「星野リゾート」参入で町並み一変  リニューアルに揺れる長門湯本温泉街【上】

リニューアル後の公衆浴場「恩湯」=2021年7月撮影

 老舗の観光温泉街が、「星野リゾート」の参入で劇的な変化を迎えている。昭和の面影を残す旅館などが立ち並ぶ山口県長門市の長門湯本(ながとゆもと)温泉。2016年に再開発が始まって以降、業績は回復基調に乗っている。復活を象徴するシンボルとも言えるのが、約600年の歴史を持つ“温泉街の顔”、公衆浴場「恩湯(おんとう)」だ。市が誘致した星野リゾートと官民共同で進めた街づくりの一環で建物を一新、昨春にリニューアルオープンした。新型コロナウイルス禍でもじわりと観光客を集めるが、一部の地元住民からは「洗練されすぎて使いにくい」との声もある。変わりゆく温泉地で何が起きているのか。2回に分けてリポートする。(共同通信=佐藤萌)

 

 ▽生活感かモダンか

 温泉街を縫って流れる音信川(おとずれがわ)沿いにある、唐破風(からはふ)造りの昭和スタイルの2階建てだった公衆浴場の恩湯は2020年3月、ガラス張りのモダンな平屋建てにがらりと様変わりした。温泉街が一新することを告げ知らせるようなインパクトある出来事だった。

 スタイリッシュな黒を基調とした6畳ほどの浴槽に源泉が流れ込み、ほのかな硫黄のにおいが漂う。7月上旬、高齢者や若い観光客数人に交じり、恩湯に入った。若者や観光客に受けそうな建物は清潔で居心地が良いが、これまでの歴史や生活感などが一掃されてしまったようにも感じる。地元の人はどんな思いを抱いているのか。

 30年以上恩湯に通う地元の幸田隆宏さん(57)は日課の入浴を終え、洗面用具を入れたカゴを小脇に「新しくなってから、常連さんで見なくなった人は多いよ」とこぼす。「一番のショックは値上がり。週末の800円は高い。おしゃれとかいいから、(地元の人のための)福祉的な施設であってほしかった」。建物の目の前にあった駐車場が高台に移って有料になり、アクセスが悪くなったとも言う。「特に足腰が弱くて車で来ていた人なんかはもう来られないよね」と渋い表情だ。

 一方で、雑誌を見て福岡県苅田町から訪れた会社員池田大豊さん(27)は満足したような様子で、「デザインが神秘的でよかった。川沿いの散策コースも気持ちよく、歩きやすくて景観もいいと思う。また来たい」と話してくれた。

リニューアル前の公衆浴場温泉(撮影日時不明、長門市提供)

 ▽星野リゾート頼りの改造計画

 長門湯本温泉は、山口市中心部から北西へ約50キロの山あいにある。市営管理時代の旧恩湯は瓦屋根に「湯本温泉」とでかでかと赤いネオンを掲げていた。入浴は1回200円。地元客に根強い人気を誇っていたが、近年、利用者は減少の一途をたどっていた。経営赤字は年間約3千万円。温泉街の宿泊客数も年間40万人近くだった1980年代がピークで、2003年ごろから減少傾向に。14年には18万人と半減した(湯本温泉旅館協同組合)。この年、象徴的な出来事が起こった。屈指の老舗旅館が倒産したのだ。当時を知る人は「街にさびれた雰囲気が漂った」と口をそろえる。同組合も「バブル期に流行した集団旅行の衰退が大きい。観光客の価値観は変化している」と危機感を募らせていた。

 長門市は16年、宿泊観光業の先陣を行く星野リゾートを誘致し、街の改造をスタートさせた。星野リゾートは長野県軽井沢町の星野温泉旅館から始まり、質の高いサービスや宿泊空間の提供を徹底し、今や高級リゾート「星のや」などの複数ブランドで国内外に多数の宿泊施設を運営するトップブランドだ。旅館の再生事業を数多く手がける、観光地再興の鍵を握る存在にもなっている。

 同社は地元の旅館関係者らと意見交換会を重ねるなどし、マスタープランを策定した。地元と一緒に盛り上げることを前提に、「全国温泉街ランキングトップ10入り」を目標に掲げ、「川辺を中心にそぞろ歩きを楽しむ街に」などと具体的なコンセプトを定めた。恩湯の駐車場をわざと遠ざけ、来訪者に歩いてもらうアイデアもここから始まっている。

