こうだったら良かったなという理想をキャラクターにしよう
――タイトル『社畜と少女の1800日(以下、社畜と少女)』という官能小説のような響きや掲載誌『週刊漫画TIMES』の年齢層もあって、もっと濃いドロドロの話になるのかなと思っていました。
板場(広志):
担当さんからのアイデアでこのタイトルになりました。自分はタイトル考えるの苦手なんですよね。
――『社畜と少女』の連載はどういった経緯で開始されたのでしょうか。
担当:
この作品は私が板場さんの担当になって3作目なんです。開始前に次の作品はどうしましょうかと話をしたときに、板場さんから頂いたアイデアが「健気で良い子が描きたい」だったんです。
板場:
1作目・2作目では「こんな嫌な奴・変な奴っているよね」という所からキャラクターを作って描いていったんですが、そうすると余り好かれるキャラが出てこなかったんです。それなら自分がこうだったら良かったなという理想をキャラクターにしようと思って描いたのが(君島)優里になります。あと、担当さんからの言葉でいまも覚えているんですけど、「板場さんって社畜じゃないですか。」と言われて(笑)。
担当:
原稿を取りに行った際に板場さんが部屋の奥で脱稿のあとにダウンしている場面に出会ったこともあって、その社畜ぶりを目の当たりにしたんです。実際は会社に所属しているわけではないので社畜と言うと語弊があるのですが…。
板場:
自分でもワーカホリックな感じはしているので、そういう今の自分を元にしたキャラクターが東根(将彦)です。
――ご自身を投影されたキャラで描かれたわけですが、本編連載を終えられて如何ですか。
板場:
みんなに読んでもらえて好意的に評価されて良かったなと、シンプルにそれだけですね。
――13巻の本編を描かれてすぐに『社畜と少女のエトセトラ 社畜と少女の1800日スピンオフ(以下、エトセトラ)』、今回の『社畜と少女のその後 20歳の誕生日(以下、その後)』も間を空けずに執筆ですが、次作へのインプットとかもかねて休もうとは思わなかったのですか。
板場:
少し休もうかなと思ったんですけど、やることが無いので。
担当:
やっぱり社畜ですね(笑)。
――そうですね(笑)。本編の物語はどのように構成されていったのでしょうか。
板場:
キャラクターが勝手に動いていったのを、観察してるだけです。そこに担当さんから「猫拾いましょう」などアイデアをもらって、そのアイテムを置いて勝手に動くキャラクターの反応を観察する感じです。まれに自分の思い込みが入ってしまった時は、担当さんから「優里ちゃんはこんなこと言わない」と訂正が入ります(笑)。
――タイトルに“1800日”と入っているので、ある程度の流れを決められての連載だと思っていました。
板場:
もちろん、綺麗に本編を1800日で終わりたいという思いはありました。そう思っていても実際に連載がどれだけ続けられるかは分からないですから。
担当:
そこは読者のみなさんに支えていただいたお陰です。本当にありがたいです。
――スレもいくつも立っていて、WEBでの盛り上がりも凄い作品ですよね。
担当:
物語の進行とキャラクターたちの年齢や作中の時期を検証した年表を作られている方もお見かけして、すごく読み込んでくださっているなと。
板場:
みんな凄いな、良く見ている。
担当:
それもあって、13巻終盤の桜のシーンは作中で仮定した年月日の開花状況に合わせて描いていただきました。読者の方が本気だったからこそ、こちらの本気度が増した部分はありましたね。
板場:
11巻の頃から「ちゃんと終わらせたい。」と話しをしていて、最後まで手を抜かずに駆け抜けました。
「出し惜しみしないでお話を進めましょう。」と進めていった
――各キャラターはもちろんですが、ドラマも魅力的な作品でした。
担当:
最初は牧歌的な話も多かったですけど、高井(沙耶)先生が出てきたあたりからドラマの勢いが出てきましたね。
板場:
自分は好きなんですけど、高井先生は非常に読者から嫌われてるんです。
――作中の二人の関係を一度引き離すという面で見ると悪役ですから、しょうがないです。
板場:
