メンタルヘルス「大丈夫じゃなくても大丈夫」 五輪の枠超え、大坂選手に救われた人も

 新型コロナウイルスの影響で1年延期された東京五輪・パラリンピックは選手の「メンタルヘルス(心の健康)」への影響も注目を集めた。体も心も屈強なイメージがあるアスリートも精神面での悩みと無縁ではなく、各国でこの問題への取り組みが始まるなど、「心の病」の捉え方は変わりつつある。10月10日の「世界メンタルヘルス・デー」ではアスリートらによる発信も続いた。節目を機に現状を追った。(共同通信=木村督士)

 ▽アイコンの告白

 五輪に先駆けてテニス女子の大坂なおみ選手が声を上げた。黒人差別反対運動「ブラック・ライブズ・マター(BLM=黒人の命も大事だ)」に賛同し、一躍グローバル・アイコン(象徴的な存在)となった大坂選手は全仏オープンで精神的負担を理由に記者会見を拒否し「うつ」を告白。米タイム誌の手記ではメンタルヘルスに対する理解を求めた。国立精神・神経医療研究センターの小塩靖崇(おじお・やすたか)氏は「いろんな見方はあるが、救われた人は多いんじゃないか。アスリートが『私も不調を経験している』『つらいと言ってもいい社会をつくりたい』と言ってくれるのは勇気が湧くこと」と受け止める。

2020年9月、全米オープン女子シングルスで優勝し、インタビューの質問に答える大坂なおみ選手(AP=共同)

 ▽東京五輪・パラリンピックを経て

 小塩氏は「(東京大会が)コロナ禍で行われたこともあって、一般の人にとっても期間中はメンタルヘルスについて考える機会になった」と語る。

 東京五輪では体操女子のシモーン・バイルス選手(米国)が心の健康を理由に一部の演技を見送ったことが反響を呼んだ。同五輪に出場したゴルフ男子のロリー・マキロイ選手(英国)は大坂、バイルス両選手に「非常に感銘を受けた」とし、「もはやタブーじゃない。膝や肘を痛めるのと同様、精神的に100パーセント大丈夫と感じないのであればそれもけがだ」と述べた。

 国際オリンピック委員会(IOC)は10日に合わせてバイルス選手のインタビューを公式サイトで公開。バイルス選手は「サポート体制を使うことが本当に重要。私たちは自分でできると思っても、できない時がある」と周囲に助けを求める重要性を説いた。

 IOCは五輪前に心の健康に関する事例、対処法などを集めた文書を発表。今後公開が待たれる日本語訳を担当する小塩氏は「メンタルヘルス・リテラシー(理解)を高める教材」と説明する。

オンライン取材に応じる国立精神・神経医療研究センターの小塩靖崇氏

 ▽五輪の枠を超えた選手らのアピール

 今年の世界メンタルヘルス・デーには、五輪にとどまらない各界の選手らから支援の声が相次いだ。競泳男子の元スター選手でうつなどに苦しんだ経験を語ってきたマイケル・フェルプスさん(米国)はインスタグラムでハッシュタグ(検索目印)で世界メンタルヘルス・デーに触れた上で「IT’S OK TO NOT BE OK(大丈夫じゃなくても大丈夫だよ)」と投稿した。

2016年リオデジャネイロ大会の競泳男子200㍍個人メドレーで4連覇を果たしたマイケル・フェルプスさん(共同)

 テニスの四大大会の全仏オープンで昨年の女子シングルスを制した実績を持つイガ・シフィオンテク選手(ポーランド)は10日に出場大会の賞金の一部を寄付することを宣言。SNSに「意識を高めることは大事。フェルプスが記したように『大丈夫じゃなくても大丈夫』。非営利のメンタルヘルス支援に5万ドル(約565万円)を寄付する」と書き込んだ。

イガ・シフィオンテク選手(ロイター=共同)

 サッカーJ1神戸のイニエスタ選手(スペイン)もツイッターを通じ「声を上げることはみんなの責任です。乗り越えられるように頑張っているあなたを、全力で応援します!」と日本語のメッセージで呼び掛けた。

サッカーJ1神戸のイニエスタ選手(右)

 ▽今後の課題

 小塩氏は今後のスポーツ界の課題として、フィジカルとメンタルの健康を「同等に扱えるようにシステムから整えていく必要がある」と提言。来年度から高校の保健体育で精神疾患についての学習が復活することについても「一般の人たちの理解を高めるきっかけになる」と期待した。

 毎年10月10日にある世界メンタルヘルス・デーの意義について「自分の心の健康ってどうなんだろうとか、自分の大切な人のメンタルヘルスについて考える機会になれば。そういう意味で大事なことなんじゃないか」と述べた。

  ×   ×  

 世界メンタルヘルス・デー 1992年10月10日に世界精神保健連盟がメンタルヘルスについて支持を訴える活動として始めた。現在では世界保健機関(WHO)も協賛。毎年10月10日が正式な国際デー(国際記念日)として認められている。WHOは世界中で認知度を高め、メンタルヘルスのサポートに力を結集させる狙いがあるとしている。

☆関連記事はこちら

心の不調は病気やけがと同じ、告白する勇気を メンタルトレーニング指導士の田中ウルヴェ京さんに聞くhttps://www.47news.jp/47reporters/6975340.html

© 一般社団法人共同通信社