小さな違和感が端緒だった「桜を見る会」のスクープ (赤旗日曜版 2019年10月) [ 調査報道アーカイブス No.30 ]

「桜を見る会」の報道 (赤旗日曜版 2019.10.19)

[ 調査報道アーカイブス No.30 ]

各界の功労者などを招待するとして、多額の税金を使って開かれている安倍晋三首相主催の「桜を見る会」。本来の目的に反し、首相の地元後援会関係者が数百人規模で大量に招待されていたことが編集部の取材でわかりました。参加窓口は首相の地元事務所。後援会旅行の“目玉”に位置付けられていました。行政がゆがめられ、特別の便宜が図られた、首相の国政私物化疑惑を追います。

こんな書き出しで始まるスクープ記事が、日本共産党機関紙「赤旗日曜版」の2019年10月19日号に掲載された。「首相主催 桜を見る会 安倍後援会御一行様 税金でおもてなし」という大見出しの記事。「桜を見る会」問題の、実質的な幕開けだった。
公費を使って催される首相主催の「桜を見る会」。その催しには普通、各界の功績者・功労者らが招かれる。ところが、安倍晋三氏が首相に就いてからは年々規模が拡大し、地元後援会員らが数百人単位で参加するようになっていた。首相による“私物化”である。
赤旗日曜版の記事は、さらに次のように続いた。読み返してみると、第1報の段階でこの問題のポイントや骨格はすべて示されていたとこが分かる。記事を引用しよう。

桜を見る会の前日におこなわれている、安倍晋三後援会主催の「桜を見る会前夜祭」。14年に参加した山口県議はブログに「夜には(中略)下関市・長門市そして山口県内外からの招待客約400人による安倍首相夫婦を囲んだ盛大なパーティーが開かれました」(自民・友田県議)と記しています。
会社経営者の後援会員は「前夜祭は立食式で、パーティーのようなもの。安倍首相や後援会幹部があいさつし、首相が選挙の話をすることもあった」といいます。複数の参加者が「5000円の会費を払った」と証言します。
「安倍事務所が飛行機やホテル、貸し切りバスを手配し、旅費は自分持ちだ。都内観光や前夜祭などの後援会旅行の目玉行事が、桜を見る会だ」
前夜祭は、桜を見る会前日に安倍首相が出席して開かれる後援会行事。「13年は100人ほどだったが最近は数百人規模になった」と参加者は証言します。今年の前夜祭(4月12日)はホテルニューオータニ(東京)で開催。出演した歌手はブログに「1000人ほどのお客様」と書いています。

赤旗のHPから

政治資金規正法は、対価を徴収して行われる催し物を「政治資金パーティー」と規定。収入や経費を収支報告書に記載するよう義務付けています。ところが、安倍首相が代表の政党支部や関係する政治団体の収支報告書には、前夜祭の収支の記載がありません。政治資金規正法違反(不記載)の疑いがあります。

◆赤旗の「これがスクープだ!」

桜を見る会は内閣府の公式行事だ。第2次安倍政権発足後、参加人数と支出は増え続けた。2014年度は約1万4千人で約3000万円だったのに、5年後の19年度は1万8千人超で約5500万円に膨らんだ。とはいえ、これらの事実は国会で共産党議員がそれまでも追及してきたことだ。それがなぜ、調査報道のスクープとして実っていったのか。赤旗日曜版の山本豊彦編集長は「月刊日本」(2021年2月号)で「文春砲」を牽引する新谷学・週刊文春編集局長と誌上で対談。「これがスクープだ!」と題する記事の中で、そのあたりのいきさつを大意、次のように語っている。

「月刊日本」2021年2月号でのインタビュー記事

スクープを取る上で重要なことは違和感を持つことだと思います。いろんな新聞社の人から「赤旗さんはなんでスクープをとれたんですか」と聞かれました。それは私たちが桜を見る会に違和感を持ったからです。功績・功労があった人たちを招く場であるはずなのに、首相のお友だちや後援会員がたくさん参加している。これは何かあるのではないか。そうした違和感を持ち、その背景を掘り下げ、安倍政権による国政の私物化という視点を持てたことで一連のスクープが生まれたのです。

