リオで16年パラの「レガシー」が定着しない理由 東京に教訓生かせるか

リオデジャネイロでスポーツ施設に向かうためNGOの用意した車に乗り込むパウロエンリケ・バプチスタさん=8月(共同)

 2020東京五輪・パラリンピックは大会が残したレガシー(遺産)をどのように社会づくりに生かすかが閉幕後の課題となっている。2016年リオデジャネイロ・パラリンピックが開かれたブラジルでは当時、パラスポーツや障害者への理解が今の日本と同様に劇的に深まった。だが大会から5年後のリオではレガシーが幅広く定着したとは言えず、公共交通機関のバリアフリー化も進んでいない。リオの大会関係者に話を聞くと、さまざまな要因が重なりレガシーの定着を妨げた事情が見えてきた。東京にも教訓となるかもしれない。(共同通信=中川千歳)

 ▽熱気

 「会場の熱気はすごかった。それまで応援されることはなかったから、感動的な体験だった」。リオ大会でボッチャに出場した脳性まひのルカス・アラウジョさん(27)は振り返った。

 パラのチケットが五輪より安かったこともあり、会場は多くの観客で埋まった。アラウジョさんは東京大会には出場できなかったが、次のパリ大会を目指す。

リオデジャネイロの軍施設でボッチャの練習をするルカス・アラウジョさん(左)=8月(共同)

 アラウジョさんはリオ大会前に国が導入したパラアスリートらへの現金給付制度「ボルサ・アトレタ」の支給対象となっており、父親が車で送り迎えをするなど家族のサポートが手厚かった。

 だが一般にパラアスリートを取り巻く環境は厳しい。ボッチャ選手を目指すパウロエンリケ・バプチスタさん(41)には補助がなく、非政府組織(NGO)が調達する車いす対応の車がなければ練習に行くことができない。財政難や新型コロナ流行で車を利用できる頻度は減った。

ブラジル・リオデジャネイロでスポーツ施設に向かうため非政府組織(NGO)の車いす仕様の車両に乗ったパウロエンリケ・バプチスタさん(右)ら。新型コロナの影響で車が出る頻度は減った=8月

 アラウジョさんとは異なり、父親はバプチスタさんの移動に非協力的だ。「実の父親ですら障害者の自分に対する差別と無理解がある」という。

 ▽「戦場のリオ」

 18歳で電車にひかれる事故に遭い、両脚を切断したチアゴ・バチスタさん(33)は7月末、リオ五輪の会場だった施設の一つでパワーリフティングのトレーニングに汗を流していた。将来的にパラ出場を目指すが、障害者にとって公共交通機関を使ってリオを移動するのは「戦場にいるようなもの」と激しい戦いになぞらえた。

リオデジャネイロ郊外の五輪公園内でトレーニングするチアゴ・バチスタさん(手前)と指導するアナカチア・ポルティリョさん。

 パラ開催に当たって会場までの交通機関のバリアフリー化は行われたが、それを外れると点字ブロックや車いす用のスロープ、音の出る信号などはほとんど整備されていない。車いす対応の公共バスも昇降機が壊れていたり、運転手が操作方法を知らなかったりして実際は使えないことが多い。

リオデジャネイロの地下鉄ラルゴドマシャド駅に設置された点字地図(右)。関係者によると点字地図があるのはこの駅だけだという。

 5人制サッカーでアテネ大会と北京大会に出場したサンドロ・ライナさん(40)は、リオは障害者にとって「極度にアクセスが難しい街だ」と批判する。

 治安が悪く、銃撃などの犯罪被害に遭う人も多いブラジルでは、人口の2割以上に何らかの障害があるとされる。リオ近郊のニテロイ身体障害者協会をダンスなどのリハビリのため訪れたロサンジェラ・マガレンサソウザさん(38)は、親族が撃った銃で被弾し3年前から車いすの生活になったと話した。ダンスなどの活動は「気晴らしになる」というが、交通機関や道路の整備が進んでおらず外出は控えがちだという。

ブラジル・リオデジャネイロ州ニテロイのニテロイ身体障害者協会施設でロサンジェラ・マガレンサソウザさん(右)と話すジョアン・カルバリョ代表=8月

 ▽制度化進まず

 リオ市の公務員としてシステム分析を行うライナさんは「ブラジルではパラリンピックは大会の期間にしか語られない」と嘆いた。「16年にまかれた『インクルーシブ(分け隔てのない)社会』や『偏見・差別の打破』といった種はうまく育てられていない」と指摘。原因の一つとして障害者対策を担う行政の中で制度化が進んでいないことを挙げた。リオ市を抱えるリオデジャネイロ州では障害者が働いている部署がなく、障害者関連の対策も不十分だという。

 ライナさんはインクルーシブ社会の重要性は「大会の間は注目されるがその後は話題に上らなくなる」と批判し、大会後も意識を高く持ち続けることが肝心だと訴える。

 ▽環境整備が停滞

 バチスタさんのトレーナーで、スポーツや教育を通してインクルーシブ社会の実現を目指す非政府組織(NGO)のコーディネーター、アナカチア・ポルティリョさん(54)もリオ五輪・パラリンピックの後、パラスポーツの環境整備の動きは「全てが止まった」と話した。「率直に言って、16年のパラリンピックは障害のある人たちへの十分な刺激にならなかったと思う。今も多くの人が絶望し、自ら命を絶っている」と指摘した。

 自身の姉妹も障害を苦にして自死を選んだ。NGOの目的は「選手の養成もあるが、家の中にこもって意気消沈してしまっている人たちを探し、彼らの人生を変えることだ」として地道な活動を続ける。

 ▽貧富の格差も壁に

 ニテロイ身体障害者協会のジョアン・カルバリョ代表はブラジルの貧富の格差の大きさがインクルーシブ社会の定着を妨げていると分析した。「本来なら子どもの学校教育などから(意識を)育てる必要があるが、多くが中等教育を終えることができない。こうした数々の問題の中で障害者を取り巻く問題は矮小(わいしょう)化してしまう」と話した。

 カルバリョさんが見てきた中では、障害のある子どもを持った父親が家庭を去ってしまうケースも多く、残された母子への助けが行き届かず、ますます苦境に陥ることがよくあるという。

 カルバリョさんは東京のパラリンピック開会式を見て「全ての人が自分の道を探すことができるということを示したと思う」と感想を述べた。

 ブラジルがインクルーシブ社会になる道は「残念ながら遠い」。それでも小さな苗木は芽吹いているとして「なんとかして育てていく必要がある」と話した。

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