リチャード・カーペンターに聞く、キャリア初のソロ・ピアノ・アルバムの全貌

カーペンターズ(Carpenters)として、妹のカレンと共に一世を風靡した作曲/編曲/キーボード奏者、リチャード・カーペンター。そんな彼のキャリア初となるソロ・ピアノ・アルバム『Richard Carpenter’s Piano Songbook』が2021年10月22日にCDでリリースされた(海外、デジタルは2022年1月発売)。日本では大幅な先行発売となった本作は、リチャードが生み出したカーペンターズの名曲の数々が彼自身のソロ・ピアノで奏でるという珠玉の内容だ。

そして本作のリリースを記念し、今回はリチャードへ貴重なインタビューを敢行。インタビューはカーペンターズ研究家として国内外で広く知られ、リチャードとも親交がある小倉悠加氏が担当した。本作が実現したいきさつやレコーディングのエピソード、さらには今後の展望についてリチャードがたっぷりと語ってくれた模様をお届けする。

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リチャード・カーペンターが『Carpenters with the Royal Philharmonic Orchestra』以来、3年ぶりとなるアルバム『Richard Carpenter’s Piano Songbook』を発表した。それもキャリア初となるソロ・ピアノで、珠玉のカーペンターズ作品を奏でるというファン垂涎の内容。リチャードが来日すると、テレビ番組ではソロ・ピアノでカーペンターズ・ナンバーを披露することが多い。既にソロ・ピアノ・アルバムを出していないのが不思議なくらいだ。

美しいメロディが際立つカーペンターズのヒット曲を、リチャードならではのバランスのよさで奏でるソロ・ピアノ・アルバム。話題にならない訳がない。本来なら来日してアルバムのプロモーションを行うところだが、まだまだ制約の多い昨今なので、今回はネット経由でのインタビュー。彼と私が直接話をするのも、前回のアルバム以来のこととなった。

画面の前に現れたリチャードは血色もよく、カジュアルな白いTシャツ姿で、カリフォルニア感満載。筆者の私はアイスランドという国で暮らしているためセーター姿。その違いに笑ってしまう。

さっそく、ソロ・ピアノでアルバムを出すきっかけを尋ねた。

「2019年、『Carpenters with the Royal Philharmonic Orchestra』のアルバム・プロモーションで日本へ行った。朝のテレビ番組に出演した際、何かを弾いてほしいというので、“I Need to Be in Love(青春の輝き)”ともう一曲を披露した。アメリカの自宅に戻ると、それを見たというイギリスのデッカの担当者から連絡が入り、ソロ・ピアノでアルバムを作らないかと持ちかけられた。確かにそれもありかと思い制作することにした。ずっとオーケストラとヴォーカルのアレンジばかりをしていたので、ソロ・ピアノとなると勝手が違うとはいえ、でも結局こうしてアルバムが完成した」と嬉しそうに話してくれた。

今回のアルバムにはカーペンターズが大ヒットさせた馴染みの曲が並ぶ。レコーディングも馴染みのスタジオかと思っていたが、今回使用したThe Nestとは古巣という意味ではなく、彼の自宅から20分ほどの音響のいいスタジオだという。ロイヤル・フィルハーモニーのアルバム作業の一部もそこで行っている。ちなみに、このアルバムのプロモーション・ビデオは古巣の旧A&M/現ヘンソン・スタジオで録画されている。

「レコーディング自体にかかったのは10時間かそこらだと思う。それよりスタジオのピアノの音がどうしても気に入らず、、結局は自宅からスタインウェイを運んだ。そのために何日かを費やした」

音の細部までこだわるリチャードらしいエピソードだ。それから近年リチャードは、スタインウェイのアーティストになったという。聞き慣れたヒット曲が続くが、一曲だけ「この曲は何だろう?」という聞き慣れないイントロがあった。それがグループの運命を決めた1970年の大ヒット曲「Close to you(遙かなる影)」だ。

