世界3階級制覇王者田中恒成、再起戦への思い 井岡一翔戦の敗戦を糧に 成長実感「誰よりも格好良く復帰したい」

名古屋市北区の畑中ジムにて=2021年10月、稲葉拓哉撮影

 2013年のプロデビューから、15戦全勝でボクシング界を駆け抜けてきた世界3階級制覇王者田中恒成(26)=畑中=は、4階級制覇を狙った20年大みそかの世界ボクシング機構(WBO)スーパーフライ級タイトルマッチで、チャンピオンの井岡一翔にKO負けを喫した。

 プロになって初めて経験する敗北。ボクシングは1試合の結果がその選手の人生を大きく変えてしまうことのあるスポーツだ。1度は自信を失ったが、敗戦を通して、また違う景色が見えてきた。そこから多くのことを手に入れることができたという。

 12月には、プロデビュー戦の会場と同じとなる名古屋国際会議場で、IBF世界スーパーフライ級5位石田匠=井岡=との再起戦に臨む。ボクサーとしてだけでなく、人間としてもさらなる成長を目指す田中恒成の今を取材した。(敬称略、元共同通信写真部記者=稲葉拓哉)

 ▽ボクシング、より深く

 井岡戦後、ボクシング環境に変化があった。父親仁(ひとし)がチーフトレーナーを離れ、畑中ジムで長年トレーナーを務める村田大輔がミットを受けるようになった。

村田トレーナーとトレーニングする田中恒成=2021年7月、稲葉拓哉撮影

 「経験豊富なトレーナーだから、僕の意思を正確にくみ取ってくれるし、意見も素直に聞き入れてくれる。その上でいろいろなアイデアを出してくれるから学ぶことが多い」

 村田トレーナーに指摘されたことの一つが、構えた時の顔の向きだ。

 「顔の向きって、初めてボクシングジムに来た子供に教えることの一つらしいですけど、僕はこれまでに1度も聞いたことがなかった(笑)」

 小学生からボクシングをはじめ、世界最速で3階級を制覇した恒成だが、基本的なフォームを学んだ経験はなかったという。

 「体が右斜め前を向いている状態で構えた時に、顔は正面に向けるとか。ストレートやジャブを打っている時に、体は回転させるけど顔の向きは変えないとか。基礎的なことを押さえるだけで、隙がなくなってきました」

ジムでの練習風景=7月、稲葉拓哉撮影

 井岡戦を経て、見えてきた課題もある。

 「ボクシングでは試合中の駆け引きや、相手との距離感がすごく大切なんですけど、今まではあまり意識してきませんでした。駆け引きが必要な場面でも、得意のスピードに頼ってパンチを当てにいっていた。うまくいかない時は、パワーでゴリゴリいって、相手が固まったところをまたスピードで狙うとか、そうやって勝ってきました。でも、年末の試合を経験して、それだとスーパーフライ級では通用しないことが分かりました」

 課題が明確になってきた。すると、ボクシングがどんどんシンプルになったという。

 「スピードだけでは勝てないことが分かったので、動きの派手さがなくなり、無駄がなくなった。去年の大みそかの敗戦は、僕にはとても大きかったです」

 ▽自分に足りなかったもの

 ボクシングでは、1試合1試合の結果がその後の選手の人生を大きく変える。

稲葉拓哉撮影

 「1度敗れると、次の試合からはノンタイトル戦になり、ボクサーとしての下積みがまた始まる。描いていたキャリアも変わってくるし、収入だって全然違う。自分はこの程度なんだって思い知ったし、目指していた場所にたどり着けないかもしれない不安も襲ってきました」

 自信を取り戻す術を模索する中、親しい友人からこんな言葉を聞いた。

 「周囲の言葉を聞かず、自分だけで考えていても何も吸収できない。恒成はボクシングのことしか考えていないし、頭の固いところがある。もっといろんな人の意見を柔軟に取り入れた方がいい」

 心に響いた。「ボクサーとしてある程度の立ち位置にいたから、人から指摘されることも少ない。だから、成長するためのヒントは、自分が力を持たない場所にあることに気付きました。ボクシング以外の日常に目を向けて、周りの人のすごいところをどんどん吸収しようと心掛けました」

稲葉拓哉撮影

 考え方を変えると、周囲のことも素直に認められるようになった。ボクシングを始めたばかりの選手や、ボクシングをやらない友人からも良いところを吸収できるようになった。経営者や元世界王者など、これまで関わりがなかった人たちとの交流も生まれた。

 自分にない価値観に触れることで、自身のありたい姿や考えも次第にまとまっていった。

 「ボクサーとしての自分は、これまでのスタイルに修正を加えている段階だから、技術的には以前より弱くなっている可能性もある。だけど、人としては間違いなく成長できている。その実感がボクサーとしての自信にもつながっています」

 ▽デビュー戦の会場で

 再起戦の舞台である名古屋国際会議場はプロデビュー戦の会場だ。

 「初めてお客さんの前で試合をして、高校の同級生たちも見にきてくれて、みんながすごいねって言ってくれて、めちゃくちゃ気持ちよかった」

稲葉拓哉撮影

 その後18年に眼窩(がんか)底骨折のけがから復帰を果たした会場でもある。「どこまで行けるかはわからないけど、精いっぱいボクシングをやりたい。次の試合で勝って、誰よりも格好良く復帰して見せますよ」。力強く話す姿は、いつもの恒成だった。

 ▽取材を終えて

 昨年大みそかの試合後、恒成は対戦相手の井岡一翔や観客に深々と頭を下げてから控室に戻る途中で、感情を抑えきれず、肩に掛けられたタオルを振り払った。日本中の注目を浴びた大舞台での敗戦が与えた影響は計り知れない。が、その姿には、ここでは終われないという闘志が宿っているように筆者には見えた。人として、ボクサーとして成長を続ける恒成は、12月の試合でファンに何を伝えてくれるだろうか。

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