“21世紀のビリー・ホリデイ”、マデリン・ペルー『ケアレス・ラヴ(Deluxe Edition)』解説【DIGGIN’ THE VINYLS Vol.11】

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MADELEINE PEYROUX / CARELESS LOVE (Deluxe Edition)

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(文:原田 和典)

人気歌手マデリン・ペルーの再デビュー作であり、現在に至る快進撃のきっかけとなった記念碑的一枚『ケアレス・ラヴ』(2004年CD初リリース)が“ラウンダー・レーベル創立50周年企画”のひとつとしてLP化された。ディスク1に同作、ディスク2と3に2005年のスペイン「ビトリア・ジャズ・フェスティバル」でのライヴ・ステージを収めた(公式初リリース)重量感たっぷりの3枚組である。

<動画:Madeleine Peyroux - Don't Wait Too Long (Official Audio)

『ケアレス・ラヴ』で返り咲く前、大まかにいうとマデリンには8年もの空白期間があった。まずそのあたりについて簡単に述べたい。1974年米国ジョージア州に生まれたマデリンは、一家でニューヨークに転居し、13歳の時に母親と共にフランス・パリへ移り住んだ。同地でライヴ活動を重ねた後、90年代に入って米国ニューヨークに拠点を移し、アトランティック・レーベルから初アルバム『ドリームランド』を発表した。

これは96年に国内盤も出て、ぼくも当時勤めていたジャズ雑誌で紹介したことがあるので、決して“幻の一作”ではないはずだが、当時はカサンドラ・ウィルソン(あの『ニュー・ムーン・ドーター』も96年発売)やダイアン・リーヴスが次々と話題作を放っていた時代であり、そう考えるといささか地味にうつるところはあった。アトランティックとは単発契約だったのか、続いて最大手コロンビア・レーベルのもとでセカンド・アルバム制作プランが持ち上がる。

しかし、このプロジェクトが実現することはなかった。いつしかマデリンは声帯を痛め、第一線を離れてしまう(その前後のマデリンを知ることのできる貴重な資料が、ハーモニカ奏者ウィリアム・ギャリソンとの共同名義で99年と2003年に録音された『ガット・ユー・オン・マイ・マインド』である)。

<動画:Madeleine Peyroux - Careless Love (Live)

全快したマデリンは考えた。本当に歌いたい音楽を歌いたい。スウィング時代のジャズや、カントリー・ブルース、ゴスペルの要素を含む自分の音楽性をありのまま表現したい。それを受け入れてくれるレーベルがあるだろうか・・・・・・あった! アメリカン・ルーツ・ミュージック関係の豊富なリリース歴を持つラウンダー・レーベルとの契約が成立したのだ。

プロデュースはジョニ・ミッチェル、ホリー・コールなどの作品づくりにも関わる名匠ラリー・クラインが担当。選曲はマデリン自身が考えに考え、結果的にベッシー・スミス(「ケアレス・ラヴ」)、ジョセフィン・ベイカー(「二つの愛」)、レナード・コーエン(「哀しみのダンス」)等、敬愛する先人ゆかりのナンバーばかりではなく、ジェシー・ハリスやクラインと合作した「ドント・ウェイト・トゥー・ロング」も含む12トラックが収められた。

ちなみに、やはりルーツ・ミュージックに多大なリスペクトを寄せるノラ・ジョーンズがアルバム・デビューを果たしたのは2002年のことである(出世曲「ドント・ノー・ホワイ」はハリスの作詞・作曲)。

『ケアレス・ラヴ』は発売初年度だけで、アメリカに限定しても50万枚ものセールスを示し、国際的にも話題を呼んだ(全世界で100万枚売れた、とも目にする)。今回LPで聴き直してみて、改めて、とんでもなく魅力的だと思ったのは「ウィアリー・ブルース」だ。2本のギターやエレクトリック・ギターが両チャンネルの間で柔らかに揺らめき、マデリンのヴォーカルが中央から凛と立ちあがる。

「ドント・ウェイト・トゥー・ロング」「ドント・クライ・ベイビー」「ケアレス・ラヴ」で採用されている、ちょっとレイドバック気味の2ビート風ナンバーにおけるリズム・セクションの動きも、アナログ盤で再生するといっそう“一つの塊になって迫ってくる感じ”が強まって聴こえた。

<動画:Madeleine Peyroux - Don't Cry Baby (Live) (Official Audio)

ディスク2とディスク3は先に触れたように、『ケアレス・ラヴ』リリース翌年のライヴ録音。サポート・メンバーはケヴィン・ヘイズ(ピアノ、エレクトリック・ピアノ)、マット・ペンマン(ベース)、スコット・アメンドラ(ドラムス)の3人で、マデリンはアコースティック・ギターを弾きながら歌う。

スタジオ・ヴァージョンでブラッシュが使用されていた2ビート・ナンバーが、ライヴ映えを考えたのか、スティック使用のシャッフル風リズムへと変化していたり、「ウォーキング・アフター・ミッドナイト」でマデリンがシンプルかつ実にツボを得たギター・ソロを聴かせたりと、これまたレコード化を喜ばずにはいられないトラックが並ぶ。加えてこのライヴ、ケヴィン・ヘイズが実に優しげなのだ。

個人的には彼に“リハーモナイズの鬼才”“尖った音使いを指先に込める”イメージを持っているのだが、少年の頃にはグレン・ミラーの空軍オーケストラやウディ・ハーマン楽団やレスター・ヤングのバンドで活動したスウィング系の重鎮、ルー・スタインの教え子だったという一面もある。ケヴィンがここまでオールド・ファッション気味に、楽器を通じて歌うことを心から楽しんでいるような録音が、これまであっただろうか? 3枚組LPとして生まれ変わった『ケアレス・ラヴ』は、ぼくにいろんな気づきを与えてくれた。

<動画:Madeleine Peyroux - Walking After Midnight (Live) (Official Audio)

(作品紹介)

MADELEINE PEYROUX / CARELESS LOVE (Deluxe Edition)

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