河北春秋(10/24):気仙沼湾を望む高台にある気仙沼市松崎片浜…

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 気仙沼湾を望む高台にある気仙沼市松崎片浜の「煙雲館」。仙台藩重臣鮎貝氏の居館で、国文学者で歌人の落合直文(1861~1903年)の生家だ。周囲には国の名勝に指定された庭園が広がる。仙台藩茶道頭の清水動閑が江戸初期に作庭したという▼一角に、直文の歌碑が立つ。<置くところよろしきを得ておきおけば皆おもしろし庭の庭石>。武骨な石も生かし方で優美な景観となる。与謝野鉄幹ら個性豊かな門弟を育てた直文らしい温かい目線だ▼平和な空間にあの日、緊張が走った。東日本大震災の津波がわずか2メートル下まで迫った。館主の鮎貝文子さん(82)は避難してきた住民と共に、眼下の家々が流される様子を見た。<たまたまと言うをはばかる奇跡なり震災逃れし煙雲館は>。紙一重の恐怖をそう詠んだ▼あれから10年。歌の風景はどう変わっただろうか。地元実行委員会主催の「落合直文全国短歌大会」が来月開かれる。集まったのは約2800首。34回目の今年は直文生誕160年の節目で記念行事を予定していたが、コロナ禍で誌上大会になった▼名勝周辺のまちは姿を消し、住民は内陸部などに移転した。それでも、直文を慕い、新たな歌が紡がれていく。庭園はもうすぐ錦秋に染まる。人々の心をつなぐ希望の庭でもある。(2021.10.24)