「強制送還違憲」の判決が射ぬく入管難民行政の欠陥 人権侵害・司法軽視露わに

2019年4月1日、出入国在留管理庁が発足。看板除幕式での山下貴司法相(当時)と佐々木聖子初代長官=東京・霞が関(代表撮影)

 これほど完璧に敗れた裁判で、いったい国側はどんな主張をしたのだろうか。スリランカ人の男性2人に難民不認定を通知した翌朝、強制送還したのは「裁判を受ける権利を侵害した憲法違反」と言い切った9月22日の東京高裁判決。

 国は上告を断念したが、法廷で展開された出入国在留管理庁の論理を追ってみると、あらためて人権意識の低さや司法軽視の体質が浮き彫りになった。判決は日本の入管難民行政に強く警鐘を鳴らしている。(ジャーナリスト、元TBSテレビ社会部長=神田和則)

 ▽限りなく高く、冷たい“裁判所の壁”

 原告が敗訴した一審判決は、憲法が規定した「裁判を受ける権利」よりも、入管難民法の「速やかな強制送還」を重視した。弱い立場にある人を救済するどころか、司法が入管に忖度(そんたく)したとも取れる内容で、もし控訴審もこの判断を維持してしまったらという懸念は拭い切れなかった。それだけに、原告側の逆転勝訴の一報に正直ほっとした。

 入管を相手にした訴訟を取材していると、“裁判所の壁”は原告にとって限りなく高く、冷たく立ちはだかっていると感じる。今回も強制送還されてから東京高裁判決が出るまでに7年を費やした。当たり前の主張が認められるまで、これほど時間がかかったことを、最初に強調して話を進めたい。

 ▽意図的に遅らせた異議棄却の告知を

 経過を振り返る。

 スリランカ人のAさんとBさんは不法残留で逮捕され、入管施設に収容された。退去強制令書が出されたが、仮放免が認められ、一時的に収容を解かれた。

 この間に難民認定を申請、不認定となったため、2011年~12年に異議を申し立てた。

 異議申し立てが棄却されたのは、Aさんが14年11月7日、Bさんはそれより1週間前の10月31日だった。入管はこの決定をすぐには伝えず、12月17日、2人が仮放免の延長のため東京入管を訪れた際に告知した。2人とも不認定取り消しの裁判を起こしたいとの意向を示したが、翌18日午前6時前、飛行機で強制送還された。

 判決文から3点に絞り、入管の主張と高裁の判断を要約、対比する。

 第1の争点は「入管は告知を意図的に遅らせたのか」。

 入管はこう主張した。

 「入管難民法上、決定を本人に通知すべき時期は定められていない」「記録は本省から各地方入管局に郵送、事務処理で1カ月程度かかるのは一般的」「通知は通訳を確保して本人に対面で決定書を渡すので、確実な出頭が期待できる日を指定する必要がある。仮放免中の出頭日ならば、出頭しないと許可が取り消されることがあるので、確実な出頭が見込まれる」「ことさら通常より遅らせたものではない」

 高裁判決は次のように述べた。

 「難民異議申立事務取扱要領には(地方入管局は、当時の)法務省入国管理局長から結果の通知を受けた時は、速やかに出頭通知書を送るか、電話で出頭通知をすることが定められている」

 「事務手続きに一定の時間を要するとしても、相当な時間(注・Aさんは40日、Bさんは47日)が経過しているにもかかわらず、あえて仮放免許可の更新手続きのため入管に出頭する時まで告知を差し控えるべき理由は見いだし難い」

 「2人は12月17日以前にも仮放免許可の更新手続きで東京入管に出頭していた。また遅くとも10月23日時点でチャーター機で送還される対象者とされていた。これらを前提にすると、2人を集団送還の対象として、予定どおり実施するために、あえて告知を送還直前まで遅らせたと解さざるを得ない」

強制送還違憲判決後、スリランカ出身の男性2人の代理人弁護士らが記者会見=22日午後、東京・霞が関の司法記者クラブ

 ▽司法審査受ける機会奪う

 第2の争点は「裁判を受ける権利は奪われたのか」という点だ。

 入管は「弁護士から送還予定時期の通知希望申し出書が提出された場合、おおむね2カ月前に通知している。それを受けていれば送還の予定時期までに退去強制令書発付処分の取り消し訴訟を起こすことができた」「裁判を受ける権利には十分配慮している」と主張した。

 これに対し高裁は次のように判断した。

 「2人は告知後、直ちに収容され、外部との連絡を取ることができないまま翌日、送還された」「Aさんは弁護士を特定して、連絡を取りたい、訴訟を提起したいと何度も訴えたが、約30分間に5回電話する機会を与えられただけで、連絡が取れないまま送還された」「Bさんも、提訴したいと述べたのにそのまま送還された」「いずれも取り消し訴訟を起こす意向があったにもかかわらず事実上不可能だったと認められる」

