自民党苦戦は何が原因なのか、岸田首相に考えてほしい。(歴史家・評論家 八幡和郎)

自民党公式サイトより引用

岸田内閣は、支持率は高くないが、不支持率は低いという政権である。世論調査を見ても岸田首相を枝野首相に変えたいという回答の比率は低い。にもかかわらず、各種の世論調査では自民党は大幅に議席を減らすことが予想されているし、静岡での参議院議員補欠選挙でも負けてしまった。

これはどうしてなのかだが、ひとつのキーワードは、安倍元首相が敵が多かったにもかかわらず、選挙には強かったこととの対比だろう。

もちろん、自民党の議席減は誰が首相でも仕方ない面もある。それは、前回の総選挙で、希望の党が失速して立憲民主党の評判がよかったものの、候補者が質量ともに足らなかったので、支持率にふさわしい議席をとれなかったことがある。今回は前回、希望の党から出ていたベテランが立憲民主党から出て前回よりはベターだ。

また、維新も勢いがなかったのが、今回は吉村大阪府知事という顔を得て大阪でも好調だし、比例区では全国で少しずつ議席を取れそうだ。

さらに、野党が統一候補を立てたことは、長期的には毒饅頭かもしれないが、今回に限れば議席増要因だ。

この三つの要素だけを考えても、自民党が30議席程度は減ることは自然なことで、これを基準に20議席減なら大勝利だということでないか。

そして、菅首相の電撃辞任、4人もの候補が出て電波ジャックとすらいわれた総裁選、新型コロナはほとんど収まっているなどを考えれば、この20議席減ほどで収めるのは十分に視野に入っていたのだが、いま、それが危ない。

どうしてかということだが、ひとつは、党と内閣の人事の稚拙さだ。もちろん、適材適所は十二分に考えられており、なかなか見事な人事なのだ。ただ、選挙向きではない。

もし、選挙に勝ちたいだけなら、かつて安倍晋三が総裁に復帰したときのように、ライバルだった河野太郎を幹事長にし、今回の総裁選挙で人気が急上昇した高市早苗を官房長官にでもすれば、少なくともさしあたっての総選挙では大勝利間違いなかった。

あるいは、高市が幹事長で、河野を政調会長にでもしても良かった。ところが、あまりにも地味で、安倍・麻生・甘利の3Aの意向を汲み、党幹部にはすねに傷を持つ古い政治家が並んだ。そこで、私は別のところで、「岸田政権:選挙大勝利や大改革より着実な前進」と書いた。

たしかに、甘利氏が練達の政治家で見識があるのに何の異議もない。候補者調整の見事さなどはその力が遺憾なく発揮されている。しかし、各党幹事長の政策論争でも、自身のスキャンダルの弁解でも、支持者を増やしたいなら、工夫がなさ過ぎで、どうして高市が河野にしておかなかったのかと普通は思う。来年の参議院選挙までは、それでよかったのである。

安倍首相は攻撃的だったから選挙に強かった

 自民党公式サイトより引用

もうひとつ迫力が出ていないのは、あまりにも防御的な姿勢である。ようやく、選挙戦が始まってから、共産党との選挙協力を攻撃しているが、遅い。安倍首相の「悪夢のような民主党政権」といった決めつけは、絶対にやめてはならないのだ。それをしっかりいわないから、彼らが「我が党は生まれ変わった」といって反撃するならわかるが、枝野代表に、「我が党は大臣経験者も多い」などと言わせている。

共産党にしても、なにしろ、G7の参加国で共産党が健在なのは、日本だけである。アメリカ、イギリス、カナダでは議席をもっていないし、ドイツではナチスとともに違憲とされたのち、東ドイツの政権党の残党が社民党の左派離党組とともに過去を反省した上で「左派党」を結成しているが、極右政党である「ドイツの選択」とともに、与党には入れるべきでないというのが、コンセンサスだ。

イタリアでは、いったん党名を変えて出直そうとしたが、結局、解党して、かつてのライバルだったキリスト教民主党の残党と一緒に、民主党という中道左派政党になることで政権参加している。

フランスでは、かつては20%もの支持率を持っていたが、いまは、社会党左派離党組と連合を組んで、ようやく生き延びている。

私は共産党の歴史的役割を否定ばかりするつもりはないし、むしろ、静かに消えるより、このへんで生まれ変わってポジティブな遺産を再生して欲しいと思うのである。

そんな世界のなかで、昔のままの共産党と選挙協力し、その支持を当てにして政権を目指そうというのは、相当に大胆なことで、「悪夢のような民主党政権」どころでないのだが、岸田自民党の攻撃は維新や公明党に比べてもおとなしい。