最初は高井先生については全く考えていなかったんです。三者面談をするとなった時、高井先生には好きな要素を盛り込もうとこのデザインになりました。好きなキャラなので丁寧に描いています。
担当:
東根はロリコンではないので、大人の女性と恋愛するというラインは当初からありました。
板場:
東根が優里に対して邪な気持ちがあったら「優里ちゃんはオレが嫁に出す!!」とは言えないじゃないですか。それに年齢がずいぶん離れた若い子がいきなりやってきたら実際は困るので、初対面のおじさんと中学生が恋愛するということはリアリティもないと思うんです。
――普通そうなんですよね。おっしゃる通り、東根が優里を子供として見ているので、桐谷(暢子)との恋愛エピソードや高井先生を交えての三角関係も出てくるのかなと思っていたんです。
板場:
最初はそういった大人向けも必要かなと思ったんですが、物語を進めていく中で必然性がなかったんです。最初の東根と桐谷の濡れ場は、そこがあったことで後々の二人の関係にリアリティが出たのかなと思っています。
担当:
二人の関係性に対して、優里が涙したシーンに繋がる大事な要素になりましたね。
板場:
自分の中で桐谷は、いい女を描こうと意識して描いたキャラクターなんです。ああいう人間らしいシーンがなかったら、桐谷が聖人君子すぎて何を考えているか分からないキャラクターになってしまったんじゃないかと思っています。
――東根の立ち位置を桐谷にするなど、大人側の主人公を女性にする案はなかったのですか。
板場:
女性にしようとは全く考えなかったです。
担当:
東根も優里も板場さんの実体験が反映されているので、リアリティを出せなかったと思います。
――優里にも板場さんの実体験を反映した部分はあるんですね。
板場:
板場さんも小さい頃からご自分でご飯を作っていて、新聞配達の経験もあるそうで、実は優里も板場さんとの共通項が多いんです。
板場:
早く自立をしたい優里ともう仕事はしたくないという東根は、かつての自分と今の自分を投影したところはありますね。
――優里以外のキャラクターのバックボーンを描かなかったのは、意図があってのことなんでしょうか。
板場:
担当さんと「出し惜しみしないでお話を進めましょう。」と進めていった結果ですね。各キャラクターのバックボーンを描くことで話を広げるという事もできましたが、1800日を綺麗に描こうと考えたときにいらないなと思ったんです。
――その判断も凄いですね。人気がある作品はふつう長く続けたいですし、描ける部分があるなら描きたいという事が欲求として出てくるのかなと思いますが。
担当:
平和な日常が続くと読者が退屈に感じるかもと思ったんです。あとは、完結した時に一気に読んでもらえる巻数にしようとも考えました。なので、作中の時間を2年ほど飛ばすことに関しては、板場さんと早い段階で一致しました。
――ドラマの話で言うと二人はよく泣きますよね。優里は生い立ちの事もありますし分かりますけど、東根も結構。
担当:
私から「ここはぜひ泣かせてください。」とお願いした所もありますけど、そうですね。
板場:
そんなに泣きますっけ、描いている自分としては泣いている印象ないんだけどな。
――不自然というわけではないですけど、しょっちゅう泣いてますよ。優里の前でも泣きましたから。
担当:
東根が優里の前で泣いたという事は心を許しているというわけなので、物語の結末への布石になっていると思います。素晴らしい渾身の泣き顔でした。
「世の中そんなに悪い奴はいないよね」という所からスタートしている
――私は東根の「嫁に出す!!」というセリフもあって、優里からの告白があっても最終的にはお嫁に出すんだろうなと思っていました。
板場:
実は二人がくっつくという結末には葛藤がありました。でも、優里をお嫁に出したとして、二人のその後がどうなるかを考えたときにいい関係性が出てこなかったんです。キャラクターたちに齟齬が生まれると、いくら制作サイドとはいえ、その通りに動いてくれないんです。
担当:
あれは優里の寄り切り勝ちなんです。ある意味、最強の押しかけ女房ですね。
――優里が就職して一度家を出ますが、あの頃はまだ悩んでいたのですか。
