部ペンシルベニア州フィラデルフィアの法律事務所、サルツ・モンゲルッツィー・アンド・ベンデスキー(SMB)の弁護士は事故3日後の9月28日、シュナイダーさん側の代理人としてアムトラックとBNSFを相手に損害賠償を求める訴訟をシカゴの連邦地方裁判所に起こした。他に負傷者のうち7人もアムトラックとBNSFに損害賠償を求めて10月4日に提訴した。

 アムトラックに加えBNSFも被告に名を連ねたのは、事故区間の線路を所有・管理しているからだ。アムトラックは米国の46州と首都ワシントン、カナダの一部に列車を走らせている。それらの総延長は計約3万4400キロと地球一周(約4万キロ)の86%に達する。ただ、自社所有の線路は首都ワシントンと北東部ボストンを結ぶ主要路線「北東回廊」の一部の約1千キロにすぎない。他の路線は主に貨物鉄道会社に線路使用料を支払って運行している。

BNSF鉄道が線路を所有する区間=7月、米モンタナ州(筆者撮影)

 日本の場合、JR貨物が持つ線路は運行区間のごく一部。JR貨物は、主にJR旅客6社(JR北海道、東日本、東海、西日本、四国、九州)と旅客輸送を手掛ける第三セクター鉄道に線路使用料を支払っている。

 SMBは事故被害者や遺族らの代理人を多く務めている。2015年にアムトラックの北東回廊を走っていた列車がフィラデルフィアを走行中に脱線し、死者8人、負傷者200人超を出した事故の損害賠償訴訟も担った。この事故はアムトラックが所有する区間で起きたため、線路所有者であり、脱線した列車を運行していたアムトラックを相手に提訴した。

 ▽制限速度超過は否定

 訴状によると、原告側は事故が「予防可能だった」とアムトラックとBNSFを非難し、両社が線路の安全を確保して「列車が脱線するのを防ぐ義務があった」と主張した。米紙ワシントン・ポストによると、SMBの弁護士は「乗客は列車を運行する企業や、線路を所有・保守管理する鉄道会社に命を預けている。3人の命を奪う恐ろしい間違いが起きたのは明らかだ」と強調した。

 事故現場は緩やかなカーブになっており、線路が分岐器を経て単線から複線になる付近で起きた。事故を調査している国家運輸安全委員会(NTSB)は、エンパイアビルダーが脱線時に制限速度の時速79マイル(約127キロ)を下回る時速75~78マイル(約120~126キロ)で走っていたと説明している。05年に兵庫県尼崎市で発生し、乗客と運転士の計107人が亡くなったJR西日本福知山線脱線事故では制限速度の大幅な超過が原因だったが、今回の事故では速度超過は否定された格好だ。

 米国では速度超過による列車事故が相次いだのを受け、制限速度を超過した場合に自動的に減速する列車制御装置「ポジティブ・トレイン・コントロール」(PTC)を貨物鉄道と旅客鉄道の路線計約9万2600キロに20年末までに設置することを連邦議会が義務付け、設置が既に完了している。このためエンパイアビルダーが制限速度の時速79マイルを超過しても、故障がなければPTCが作動して自動的にブレーキがかかったはずだ。

 ▽線路の問題か、分岐器の問題か

 複数の専門家らが脱線原因として挙げるのが、線路に問題があった可能性だ。AP通信によると、NTSBで鉄道事故の調査に携わっていたラス・クインビー氏は、日中の暑さでレールが膨張してゆがんでいた可能性が最も高いと指摘。「車重が重い機関車は大丈夫なのに、軽い後続車両は脱線してしまう場合がある。この事故ではそのような状況になっている」と説明した。

 BNSFの広報担当者は事故2日前の9月23日に現場周辺の線路を点検していたと説明しており、クインビー氏は「分岐器が事故原因になった可能性は低い」とみる。

 テネシー大学運輸研究センターのディレクター、デービット・クラーク氏は線路に欠陥があったとの見方を示し、通常の線路点検では「必ずしも問題を見つけられるわけではない」と指摘した。一方、分岐器が原因になった可能性も否定せず「前方の車両が分岐器の方向を変える器具に接触したことでレールの向きが切り替わり、列車の尻振りが起きて後方の車両がひっくり返った可能性もある」という。

 ▽事故前に貨物列車が通過

 福知山線脱線事故などの鉄道事故取材に携わり、約2カ月前に事故現場を通過していた筆者も、事故現場の写真を見た際に保線が行き届いていなかった可能性があると考えた。

 筆者が乗った際もモンタナ州の現場付近で車体が大きく揺れ、へんぴな場所のため「一体どのくらいの頻度で保線をしているのだろうか」と思った。また、事故現場付近では線路に沿って枕木が多く並んでいたため、枕木を交換予定なのか、それとも交換後に放置したままなのかと疑問を持っていた。

「エンパイアビルダー」の車窓から見える放牧中のウシ=7月、米モンタナ州(筆者撮影)

 脱線の約1時間20分前には貨物列車が現場を通過したという。脱線原因は暑さよる線路の膨張や、分岐器のトラブルの可能性に加え、アムトラックの列車側に問題がなかったかどうかも慎重に調べる必要があるだろう。

 現場は曲線になっており、分岐器もあることを考えると、制限速度を比較的高速の79マイルに設定しているのが適切なのかどうかも問うべきではないだろうか。

 NTSBは10月中に初期調査結果を発表する見通しで、事故原因をどこまで解明できるのかが注目される。いずれにしても保線と車両整備がともに万全で、制限速度も適切だったならば惨事は防げたはずだ。再発防止の取り組みを進め、使命である安全運行の徹底を強く求めたい。

 (アムトラック脱線事故を受け、予定を変更して事故に関する内容をお伝えしました。)

 ※「鉄道なにコレ!?」とは:鉄道と旅行が好きで、鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」の執筆者でもある筆者が、鉄道に関して「なにコレ!?」と驚いた体験や、意外に思われそうな話題をご紹介する連載。2019年8月に始まり、ほぼ月に1回お届けしています。ぜひご愛読ください!

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