中国や韓国についても、安倍内閣のころよりさらに日本人の対中、対韓感情は悪化しているのに、これを攻撃しない。中国とは選挙のとき、批判したからその後の展開が難しくなるような性質のものでないのに不思議だ。

それに限らず、外交や防衛を重点的に取り上げないから、野党と自民党の対立がみえず、それこそ、モリカケ桜や河井夫妻の事件への対処が相違点のようになってしまっている。

経済政策についても、バラマキ合戦に加わってしまって、何が争点なのか分からなくなってしまった。そもそも、MMT理論とかを容認してしまうと、これまで革新政党のバラマキ要求を良識をもって否定してきたのが政権与党だったのは何だったのかすら問われる。自民党は、「連立相手の公明党もいろいろ提案されているので、協議して採り入れるべき所は採り入れたい」とでも言っておけばいいのであって、あまり安直な約束を確約することは避けてほしいものだ。

岸田首相は、所信表明演説で、「みんなで行けば遠くまで行ける」といったが、そのためには、新保守主義のように、「自分で遠くに行く気がある人だけ遠くに行けばいい」のでなく、「嫌な人も叱咤激励して、あるいは、強制に近いことしてでも一緒に遠くへ行こう」というのが、本来のリベラルな新資本主義のはずである。

宏池会出身の大平正芳首相が、一般消費税やグリーンカードの導入を嫌われること覚悟で訴えたのこそ、見習うべきだ。

たとえば、マイナンバーカードの取得と利用でもワクチン接種でも、世界のリベラル政権は、強制に近いことしているのである。逆にだからこそ、平等主義による経済不合理性をかなり克服できるのだ。

私は、そこをはっきりさせないから、唱えている方向性は正しいが、具体性に乏しくなることを危惧している。

第一党だったら過半数割れでも交替する必要ない?

   自民党公式サイトより引用

それから、選挙の勝敗だが、選挙の敗北とは、野党が過半数を獲得することである。まず、議席を減らすかどうかは関係ない。自民党で過半数とれなくとも連立与党の公明党とあわせて過半数なら完璧な勝利だ。

さらに、連立与党で過半数を取れなかったら野党に政権を渡すのか?普通は、第一党の代表が連立交渉に臨むのであろう。それが議院内閣制における憲政の常道だ。あまり、安直に、負けてもいないのに政権を投げ出すようなことを言うべきでない。

また、与野党拮抗が望ましいという人が世論調査で多いが、これもおかしな話だ。国民は改革やダイナミックでスピード感ある仕事を望んでないのだろうか。たとえば、ワクチン接種だって、野党が予防接種法の改正などで、足を引っ張らなかったら何ヶ月か前倒しできたはずだ。そういうことをもっというべきだろう。

だいたい、世界の常識として、大統領や首相は最低、4~5年、並みより上なら8~10年以上が常識だ。安倍首相の7年半だって短すぎたのである。

日本人はまた、自民党政権には変わって欲しくないが、自民党内で指導者交代を頻繁にやれとか、野党が首相が思いきったことできないように邪魔して欲しいとかいうが、これも異常だ。 

与党内の派閥争いで大統領や首相がかわるなんていうことは珍しいことなのだ。政権交代は、野党によって倒されることで実現するのが、普通だ。あとは、さすがに長すぎるとか、健康を害したとか、このままでは、次の総選挙で負けそうと云うときだけ与党内で指導者交代だ。

アメリカ大統領選挙だって、現職大統領に党内で本気で挑戦しようという人は少ないし、大統領のほうが再選を辞退するというのもかなり珍しいだろう。

日本の野党は、本気で政権交代を目指すのでなく、3分の1を確保して、憲法改正を阻止するとか、政府の政策のスピードを遅らせるとか生半可なものにすることに存在価値を見いだすことが主眼になってしまっている。

今回の総選挙で躍進したとしても、そのことが、さらにその次の選挙で政権を取るとか、何かの拍子に政権が転がり込んだら、あの「悪夢の民主党政権(私は自民党が使うような意味でなく、政権をとった当時の民主党の政治家にとってそうだったという意味で使いたい)」のようなことでなく、少なくともその次の総選挙でも勝てるような政策と人を育てて欲しいと思う。

ここまで書いたことでも分かるように、私は自民党の永久政権は好ましくないと考えているし、二大政党ないし二大勢力が交替で政権をとるのが民主主義の王道だと考えるからこそ与党にも野党にも苦言したいのだ。

© 選挙ドットコム株式会社