新型コロナまん延で責めを負うべき生物種とは? 次のパンデミックはすぐそこに(4)

カンボジア・ラタナキリ州の国道沿いの店で売られる密猟のホエジカの肉=2017年2月(共同)

 英国の著名な感染症学者、ピーター・ダスザック博士らは2020年4月に発表した論文の冒頭に、こう記した。「新型コロナウイルスのパンデミックの責めを負うべき生物種が一つだけある。それは私たちだ」。論文は2019年5月に、地球上の生物多様性に関する地球規模の評価報告書をまとめた「生物多様性および生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム(IPBES)」という国際研究機関の3人の専門家との連名だ。(共同通信=井田徹治)

 ▽パンデミックを招く消費

 ダスザック博士らは「野放図な森林破壊、歯止めのかからない農地開発、農畜産業や鉱物開発、インフラ建設に野生生物の過剰な採取などが、野生生物の感染症が人間にスピルオーバー(流出、異種間伝播)するための『パーフェクトストーム(多重の災厄)』になっている」と指摘する。ダスザック博士は「新型コロナの次のパンデミックはすぐそこに来ている。それがコロナよりも危険でないという保証はない。それを防ぐには現在の社会や経済の根本的な変革が必要だ」と警告し「われわれの日常生活の中に『パンデミックを招く消費』があることを認識する必要がある」と話している。

カンボジア・ラタナキリ州のレストランの調理場に無造作に置かれた違法なノブタの肉=2017年2月(共同)

 ブッシュミートと呼ばれる熱帯林地帯での野生動物肉の消費が好例だが、先進国の人々の消費にも、森林を破壊して生産させる肉や農産物、パーム油などパンデミックを招く消費が多く存在する。何げなく着ている毛皮のコートを生産するために中国などで動物を大量に飼育していることが、動物由来感染症のリスクであることを知る人は少ないだろう。日本や米国は、エキゾチックペットと呼ばれる海外の珍しい動物を大量に生きたまま輸入している。多くが人工繁殖よりも低価格の野生の個体であるため、感染症のリスクは大きい。このような消費パターンを根本から見直す必要がある。

 米国の保護団体、グローバル・ワイルドライフ・コンサベーションのラッセル・ミッターマイヤー博士も、ペット利用の削減に加え、牛肉や豚肉などの消費を減らし、植物由来のタンパク質への転換の必要性を強調している。米カリフォルニア大学などによれば、1キロの牛肉を生産するのに発生する温室効果ガスの量は二酸化炭素換算で約15キロになるし、牛や羊のゲップには強力な温室効果ガスであるメタンが含まれる。肉食の削減は、動物由来感染症のリスクを減らすだけでなく、地球温暖化防止や生態系保護にも貢献する。

米国の保護団体、グローバル・ワイルドライフ・コンサベーションのラッセル・ミッターマイヤー博士

 パンデミックを招く消費は日本にも多く存在する。「日本の消費者は木材や食料の輸入を通じてアジアやアフリカの森林の伐採に関与している」―。総合地球環境学研究所(京都市)の金本圭一朗・准教授らのチームは、世界各国の消費財やサービスと原産地での森林破壊の関連に関する研究結果を3月末、生態学の専門誌に発表した。

 研究グループは、地球観測衛星のデータに、人工知能(AI)を使って天然の森とアブラヤシ林、ゴム園、植林されたユーカリの林を区別する手法を加え、2001〜15年の世界の森林破壊の状況を30メートル四方の精度で解析。その上で、1500品目の農作物や鉱物、消費財や観光業などのサービスについての生産手法やサプライチェーンに関するデータを使って、各国の消費がどの国で、どれだけの森林伐採を引き起こしているかを分析した。

 日本人の消費の中で森林破壊量が多かったものは、食品や化粧品、せっけんなどに使われるパーム油が代表的で、インドネシアの森林破壊に関連していた。また、ブラジルからの大豆、タンザニアからの綿やゴマ、パプアニューギニアやラオスからのコーヒー豆といった輸入品が海外での森林破壊を引き起こしている製品だとの結果が出た。