板場:
あそこではまだ悩んでいましたね。
担当:
そのあとは板場さんも二人が結ばれるという展開を受け入れていたので、そういう意味では板場さんも優里にほだされたところがあるんだと思います。
板場:
自分がどうこうというより、キャラクターたちが近づいちゃったらしょうがないという感じですね。途中までは、優里の相手となる違う男性キャラクターを登場させないといけないかなとも考えていました。
――浅岡(春太)はそのつもりだったんですか。
板場:
彼は全くそうではないです。担当さん曰く、かませ犬です(笑)。イケメン・高身長・頭いいとモテ要素を入れていますし、性格も良いんですよね。
担当:
本当に良い子です。優里に東根がいなければ、私も絶対に浅岡を推します。
板場:
一番好きな子とくっつかなかっただけで普通にモテる良い子なので、これからも良い人生を歩んでいきます。『社畜シリーズ』は「世の中そんなに悪い奴はいないよね」という所からスタートしているので、全員に救いがあるようにしています。悪意を持つキャラクターは絵にならないと思ったんです。それが上手くいった感じですね。
――高井先生たちも決して悪い人ではないですからね。
担当:
行動の先に私利私欲もありましたけど、陥れたかというとそうではないですからね。
板場:
良し悪しと好き嫌いは別なのでしょうがないですね。
――終盤では東根は大病になりますが、その案はいつ頃から出ていたのでしょうか。
担当:
東根が大病になるというのはかなり初期から出ていた案です。
板場:
自分は殺すことも考えていたんです。けど、担当さんに止められました。
担当:
東根が死ぬのはナシですよ。
――そうですよ、別々の道を歩むのがギリギリです。生き残ってくれてよかったです。
担当:
東根の生死は別にして、もしも他の結末だったら、東根が優里を嫁に出して別々の道を歩んでいくというルートだったら、読者の反応はどうだったんだろうと思うことはあります。
――正直、『エトセトラ』を読み終わるまではそのルートに進むのかなと思っていました。
板場:
優里の相手としてどんなにハイスペックなキャラクターを考えても、東根を超えることが出来なかったんです。
担当:
優里の心が動かなかったという事ですね。
板場:
そこで、東根もその思いを受け入れられるよう、優里が事故に遭うというエピソードを入れました。あの事故があったから、東根も優里に対して覚悟を持てたという事だと思います。
――そうですね。
板場:
自分も半分読者目線で描いているので、ネーム描いて、ペンを入れて、コイツこんな顔するんだって思う事がありました。これが、キャラクターが動いたという事なんだと思います。
――『社畜シリーズ』ではキャラクターたちが動いていったという事ですが、どのあたりからそうなっていったのでしょうか。
板場:
3巻くらいからですね。それまでは自分でもどういう話になるかが解っていなくて、最初はこれで合っているのかなと思いながら描いていました。
――まだその頃は読者からの反応もそこまで見えていない時期ですね。
板場:
そうですね。この作品は1・2巻が2か月連続刊行だったんです。まとめて出すために描きためていたので、単行本でこの作品に出合う方の感想もまだないころでした。
担当:
一気に読んで頂きたかったので、その形で刊行しました。編集部でも読者の反響に手応えを感じた時期は4巻・5巻くらいからでした。エピソードで言うと、二人暮らしがばれるかばれないかあたりですね。そこから警察が介入してくるという部分が最初の山場でした。そこからもタームごとに打ち合わせをしながらテーマを設けていました。
――あそこは本当にこの二人がこれからどうなってしまうんだろうとドキドキしました。
板場:
自分がこの作品の連載を続けていく中で特に気を付けたことがあって、主要キャラには「いや」とか「ダメ」とか「そうじゃない」という相手を否定するセリフや嘘を極力入れないようにしました。
――確かに。優里に告白された時も「困るよ」で止まっていて、否定はしていないですね。
担当:
