罷免にならず「ほっとした」元最高裁裁判官 千葉勝美さんが語る国民審査

元最高裁裁判官の千葉勝美さん

 10月31日の衆院選投票時に併せて実施される最高裁裁判官の国民審査。これまで、信任を得られずに罷免された裁判官は1人もいない。制度そのものに疑問を持つ国民も多い。最高裁裁判官自身はどう考えているのだろうか。元最高裁裁判官の千葉勝美さんに、国民審査制度について語ってもらった。(共同通信=松本晃)

 ▽リコール制度のようなもの

 過去に国民審査で罷免された裁判官がいないのは、人格、識見、能力などから判断し、裁判官としてふさわしくない人がいなかったということだろう。罷免が一度もないことをもって、制度が機能していないとまでは言えないし、国民の声を反映させる一つの仕組みとして役割を果たしている。裁判官は毎回審査に対し真摯に取り組んでおり、司法に対する国民の信頼や理解が深まることにつながってほしい。

 多数決は民主主義の基本だが、裁判は世の中の多数が支持する意見を探してきて結論を出すのではなく、裁判官が独立した立場で憲法の理念に沿って正義にかなう判断をしていく。極論すれば、ほとんどの人が違うと言っていても、逆の結論が正しいと思ったらそうした判断を下せる。

千葉勝美さん

国民審査は、その能力などから裁判官にふさわしくないと判断した場合に、罷免を求める仕組みである。定期的に行われるリコール制度のようなものだ。

 裁判官は、国会議員のように多数の意見を気にするのではなく、法に従って仕事をしている。裁判の結論や裁判官の意見に納得がいかない人が、必ずしもその裁判官の罷免を求めるとも言えない。同時に、罷免されなかったことをもって、裁判そのものに賛意が示されたとも言えないだろう。

 ▽公報作成や取材対応に苦心

 自分が2012年に審査を受けた時は、「どうせ罷免になんてなりませんよ」と言ってくれる人もいたが、不安がないわけではなかった。自分以外の9人の裁判官も全員が緊張感を持っていて、公報の作成や報道機関の取材対応などに苦心していた。関与した裁判や心構えの他、趣味や愛読書など、自分の実像を知ってもらおうと工夫を重ねたが、紙幅に限界があり、なかなか難しかった。

 結果として罷免にはならなかったが、正直ほっとした。個人的には最高裁では判決時の個別意見を非常に多く書いてきたので、そういうことをしていると罷免を求める数が多くなるんじゃないかという不安もあった。

最高裁判所=東京都千代田区

 最高裁事務総局の秘書課長時代には審査前の事務作業などを担当したが、その時の裁判官の皆さんも真剣そのものだった。一般的な関心は決して高くないかもしれないが、審査を受ける側はいつも誠実に取り組んでいるという印象だ。

 ▽実像知ってもらう機会少ない

 現行の審査制度の是非についてのコメントは差し控えたいが、司法に国民の意思を反映させる制度の一つだと認識している。国民審査を経ることで、裁判官の任命における民主的な事後のチェックが行われてきたという評価をすることもできる。

 裁判官の実像が分からない、顔が見えないと言われることがよくある。確かに裁判官が裁判以外で何かを発信する機会は限られており、実像を知ってもらう機会は大変少ない。国民審査を通し、裁判官一人一人がその考え方を真摯に伝え、司法と国民の距離が近くなり、司法への信頼や理解につながってほしいと考えている。

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 ちば・かつみ 1946年、北海道生まれ。72年に判事補に任官し、最高裁の秘書課長兼広報課長や民事局長兼行政局長、首席調査官など要職を歴任した。仙台高裁長官を経て、2009年12月~16年8月に最高裁判事を務めた。退官後は弁護士として活動している。

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 今回の国民審査の対象となる最高裁裁判官11人が、夫婦別姓などの重要裁判でどのような判断を下したかや、それぞれへのアンケート結果はこちら。

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47NEWSサイトより

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