「今回のイントロはヴォーカル・ヴァージョンとは違う。この曲のアレンジの話をするには――まずバカラックのオリジナルのアレンジはヴォーカル向きじゃないと思った。だから私は軽い感じのスローシャッフルにした。例えば、同じ音が続く箇所がある。そのままではつまらない。”So they sprinkled moon dust in your hair of gold and starlight in your eyes of blue”のところだ(と歌ってくれる)。ここを軽くシャッフルさせ、その後に5連符とブリッジのメロディを使っての即興を入れた…あれ、別の話になってきたね」と、ことアレンジに関しては説明が細かくなるリチャードらしいリアクションだった。

カーペンターズを聞くだけでなく、歌うことも好きな私は、このアルバムは半音ほどキーが高くなっていることに気づいた。半音は微妙な違いだが、カレンの声は低いので、私がその低音が出せるか出せないかは、この半音がとても大きい。

「“Close to you”のオリジナル・キーはGだ。ドミナント・セブンスから始まり、ファースト・コーラスがある。その後にブラスの音を入れた。ブラスの後はAフラットから始まる。暖かな音だからだ。そして私のスタインウェイのAフラット、この曲のイントロの、最初の一番低い音はとても美しい。カーペンターズ時代から長年マスタリングを担当してくれているバーニー・グランドマンも、このAフラットの素晴らしさを絶賛してくれた」

今回のアルバムで最もアレンジが難しかったのも、この「Close to you」だという。あまり時間がかからなかったのは「Eve(眠れない夜)」と「Rainy Days and Mondays(雨の日と月曜日は)」だった。

「We’ve Only Just Begun(愛のプレリュード)」「I Need To Be In Love(青春の輝き)」「For All We Know(ふたりの誓い)」等、誰もが知る名曲が続く中、ポツンと出てくるのが「Eve(眠れない夜)」だ。リチャードが学友だった作詞家ジョン・ベティスと組んで書いた初期の一曲で、カーペンターズのデビュー・アルバムに収められている。

「無名だからダメというわけじゃないだろう」とはその通り。ジョンはこの曲に関して、「作曲家と一体になって曲を作るとはどういうことなのか、奇跡のような瞬間を初めて感じた曲だった」と語っていた。二人はその後、「Yesterday Once More」「Top of the world」等の大ヒットを書くことになる。

カーペンターズは多重録音のコーラスが売り物でもあった。今回のソロ・ピアノはピアノ一本なのか、それとも音を重ねた部分があったのかも尋ねてみた。

「そこは、どうしようかと考えたところだった。特に“Top of the world”は迷った。レス・ポール的なものにしたいとなると、時間もかかる。それなら次のアルバムでやろうと思ってる。少なくともこの一曲は実験的にオーバーダビングするつもりだ。なので今回のアルバムは、ソロ・ピアノに徹した。ダビングはしていない」

やった、次作がある!

「まだそこまで具体的に考えたわけじゃないが、“Only Yesterday” “I Just Fall in Love Again(想い出にさよなら)” “Bless the Beasts and Children(動物と子供達の詩)”あたりは入れたい。その他、映画のテーマやピアノをフィーチュアしたヒット曲などを収録したい。“ロミオとジュリエット”や“アパートの鍵貸します”などだ。今回のアルバムはジャズ的な即興を取り入れつつ、ピアノ・ソロのテクニックの出しすぎにならないようバランスに腐心した。自作は少し違う趣向でやりたいと思ってる」

このアルバムのタイトルが『Richard Carpenter’s Piano Songbook』と聞いた時、私は楽譜をリリースするのだと誤解した。

「ピアノや傘のパーツが色とりどりのアートワークを見た時、なかなかよく出来てると思った。きっと楽譜は出すと思う。初心者でも弾けるヴァージョンと、私が弾いたものを忠実に音符に起こした楽譜の二種があるといいと思ってる。ただ、コロナで計画がめちゃくちゃになってきてるので、どうなることやらだ」