優里のついた数少ない嘘は結果的に警察介入の切っ掛けになってしまいました。高井先生に不信感を与えてしまったそもそもの原因は、二人がついた嘘なんですよね。
板場:
だから、あそこはいろんな意味で重いシーンなんです。
――その描き方も凄いですね。分かり易い悪役を作ると物語は描きやすいじゃないですか、ジャンル関係なく敵対する存在を作って物語を盛り上げるというのは普通ですから。高井先生はそう見える面はありつつも、普通に考えるとそんなことないですから。
板場:
私利私欲が出て来て嫌な奴に見えただけで、意外とみんなそうなんじゃないかと思っています。
まだまだ描き切れていない部分は沢山ある
――出てくるキャラクターみんないい人なのは、板場さん自身から出てくる物なんでしょうね。本編が13巻で完結した後、『エトセトラ』や『その後』を描かれたのは何故ですか。
板場:
本編では物語の流れも考えて優里以外の登場人物のバックボーンを入れなかったと言いましたが、キャラクターの深堀りをいつかしたいという思いもあったんです。本編が完結して1800日という枷も外れたので、そこを描こうという事で『エトセトラ』を描きました。
――優里は作中でも成長していますが、『エトセトラ』ではさらに素敵な女性になっていてその姿を見れて嬉しかったです。
担当:
そこは板場さんも意識されて描かれている部分で、本編でも2年飛んだらその分成長しています。
――顔も最初は子供っぽかったのが、大人らしくなっていますよね。子供だった優里が成長して大人の女性になりましたが、生みの親として観て如何ですか。
板場:
自分の中で優里は子供というよりも姪っ子に近い感じなので、純粋に幸せになってよかったなという気持ちです。
担当:
優里が不遇な子であることは間違いないので、こうやって幸せな結末まで続けていけたのは本当に読者のみなさんのおかげです。作品を支えていただけて、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
――こちらこそ、最後まで描いていただけて嬉しいです。
板場:
今回のシリーズを描いていて、分かり易さは大事なんだなと改めて思いました。『社畜シリーズ』ではとにかく、何が起きているか分からないという事がないように気を付けました。
――『社畜シリーズ』はモノローグがない作品ですよね。
板場:
元々、モノローグは嫌いなんです。便利だけど本来は聞こえない言葉なので、他の作品でも極力ないようにしています。
担当:
ほとんど話し言葉(セリフ)だけでエピソードを構成していることが読みやすさに繋がっているのかもしれません。
――板場さんの作品は表情も魅力的なので、付属説明も必要ないんだと思います。画面構成をする際はどういったことを意識されていたのですか。
板場:
表情をしっかり見せられるように大ゴマを取るようにして、シンプルにするように心がけました。
――そこも含めて電子書籍と相性がいいのかもしれませんね。多くの人に評価されていくなかでプレッシャーを感じることはなかったですか。
板場:
やってきたことが評価されているのであれば、このスタンスで続けていけばちゃんと受け入れられると思っていたので、プレッシャーはなかったです。そこは地に足を付けたキャラクターたちが自分の気持ちでしゃべってくれた結果ですね。そこに読者がついてきてくれたという事で、本当に良かったです。
――更に『その後』も読めるという事で、本当に楽しみです。
板場:
どんな話でも後日談はあるわけで、まだあるんだというくらいの好奇心で楽しんでいただければと思います。個人的に今は特に桐谷を描きたいと思っています。
担当:
『その後』も本編と変わりないクオリティになっています。ある程度エピソードがまとまれば単行本化したいとも考えているので、支持していただけるとありがたいです。
――まだ更に続く可能性があるという事ですか。
担当:
そういった展開への希望を込めて楽しんでいただければと思います。
板場:
ほかにもまだまだ描き切れていない部分は沢山あるので、良ければこれからも追いかけていただけると嬉しいですね。改めて、この作品についてきてくれた読者のみなさんに感謝の気持ちを伝えたいです。 ⓒ板場広志/芳文社