米軍基地で「防衛マネー」流れ込む集落の光と影 「本音は来てほしくなかった」

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丹後半島を一周する国道178号沿いにある米軍経ケ岬通信所のフェンスには「WARNING」と書かれた看板が掲げられていた(京都府京丹後市丹後町袖志)

 鉛色の空、小さな漁港で砕ける白波。10月下旬、京都府最北の集落・京丹後市丹後町袖志地区は「うらにし」と呼ばれる冷たい風雨に見舞われた。市中心部の峰山町から車で40分、フロントガラスは塩で真っ白になった。

 2014年、地区の隣に米軍レーダー基地「経ケ岬通信所」ができた。北朝鮮のミサイルを探知する「Xバンドレーダー」を備え、軍人・軍属約160人が所属する。「WARNING United States Area(警告 米国域)」の看板が物々しい。

 「国防だから仕方ないという思い。本音は来てほしくなかった」と地元の60代男性は話す。当初、突然の基地計画に地域は戸惑った。土地の賃貸、売却を求めて防衛省が各家を回り、「あの家は売ったらしい」「(反対で)迷惑かけられん」。住民が揺れる中、市は安全対策や産業振興など10項目の要望を国に提出し、基地を受け入れた。

 稼働から7年。市に「防衛マネー」が流れ込む。防衛省の交付金や補助金は、13年度以降で計38億円を超えた。漁港や有害鳥獣防除柵の整備が進み、全市の小学校に電子黒板が配備された。最寄りの診療所の経営も支える。

 市基地対策室の松本優室長は「正直、自主財源に乏しい自治体には大助かり。米軍が今後も良き隣人であれば」と話す。財源を依存すれば基地が「必要不可欠な存在」になる可能性があるが、松本室長は「麻薬的かどうか、想像がつかない」と苦笑いした。

 一方、袖志地区の将来像は描けない。04年に245人いた住民は、21年は156人と36%も減った。市全体の同期間の減少率19%を大幅に上回る。近くのスーパーは19年に閉店し、高齢化で免許返納が進む同地区の「買い物難民」は20世帯を超える。半世紀近く地元の子どもたちをはぐくんできた宇川小の統廃合も浮上する。男性はぼやく。「結局、何も残らず、30年後なんか全く想像できない」

 明治時代から旧日本軍が演習場を置き、「国防」と共存してきた滋賀県高島市も岐路に立つ。

 国は18年、同市にある陸上自衛隊今津駐屯地を23年度までに再編する方針を表明。約650人(昨年度末)の駐在隊員が大幅に減る可能性が浮上した。駐屯地や隣接する饗庭野演習場の恩恵として過去10年間で計約72億円に上った市への交付金や補助金は、再編次第で減額もあり得る。

 「自衛隊はあって当たり前の存在。若い人がいない地域で隊員が減れば、災害や有事の際は誰が助けてくれるのか」。駐屯地の近くで和食店を営む70歳の男性は再編の行く末を案じる。新型コロナウイルスが感染拡大する前は、自衛隊関係者が店の売上の約2割を支えていたという。

 18年以降、砲弾誤射などの事故が計3度あり、住民の車が損壊したこともあった。一方、県と市は防衛省に駐屯地の維持・強化を再三要望している。「国防」は地方自治体と地域経済に深く根を張り、切り離せない存在になっている。