ICT(情報通信技術)やIoT(モノのインターネット)、AI(人工知能)といった新しい技術で、鉄道業界が大きく変革しつつあることは、本サイトをご覧の皆さんに再度の説明は不要でしょう。中でも鉄道系ニュースで、頻繁に見掛けるキーワードの一つに「5G」があります。
特に注目したいのが、「ローカル5G」という日本独自の規格。鉄道事業者やメーカーが一定エリアに5Gネットワークを構築して、業務効率化や利用客へのサービス向上を図る事例が相次いでいます。
ローカル5Gに力を入れるのが通信系建設企業のミライトで、2021年4月に5Gの効果を顧客企業とともに検証する「ローカル5Gソリューション共創ラボ」を、東京都江東区の自社ビルに開設しました。同社が2021年10月13日に開催したラボ見学会に参加、5Gの実力を見聞するとともに、鉄道業界での活用方法を探りました。
ケータイは1Gから4G、そして5Gへと進化
ちょっと昔を思い出して下さい(若い方はご想像をお願いします)、1980年代に肩掛け式アナログ携帯電話が登場したころは、「通話」が機能のすべてでした。1990年代にケータイがデジタル化されると、インターネットへの接続が可能に。通信規格も、最初期の1Gから2010年代には第4世代の4Gまで進化してきました。
今もスマートフォンで通話する方はたくさんいますが、それより多くの方がニュースや動画を視聴。スマホでテレビ会議に参加する方もいらっしゃるのではないでしょうか。
5Gは企業の課題を解決する通信手段
既にケータイの世界で通信環境が提供される5Gは、国際電気通信連合が定める第5世代の通信規格。大きくは、①高速大容量の通信 ②高信頼度で低遅延の通信 ③多数の機器への同時接続――といった特徴を持ちます。
鉄道の世界では、鉄道電話に始まり(電話以前には電信〈モールス信号〉も使われました)、列車無線、信号、踏切制御、そして最新の自動運転まで、多くの通信技術が列車の安全運行を支えます。鉄道各社は、5Gにも積極採用の姿勢をみせますが、現在は導入初期に当たるため、ミライトのような専門企業との協業が必要になります。
ミライトは、5Gをトータルソリューション、つまり企業のさまざまな課題を解決する通信手段と位置付けます。同社の立ち位置は、顧客企業がローカル5Gを利活用するためのフルサポーター。建物や工場に5G通信ネットワークを構築するほか、採用企業が求められる電波免許申請も代行します。
現状は初期の手探り状態
現在の産業界は5G最初期。導入企業にとって、どんなメリットがあるのかは手探り状態です。そこでミライトは、〝目に見えない5G〟を少しでも実感できる場を設けようと開設したのが「ローカル5Gソリューション協創ラボ」です。
協創ラボでは、基地局などの実機を顧客企業に見てもらうほか、機能検証にも活用します。超広角カメラによる画像伝送など、5Gを〝見える化〟するのがラボの役目です。
「デジタル技術で鉄道システムを革新」(鉄道総研)
話が鉄道から離れ過ぎました。ここからは鉄道業界で5Gがどのように活用されるのか、どんな可能性を持つのか、話題を拾いたいと思います。
ミライトとの協業実績を持つのが鉄道総合技術研究所です。鉄道総研は2020年4月、「デジタル技術革新プロジェクト」を始動、画像解析やAIといった基礎研究に取り組む一方で、5Gのミライトをはじめノウハウを持つ企業とも研究成果を共有し、鉄道システムのデジタル化を主導します。
5G活用では、自動運転などの運転制御に次世代通信技術を活用する研究を進め、線路保守などの施設関係でも地上設備の軽量化に力を入れます。異常時にもダイヤを維持できる、柔軟性を備えた新しい自律型の列車運行運行管理システムの実用化にも取り組みます。
画像解析では、5Gによる伝送技術も活用しながら、踏切の列車支障物を検知できるようにするほか、荒天時をはじめ肉眼での確認が難しい場合は運転席から撮影した画像で前方の安全を確認します。
AI活用では、カメラやセンサーにより、鉄道車両や地上設備を状態(常態)監視。5G利用で、異常検知に必要なデータを自動収集して、車両や設備のトラブルを予知、鉄道への信頼性を向上させます。
4Kカメラで300メートル先の人物が見える
鉄道総研の「デジタル技術革新プロジェクト」は、始動から1年半を経過して、順調に成果を挙げます。公表された研究成果では、鮮明な画像を撮影できる4Kカメラを用いて昼間に300メートル先方の人物を90%以上の確率で認知。運転士をサポートします。
AIでは、気動車やディーゼル機関車の振動を分析して、エンジントラブルを未然防止。車上センサーで、軌道や橋梁の変位、橋脚の傾斜・沈下といった地上側の異常を検知する技術の研究も進みます。
「住友商事や富士通と共同で5G活用」(東急)
鉄道事業者による5G活用のニュースも数多く発信されます。東急電鉄は住友商事、富士通の両社と共同で、東横線と大井町線が交差する自由が丘駅を対象に「ローカル5Gを活用した線路の異常検知・運転支援業務高度化」の実証実験に取り組みます。期間は2020年12月~2021年3月。総務省の「課題解決型ローカル5G等の実現に向けた開発実証」に採択され、共同トライアルが決まりました。
実証実験では、自由が丘駅にローカル5Gの通信環境を構築。車両前頭部に4Kカメラを取り付けて画像をAI解析し、設備の異常を自動検知する手法は、鉄道総研のプロジェクトとも共通します。住商や富士通との共同プロジェクトという点では、鉄道業界への広がりが期待できるでしょう。
総務省の公募プロジェクトでは、ほかに京浜急行電鉄の「ローカル5GとAI技術を用いた鉄道駅における車両監視の高度化」も採択されました。スケジュールは2022年3月まで。京急は、中央復建コンサルタンツ、NTTドコモの両社とパートナーシップを組みます。
「5Gで指令業務をサポート」(NEC)
メーカーサイドでは、こんなニュースも見付かりました。日本電気(NEC)は、「AI・IoTを活用した鉄道業務変革(鉄道DX)」に乗り出しています。鉄道業界が直面する人手不足や技術継承といった経営課題をAIやIoTで解決する趣旨で、実践策の一つの「スマートオペレーション」では、指令業務の革新に取り組みます。
指令は、鉄道の世界でも多くの知識や経験を必要とする業務。平常運転時はまだしも、輸送トラブル発生時には乗務員をはじめ現場からの連絡を受けながら、即座に列車を動かしたり止めたりを判断します。それをシステムに置き換えるというか、指令員の判断をサポートするのが、スマートオペレーションの「指令業務支援」。現場との膨大なデータのやり取りには5Gが有効性を持ちます。
「列車内でプロジェクションマッピング」(日本総研)
最後は、視点を変えて、「乗客がうれしい5G」をやや強引に。日本総合研究所が2021年4月に開いた記者勉強会で披露された「車内空間の高度化」は、5Gで列車内にプロジェクションマッピングのように映像を映し出します。日本総研によると、自動車業界では2020年代のうちにすべての窓や天井に映像を投影する技術が実用化されるそうです。
鉄道にこうしたサービスが必要かどうかは何ともいえないところですが、車内空間の高度化が、これまでの5Gと異なるのは、利用客に実感できる新しいサービス向上策という点。観光列車で目的地に到着前、現地の映像を車内全周に投影して、旅行気分を盛り上げるといった新しいサービスが実現するかもしれません。
記事:上里夏生