<いまを生きる 長崎のコロナ禍> コロナ感染を乗り越え個展開催 何げない日々に幸せ 長崎女子商高3年 川口麻吏香さん

「今の自分に見える世界の美しさを表現した」と話す川口さん=長崎市、インディーズアートクラブアンドギャラリー

 長崎女子商業高3年の川口麻吏香さん(17)は今月、長崎市内のギャラリーでインスタレーション(空間芸術)の個展を開いた。当初は8月に開催予定だったが、新型コロナウイルスに感染し急きょ中止に。2カ月後にようやく実現した発表の場で、療養中の孤独感や焦燥感を乗り越えて表現したのは、生きていることの幸せ、当たり前の日々の素晴らしさだった。
 淡い水色に深い紺色-。パステルで色を塗り重ねた空の絵が2枚、向かい合わせに配置され、天井から床に垂らすようにして展示されている。絵の上には氷が入った麻袋。氷が徐々に解け、したたり落ちる水が絵を滑り落ちる。元の色がにじみ、混ざり合い、作品に違う表情を加える。
 「この1年のめちゃくちゃさを表現してるんです」。今月2~12日、長崎市東古川町のインディーズアートクラブアンドギャラリーで開いた個展について川口さんはそう言って、控えめにほほ笑んだ。
 川口さんが本格的に美術に取り組み始めたのは中学入学後。学ぶ環境の変化や人間関係の悩みで体調を崩した時、主治医に同ギャラリーの絵画教室を勧められた。幅広い年齢層の絵画教室の生徒と関わりながら作品に向き合う時間が楽しかった。
 自分が納得できる作品を作れるようになり、生涯を通じて絵に関わっていきたいと美術系の大学進学を希望。高校3年からは絵画教室に通う頻度を増やし、個展を開く目標も立てた。そんな時、コロナは突然襲ってきた。
 8月上旬。個展の準備の合間に知人と数時間だけ会った翌日、その知人の感染と自身が濃厚接触者になったことが保健所から知らされた。折しも体は変調を来し、熱がどんどん上がり、何を食べても鼻の奥に焦げたような臭いが残る。
 保健所の連絡から2日後、高熱に浮かされながらようやく受けた検査で陽性となり、翌日から宿泊療養施設に入所。個展は中止せざるを得なくなった。
 全身が痛み、施設ではほぼ寝たきり。何よりも苦しかったのは1人でいることだった。家族にも友人にも、看護師にさえ会えず寂しくてたまらない。ニュースの感染者数に自分が入っているかと思うと罪悪感を覚え、テレビは見る気にならなかった。「もっと考えて行動すればよかった」。個展も、受験もあるのに動けない。独りぼっちで弱る自分の状況に恐怖と後悔が募った。
 「個展どうする?」。1週間ほどで施設を退所し、学校に戻りながらも、個展を中止した悔しさがくすぶっていた9月下旬。絵画教室の講師の提案に二つ返事で再挑戦を決め、制作を始めた。
 感染前から空をモチーフにしようと考えていた。友人との仲たがいや心の不調など、もともと嫌な出来事が多かった1年。つらい思いで眺めていた空がまた美しく見えるようになるまでの時間の流れを表現してみたかった。
 改めて絵に向き合うと、これまでなかった自分の気持ちに気付いた。友人とのおしゃべりや家族と囲む食卓など、何げない日々に幸せがあふれているという実感。もっと時間を大事にしたいという願い。コロナで孤独や何もできない時間を強いられたからこそ、さらに美しく見えるようになった世界をひたすら描いた。「思いを形にできて満足だけど、次はもっと先のレベルに進みたい」
 大学入試はもうすぐ。準備は決して万全ではないが前を向いている。「自分の心構えで日々が輝くとコロナ禍で知った。この経験はきっと人生を後押ししてくれる」。明け方の空のように澄んだ瞳を輝かせた。

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