本来、このアルバムと同時期に、リチャードが全面的に協力・監修した書籍『Carpenters : The Music Legacy』も発表となる予定だった。それが来年になったとか。また、アルバム『Christmas Portrait』のリメイクも、コロナの関係で遅れていると教えてくれた。

「それも一年前には出ていて然るべきだった。2020年にスタジオが使えなくなり、まだ何も手を付けていない。やりたいことはわかっていて、2008年のユニバーサルの火事で焼けなかったカーペンターズの音源マスターは見つけてある。唯一欠けているのは、2枚目のクリスマス・アルバムに収録された“Overture(序曲)”のみだ。必要なのは最初の一分間。その部分は、必要ならばまたレコーディングすればいいと思っている」

『クリスマス・ポートレイト』のリメイクとは、具体的にどうするのか?

「スペシャル・エディションとして私が気に入っている曲を選び、カレンの声にリバーブをかけずリミックスする予定だ。特に“Santa Claus is Coming to Town(サンタが街にやってくる)”は2ヴァージョンを作ろうかと」

カーペンターズ・ファンにとってはたまらない企画になりそうだ。が、どこの国でもそうかもしれないが、コロナ規制が緩和される予定に従いスタジオを予約しても、結局スタジオはキャンセルとなり、そんな二転三転が続き、「どうにも計画が立てられない」と半ば諦めにも似た困った表情を見せた。同様に、アルバムのリリースに伴うライブ活動なども計画ができない。

「それが本当に残念なところだ。日本へはぜひ行きたいし、ライブ演奏もしたい」

リチャード最後の来日公演は1997年3月9日。前作のソロ・アルバム『Pianist, Arranger, Composer, Conductor(新たなる輝き~イエスタデイ・ワンス・モア)』のリリース時に、日本武道館でフル・オーケストラを迎えての華やかなコンサートだった。

「日本でツアーするのであれば、ソロ・ピアノでやりたい。弦楽器等は一切なしで、ピアノ演奏にこだわりたい」という意気込みだ。それはぜひ実現してほしい。

リチャードは奥様のメアリーと子供たちを伴って来日することが多い。彼には5人の子供がいる。音楽的な才能があれば、父親の歩んだ道を進むのでは?と密かに期待していたファンも少なくないだろう。実際リチャードは、特別なイベント時に次女のトレイシーや三女のミンディをヴォーカリストに立てたこともあった。特にミンディは日本のテレビでも歌ったことがあったのではと思う。長男のコリン・ポールは、一時期フィナーレ(FINALE)というボーイ・グループの一員だったこともある。が、現在は医大生として学業に専念している。

子供たちが音楽の道を選ばなかったことを、リチャードはどう感じているのだろう。

「親になるとわかった時、子供たちに音楽を強要することはやめようと心に誓った。もちろん興味があってやりたいというのであれば、うれしいし協力はする。ミンディが一番いい声のシンガーだが、レコーディングは嫌いだったし音楽に興味がないという。落胆?してないよ。仕方がない。興味がないというのだから」と、案外クールだ。

最後に、Facebookのグループ経由で日本のファンから、カーペンターズの音源やリリースに関する質問を預かっていたので、その質問を伝えた。

音質重視のSACDでの再リリースに関しては、「SACD? あれはもう死んだフォーマットだ」と一刀両断。同様にレコード盤もグラム数の大きいものではなく、「僕だけの好みかもしれないが、普通の薄いレコード盤がいい!」

あれ?リチャードって高音質なら何でもウェルカムじゃないんだ、とショックを受けた(笑)。

ごく個人的な感想に尽きるが、約20年ぶりの会話はとても楽しかった。リチャードからは筆者が今アイスランドに在住していることについて、「どうしてアイスランドなの?」と逆に質問されたり、奥様がご挨拶に出てくださったりと、なつかしくて仕方がなかった。20年も会っていないのが嘘のようなひとときだった。

Interviewed & Written By 小倉悠加

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**リチャード・カーペンター『Richard Carpenter’s Piano Songbook』
**2021年10月22日日本盤CD発売
2022年1月14日デジタル配信

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