ジャズ・ドラマー、ジョナサン・ブレイク新作『Homeward Bound』リリース

©DavidEllis

ジョナサン・ブレイクのリーダー4作目 甘さを排除した自在のインプロヴィゼイションに酔いしれる

___

文:佐藤英輔

___

米ダウンビート誌の8月号に批評家人気投票の結果が掲載されているが、そのレーベル部門の1位はブルーノートで、2位は1票差でECMだ(3位はだいぶ離れてPI レコーディングス)。ブルーノートかECMと契約できたなら、ジャズ・アーティストとして最上級にエスタブリッシュされたという証左となる……そんな言い方が可能になるかもしれない。なお、同投票のドラマー部門でジョナサン・ブレイクは7位にランク。蛇足だが、1位はブライアン・ブレイドで、13位はマカヤ・マクレイヴンだった。

インターナショナルなジャズ界で高い評価を受ける、ブレイクの新作『Homeward Bound』はブルーノートに移籍しての作品となる。ミンガス・ビッグ・バンド、トム・ハレル、オリヴァー・レイク、ドクター・ロニー・スミス、渡辺貞夫、ケニー・バロン、ラヴィ・コルトレーン、マリア・シュナイダー・オーケストラなど様々な人たちのアルバムに参加してきているジョナサンにとって、今作は純リーダー作としては通算4作目となる。

彼は、1976年フィラデルフィアの生まれ。父親はジャズ・ヴァイオリニストで、クロスオーヴァーしたアルバムを何作も出しているジョン・ブレイクである。恵まれた環境のもとジョナサン・ブレイクは10歳からドラムを叩き始め、ニュージャージー州にあるウィリアム・パターソン大学を出たあと、1990年代後期からドラマーとして活動。また、2007年には名門ラトガース大学で作曲の修士も得ている。

ところで、新作のことに触れる前に前作『Trion』(Giant Step Arts,2019年)のことには触れておきたい。同作は、ダブル・ベースのリンダ・オーとテナー・サックスのクリス・ポッターという3人による、ニューヨークのザ・ジャズ・ギャラリーで2018年1月に収録された2枚組のライヴ盤だった。まさしく、剛毅で生一本。今、こんなにストレートでエモーショナルなジャズを聞けるなんてとそれは感激させるものになっていて、彼のジャズ・ドラマー/リーダーとしての実力が直裁に出された1作だった。

©DavidEllis

そして、思慮に富むドラム・ソロから始まる『Homeward Bound』は現在ブレイクが持つワーキング・カルテットにより録音されている。直球で攻めた前作から制作指針は少しシフト、シャープなドラミングを屋台骨に置きつつ、より多彩で、広い興味が投影された仕上がりとなった。

ブルーノートから2020年に『Omega』というリーダー作を出しているアルト・サックス奏者のイマニュエル・ウィルキンス、やはり2019年と2020年にブルーノートから自己作をリリースする若手ジャズ・ヴァイブラフォンの第一人者であるジョエル・ロス、キューバ生まれでカナダを経て2009年以降はニューヨークで活動しECMとPIレコーディングスから2作ずつリーダー・アルバムを出しているピアニストのダビィ・ビレージェス、そしてルイス・ヘイズやジョー・ロヴァーノといった大御所からマカヤ・マクレイヴンやブレンダー・ヤンガーといった現代ジャズの担い手までを顧客に持つダブル・ベースのデズロン・ダグラス(自己作もいろいろ出している)という面々がその参加者たちだ。ビジェレスは曲によってはピアノだけでなく、電気ピアノやシンセサイザーも扱っている。

©DavidEllis

作曲で修士も得ているブレイクだけに、8曲中5曲はブレイクの曲。甘さを排した、自在のインプロヴィゼイション/発展の“窓”が随所に埋め込まれたジャズ曲が並び、今働き盛りの真摯なジャズの担い手としてのイケている姿を見事に収めているのは疑いがない。敏感極まりなく、随時演奏の流れや奏者の所作をプッシュしたりコントロールしているブレイクのドラムはやはり耳を引く。その様はブレイクが作る骨組みの中で逸材たちを自由に泳がせている、と書くことも可能だろう。

本作はブレイク自身がプロデューサーとしてのクレジットも得ているが(ブルーノート社長/A&Rであるドン・ウォズは関わっていないよう)、当人以外による曲を3つ入れているのは、そちらの秀でた才覚が出ていると言える。ベースのダグラス作の「Shakin’ The Biscuits」はグルーヴィな揺れを持ち、のどかな風情を持つ「Abiyoyo」は南アの伝承曲をブレイク自身が編曲している。また、アルバムのクローザーの「Steppin’ Out」はなんと英国人ロッカーであるジョー・ジャクソンの1982年全米6位曲を技ありカヴァーだ。原曲が収められた『Night & Day』(A&M)はエレクロとラテンの要素を巧みに消化した好作品として知られる

このアルバム表題にもなった「Homeward Bound(for Ana Grace)」はブレイクがトム・ハレルのグループ在籍時に同僚であったサックス奏者のジミー・グリーン(とフルート奏者のネルバ・マルケス=グリーン)の娘であるアナ・グレース・マルケス=グリーンに捧げられている。当時6歳だったアナは26人もの犠牲者を出した2012年12月14日にコネティカット州で起きたサンディフック小学校銃乱射事件の犠牲者となってしまった。彼女が生まれた時も知るブレイクはその死の痛みを反芻しつつ、人々の記憶に刻まれるべき、生きたジャズをここで創出している。

ジョナサン・ブレイク
『Homeward Bound』

発売中→johnathanblake.lnk.to/HomewardBound

【収録曲】
1.In the Beginning Was The Drum
2.Homeward Bound (for Ana Grace)
3.Rivers & Parks
4.Shakin' the Biscuits
5.Abiyoyo
6.On The Break
7.LLL
8. Steppin' Out

© ユニバーサル ミュージック合同会社