 「入管職員は事実上、第三者と連絡することを認めずに強制送還した。難民該当性に対する司法審査を受ける機会を実質的に奪ったと評価すべきで、憲法で保障する裁判を受ける権利を侵害した」

 第3の争点は、2人が「在留を続けるために難民認定申請を乱用したのか」という点だ。まず入管側の主張から。

 「Aさんは、合理的な理由なく12年以上も難民認定申請せず、不法滞在で逮捕後に初めて申請した。これらの経緯からすれば、真実難民として保護を求めて来日したのではなく、不法就労を目的として入国し、在留し続けるための方便として難民認定申請をしたことが強く疑われる」

 「Bさんが迫害を受ける理由は、叔父との間の土地の相続トラブルであり、帰国すると叔父側から殺害されるというもので、迫害主体はスリランカ政府ではないし、難民条約の迫害理由に該当しない。入国後、7年3カ月も難民認定申請をせず、不法就労を続け、逮捕後に初めて申請した。乱用的に行われた」

 これに対して判決は「難民に該当するかどうかと、司法審査を受ける機会の保障は別問題だ。難民申請が乱用的かどうかも含めて司法審査の対象とされるべきで、機会を実質的に奪うことが許容されるものではない」と断じた。

 ▽「殺される」「怖い」「弁護士さん呼んで」

 入管側の主張を全体として見ると、人権意識の低さと組織的欠陥、そして司法軽視が浮かび上がる。

 原告弁護団の高橋済(わたる)弁護士は「在留資格のない外国人には、何をしてもいいんだという姿勢が表れている」と憤る。

 異議申し立て棄却の告知時期について言えば、国は「法は時期を定めていない」「確実な出頭のために仮放免手続きの日にした」などと釈明した。しかし、裁判所は「告知に40日もかける必要はない」と突き放した。

 理由にならない理由をはぎとってしまえば、残るのは無理やり送り返した事実だけだ。法律上、難民認定の手続き中は送還できない。だから、異議申し立ての棄却で法の効力が途切れた瞬間を突いた。仮放免手続きだと思って出頭した人を、外部と連絡も取らせずに、恐れている祖国に強制送還した。

 入管が撮影した映像には、告知後、Aさんが「殺される」「怖い」と繰り返し「弁護士さん呼んで」「裁判、裁判」と必死に求める場面が記録されている。名古屋入管で収容中に亡くなったスリランカ人女性、ウイシュマ・サンダマリさんの悲劇が重なって見える映像だ。ウイシュマさんの命の灯が日々弱まっていっても、支援者が何度も入院や点滴を求めても、職員は何もせず、侮辱的な言葉すら吐いた。人権感覚の鈍さ、人権意識の低さに目を覆う。

亡くなったウィシュマ・サンダマリさんの妹ワヨミさん(手前中央)とポールニマさん(同右)が生前の様子を収めた監視カメラ映像の開示を求め、出入国在留管理庁に向かう=9月10日、東京都千代田区

 判決は異議申し立ての棄却決定が出る前の10月23日時点で、すでに2人が送還対象リストに載せられていたと指摘している。審査は途中なのに、なぜか強制送還が決まっていた。出入国管理と難民保護という目的の異なる仕事を同じ入管庁が担当しているため、二つの部門が連動して、在留資格のない人を閉め出すことを可能にしている。組織的な欠陥といえよう。

 高橋弁護士は「難民保護に特化した独立行政委員会などをつくるべきだ」と語る。

 ▽SDGsの時代に逆行

 そして司法軽視。難民認定制度を2人が乱用していると主張する入管に対して、東京高裁は「それは裁判所が判断することだ」と明確にくぎを刺した。

 先に政府が国会に提出した入管難民法改正案では、3回以上の難民申請者を送還対象とし、裁判を受ける機会を奪おうとした。成立断念に追い込まれたが、難民保護に取り組む弁護士や関係者は、入管当局が諦めたとは考えてはいない。小手先の修正で新たな改正案を提出してくる可能性は十分にある。

 だが「だれ一人取り残さない」というSDGsへの対応が叫ばれるこの時代に、保護を求める人をだまし討ちのようなやり方で強制送還するような組織を、そのままの形で存続させていいのだろうか。入管庁は、難民認定や収容、仮放免、退去強制や強制送還の権限を一手に握っているのだ。

 このたびの東京高裁判決は、わが国の入管と難民保護のあり方を根本から問うている。そう受け止めるべきだ。

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