 長門湯本温泉は、山口県内ではよく知られているが、草津(群馬)や別府(大分)、熱海(静岡)、有馬(兵庫)など全国に名が知れ渡る温泉街と比べれば、小規模で認知度はそれほど高くない。そんな温泉街に突如、現れた星野リゾートという黒船。再建計画の注目度は高かった。

「長門湯本温泉マスタープラン」の完成報告会後に記者会見する星野リゾートの星野佳路社長=2016年6月23日午後、山口県長門市

 2020年3月、老舗旅館跡地に星野リゾートの高級温泉旅館「界 長門」が開館し、恩湯のリニューアルを含む街並みの再整備を終えた。開業にあたり、星野代表は「日本の観光産業が大変な時期にしっかり開業できてうれしい。温泉街の再生に貢献したい」と抱負を語った。

 ▽公衆浴場建て替えは地元の意地

 「今はやりのもので解決しようとした市の判断は安直で、当初は怒りもあったが、街全体が変わる大きな契機だった」と話すのは創業140年の老舗旅館「大谷山荘」の社長大谷和弘さん(42)だ。大谷山荘は2016年12月に安倍晋三首相(当時)が、ロシアのプーチン大統領を首脳会談で招いた場所としても知られる。星野リゾート主導で進む再開発だったが、古くから温泉街を引っ張ってきた老舗旅館として、ただ指をくわえて見ているわけにはいかなかった。「地元が担わないと一生後悔することになる」。大谷さんは、長門市や星野リゾート、旅館組合などでつくる協議会で、旅館組合の仲間らと恩湯再建と経営の事業者に名乗りを上げた。

日ロ首脳会談が開かれた「大谷山荘」

 大谷さんが新しい恩湯で掲げるのは「本物の温泉体験」だ。今までにない新しさを求めたのかと思いきや、よりどころとしたのは原点回帰の姿勢だ。自然湧出量に合わせて浴槽は従来の半分の広さにした。平屋にしたのも「神授の湯」とされる縁起を重んじて神社らしさを出すためだ。実は旧恩湯では、女湯はタンクにためた湯を再加熱しており源泉掛け流しではなかった。また、泉源の場所も定かでなくなっていたが、今回の建て替えで解体した際、岩の割れ目からこんこんと湧き出す湯を初めて目の当たりにし、跳び上がったという。「地中深く掘削する場合も多いが、まさか自然湧出なんて。残す価値があると確信した」と大谷さんは目を輝かせる。新しい恩湯では、お湯が沸き出る岩を浴槽の向かいに見えるよう設計した。「温泉を見て、香って、流れる音を聞いて楽しんでほしい」と話す。

 今でも「狭い上に値段が高い。昔の恩湯を返してほしい」と、旧恩湯を愛好してきた地元の利用客から叱られることもある。しかし、民営化によって値上がりは不可避なことや、恩湯の泉質と歴史にこだわったことなど説明を尽くすようにしている。理解を少しずつ広げ、「利便性とは異なる価値を地域の誇りにしていきたい」と熱い思いを込めている。

大谷山荘の大谷和弘社長=2021年7月撮影

 ▽公設から民設「声上げにくい」

 恩湯の隣に住む大田浩巳さん(88)は、再開発のための街づくりの住民説明会で、恩湯再建に意見してきた一人だ。大田さんから見て、この5年間の変化は劇的だった。「以前は人通りもなくて、さびれかけていた。きれいでにぎやかになったよ」と街を見つめるが、心中は複雑だ。脱衣所や洗い場が狭いなど地元客として使い勝手が悪くなり言いたいことはあるが、恩湯が公設から民設に変わったこともあり、声は上げにくくなったと感じている。

 「せめて『湯』と大きく掲げてほしかったなぁ」と、慣れ親しんだ旧来のネオン文字を懐かしむ大田さん。「『街づくり』って誰が何をやっているのか。よう分からん。でも、孫みたいな世代の人たちがはりきってやっていることだから、少しでもええようにしてもらいたい。(今の方向性を)応援するしかない」と前を向いている。「昔の面影も欲しいけれど時代の流れは仕方ないね。泉質だけは前よりもよくなったかもしれない。自慢だね」。自宅に風呂はなく、変わらず毎日午後9時の湯あみを続ける。【下】地域の宝の再建から考えた「持続可能性」に続く

新「恩湯」の内部。奥に源泉が見える=2021年10月撮影

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