中国資本が経営するマレーシア・ボルネオ島のアブラヤシ農場。高圧電流が流れる有刺鉄線で囲まれている(共同)

 金本准教授は「日本の企業や消費者や国内の消費が海外の森林破壊に関連していることを知り、可能な限りそれを小さくする努力が必要だ」と話している。

 15年に消費を通じた海外の熱帯林破壊面積が最も多かったのは米国で4652平方キロ。製品ではブラジルの牛肉と大豆、カンボジアの木材、リベリアのゴムなどで多かった。日本の海外森林破壊面積は2158平方キロで中国に次いで世界3位だった。日本人1人当たりの海外森林の伐採本数は01年の1・59本から15年には2・07本と増加傾向にあり、森林破壊に関連する消費が拡大傾向にあることを裏付けた。

 ▽ワン・ヘルス

 動物由来感染症のリスクを減らす上で重要な考え方に「ワン・ヘルス」というものがある。新型コロナをはじめとする多くの動物由来感染症の新興とまん延の背景には、野生動物、家畜、人間の三者が一つの環境の中で、接触する機会が増えるという「三密」状況を作り出したことがある。人間、野生生物、家畜はみな地球という一つの惑星をシェアし、互いに関わり合い、生息域も重なるのだから、どれか一つの健康が失われても、他の健康に悪影響を与える。野生生物にとって健全な環境、家畜と人間の健康という三つのものを同時に実現しなければ、健康な暮らしは実現できないというのが「ワン・ヘルス」の考え方だ。

 生物種の保護や生態系の保全、再生は、単に、アフリカゾウやトラなどの野生生物のためのものではなく、われわれ人類がこの地球上で持続的に暮らしていくために不可欠な、自分たちの利益となるものである。これが、コロナウイルス危機からわれわれが学ぶべき重要な教訓の一つである。

オンラインの首脳会議「ワン・プラネット・サミット」で講演する国連のグテレス事務総長(右)とマクロン・フランス大統領=2021年1月

 「これまでわれわれはこの惑星を破壊し続けてきた。あたかも、地球がもう一つあるかのように」―。生物多様性保全に熱心なフランスのマクロン大統領らの主導で2021年1月に開かれたオンラインの首脳会議「ワン・プラネット(唯一の惑星)・サミット」で国連のグテレス事務総長はこう指摘した。新型コロナウイルス禍からの復興を機に生物多様性保全の努力を強め、健全で災害や感染症の被害を受けにくい社会をつくり、新たな経済成長や雇用創出につなげることを各国に呼び掛けた。

 地球環境問題が国際的なアジェンダとなった1992年の地球サミットから間もなく30年。この間、地球環境の悪化に歯止めは掛からず、その歯車は回転速度を増しつつある。ゆっくりと回転速度を落としてゆくために与えられた時間は既に失われ、今や急ブレーキをかけて回転を止め、逆方向に回すことが求められるまでになった。次のパンデミックを防ぐために人類に求められることは、ワン・ヘルスの実現に向け、これまでの生態系との付き合い方を根本から変え、これまでとは違った社会と経済の姿をつくるために政策の大転換をすることだ。

1992年6月、182カ国が参加しブラジルのリオデジャネイロで開かれた地球サミット(共同)

 「今後10年間で根本的な変革を実現できるかどうかが地球の将来を左右する」と指摘する環境研究者は少なくない。これだけの生態系破壊を引き起こしたわれわれは、それを止めることができる最後の世代でもある。政策決定者、企業のトップ、地方自治体の長、そしてわれわれ一人一人が覚悟を決めて社会と経済の根本的な変革を成し遂げねばならない。

 さもなければ、人類はそう遠くない将来に次のパンデミックに襲われるだろう。それはもうすぐそこにまで来ているかもしれないし、それが今回の新型コロナウイルスよりも致死的でないという保証はないのだ。

関連の動画はこちら https://youtu.be/U-pTREkFnac

「次のパンデミックはすぐそこに」

第1回 https://nordot.app/824166788907761664

第2回 https://nordot.app/824528045189529600

第3回 https://nordot.app/824558452128153600

© 一般社団法人共同通信社