元最高裁裁判官も疑問 一人も罷免されない国民審査 山本庸幸さん、制度を語る

元最高裁裁判官の山本庸幸さん

 10月31日の衆院選投票時に併せて実施される最高裁裁判官の国民審査。これまで、信任を得られずに罷免された裁判官は1人もいない。制度そのものに疑問を持つ国民も多い。最高裁裁判官自身はどう考えているのだろうか。元最高裁裁判官の山本庸幸さんに、制度の問題点について語ってもらった。(共同通信=酒井沙知子)

 ▽「それは無効となります」

 国民審査制度は憲法上、国民が裁判所をコントロールする直接民主制の形を体現した珍しい制度だ。考え方としては良いが、実質的に機能しているかどうかは疑問だ。しかしながら、抜本的な見直しは憲法改正が必要となり、現実的ではない。任命後に審査する現行制度に加え、任命前に裁判官としての適格性をチェックする機会を新たに設けるよう提案したい。

 現在の国民審査制度は、国民審査法に基づいて罷免したい候補に「×」をつけることになっており、分かりづらい。私の国民審査が終わった直後、長い間連絡のない友人から「おめでとう。君の名前の上に、喜んで二重丸を付けた」と電話があった。「それは無効となります」とは、つい言いそびれた。

最高裁判所=東京都千代田区

 任命直後でも、衆院選があれば審査対象となる。私の場合、就任して1年余りでの審査だったが、就任間もなくて裁判の実績がほとんどない同僚もいた。また、審査を控え、事務総局から渡された公報の書式は「略歴、関与した裁判、裁判官の心構えを、一行29字以内で60行にして、書いてください」というものだった。こんなわずかなスペースでは、実のある内容はまず書けないと思った。

 衆議院議員の任期満了まで解散がなければ、4年ほど審査の間隔が開く。任命時に66歳を超えている場合、一回も国民審査を経ないまま70歳の定年を迎えてしまう。実際に、宮崎裕子元裁判官は史上初めて、審査を受けないまま定年退官した。

 ▽現状維持しかない?

 問題のある国民審査だが、これを改める憲法改正は、まずできない。国民審査法も「×」方式の再検討や、選挙公報の充実を図るといったこまごまとした改正が限度だろう。だから「誰もがひどいと思う裁判官が居座るような限界的な事例への最終手段」ととらえ、現状維持とするほかない。

山本庸幸さん

 そうであれば、任命後の罷免ではなく、内閣が何の制約なしに最高裁の裁判官を任命できる現在の仕組みを補う制度を導入すべきと考える。具体的には、内閣が任命しようとする裁判官候補者に対する国会での参考人聴取だ。

 最高裁の裁判官は内閣が任命する。憲法が規定しているので、変えられない。これを補う制度として、内閣法を改正し、「内閣は、最高裁判所の裁判官を任命しようとするときは、あらかじめ、国会の意見を聴かなければならない」という条文を追加してはどうか。

 意見聴取の手続きを通じ、候補者の能力が明らかになり、聴取に耐えられる人物だけが裁判官に任命される。事前の意見聴取だけであれば内閣の任命権は侵害されない。国会が反対しても内閣が任命する余地はあるが、世論の反発を招く。内閣も無理はしないだろう。

 ▽新たな仕組みを考慮すべき時期

 米国では、最高裁の裁判官に指名された候補者を議会に呼び、公聴会が開かれる。質問に候補者本人が答え、受け答えによって指名辞退に追い込まれることもある。これこそ民主国家の裁判官選任のあるべき姿だと思っている。

 最高裁の裁判官の仕事は、時として人の人生や生死にかかわる事件を扱う極めて責任の重いものであり、私自身、日々そう感じながら職務を遂行してきた。国会の事前チェックもなく内閣の自由な裁量で任命される制度設計になっているというのは、考えてみれば驚くべきことだ。

今年2月、那覇市の孔子廟を巡る政教分離が問われた住民訴訟の上告審判決が言い渡された最高裁大法廷(代表撮影)

 どのような人が最高裁の裁判官になるのか、国民の多くが知らないまま、ブラックボックスであってよいはずがない。一回も審査を経ずに退官する方も出た。この際、国民審査制度を補い、任命前に国会で意見聴取する機会を設ける仕組みの導入を考慮すべき時期に来ている。

   ×   ×

 やまもと・つねゆき 1949年、愛知県生まれ。通産省勤務、内閣法制局長官などを経て、2013年8月~19年9月、最高裁判事。就任時の記者会見では「集団的自衛権の行使は従来の憲法解釈では容認は難しい。実現するには憲法改正が適切だろうが、それは国民と国会の判断だ」と発言した。

   ×   ×   ×

 今回の国民審査の対象となる最高裁裁判官11人へのアンケート結果や重要判決に対する個別の判断はこちら

https://www.47news.jp/politics/shuinsenkyo2021?sjkd_page=cont_KA61260c4839273_KA617139fad31f7

© 一般社団法人共同通信社