もちろん一般紙の記者たちも桜を見る会の現場を取材しているわけだから、違和感を覚える瞬間はあったはずです。だけど、彼らはおそらく上司などから「現場の雰囲気を見てこい」とか、「首相の発言を記事にしろ」とか言われ、流れ作業のように取材していたんだと思います。だから違和感を持ったとしても、それを深めることができなかったのだと思います。

疑念を膨らませた赤旗の取材チームはまず、2019年4月13日に開催された桜を見る会について、ネットで情報を集めた。「桜を見る会」「自民」などの語句で検索すると、次々に情報がヒットする。誰がどこから参加したのか。参加してどう行動したのか。安倍首相の地元・山口県の後援会関係者らにとって、桜を見る会への参加は滅多にないことであり、思い出の機会だったようだ。参加者の多くはツイッターやフェイスブックに当時の様子を投稿していた。山口県から東京までの「桜を見る会ツアー」の様子をアップし、発信した人もいる。地元県議らには、前夜祭や桜を見る会に参加した時の楽しげな様子を自身のHPで報告していた。

こうしたネット上で得た情報を裏付けるため、取材チームは山口県に向かう。共産党の地方議員の人脈、コネクションなどを通じて安倍氏の後援会員らと会い、取材を進めた。そして、「桜を見る会ツアー」に安倍首相の地元事務所が深く関与していることを示す内部資料も入手した。その成果が冒頭で紹介したスクープである。

もっとも、大手新聞や通信社、テレビ局などは当初、赤旗日曜版のスクープを追いかけるでもなく、様子を決め込んでいた。世間の反応も薄い。山本編集長は毎日新聞のインタビューの中で「スクープとしては、ホームランとは言わないけれど、会心の一打だと思った。でも、ほとんど相手にされませんでした」と振り返っている。

「そもそも赤旗のスクープは大手メディアも追っかけないケースが多いです。今でこそ『(週刊)文春によると』という引用はありますが、『赤旗によると』は書きづらい。だから、他のメディアの方からは、『国会で(赤旗のスクープ記事を共産議員が)取り上げてください』と言われます。国会でやれば書けるということらしいです」

状況が変わったのは、11月8日の参院予算委員会で桜を見る会を取り上げた田村氏の質問だった。

「ツイッター上で、委員会のやりとりが話題となり、『おかしいぞ』という声が上がり始めたのです。そして、その後、野党が追及チームを作り、ワイドショーでも取り上げられるようになりました。昔なら、赤旗のスクープは大手紙が追っかけてくれなければ、世の中にその問題が知られることがなかったのですが、いまはネットがあるから、問題が広がります。桜を見る会は、今の世論の作られ方としても興味深かったですね」

2019年4月の「桜を見る会」。内閣府のHPから

その後の展開は多くの人が知る通りだ。野党共闘で桜を見る会の追及チームができ、新聞・テレビは連日、その様子を報道した。「公金を使った有権者の買収ではないか」「前夜祭の費用が安すぎる。差額は地元有権者への金品供与ではないか」といった批判も高まり、大きな社会問題に発展した。さらに弁護士や市民らは政治資金規正法違反(収支報告書の虚偽記載)などの疑いで、安倍氏を刑事告発。東京地検特捜部は秘書を略式起訴しただけで、安倍氏は不起訴処分としたが、検察審査会は「前総理の不起訴は一部不当」と議決し、特捜部が再捜査している。

一国の総理の足元を揺るがせた赤旗日曜版の調査報道。そのパワーは政治を動かし、社会を動かし、今なお波紋を広げている。

■参考URL

【全文公開】しんぶん赤旗日曜版 桜を見る会スクープ第1弾
赤旗はなぜ桜を見る会をスクープできたのか 見逃し続けた自戒を込めて、編集長に聞いてみた(毎日新聞)
桜を見る会問題(時事通信)
単行本『赤旗スクープはこうして生まれた「桜を見る会」疑惑』(しんぶん赤旗日曜版編集部)
単行本『汚れた桜 「桜を見る会」疑惑に迫った49日』(毎日新聞「桜を見る会」取材班)

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