SDGs時代を反映か 衆院選前に気候変動、人権、ジェンダーなど 市民ら争点ただす動きが活発化

Nutthaseth Vanchaichana

衆議院選挙の投票日まであと4日。今回の選挙では、気候変動問題や人権、ジェンダーなどをテーマに各政党の考えを引き出し、違いを明確化した上で投票行動に反映させようという動きが、SNS上などで活発化している。Z世代の若者が各政党と公開討論会を行ったり、国際NGOが質問状を各政党に送り、回答をネット上で公開したり。俳優やミュージシャンが「自分でジャッジして投票する」ことの大切さを動画サイト上で訴えたことも話題となった。政治に対する市民社会の声がかつてなく大きくなっている背景には何があるのか――。サステナビリティをめぐる企業の動きと重なる点も見えてきた。(廣末智子)

公開討論会を通じて気候変動の危機感を共有したい

「多くの18歳、19歳にとっては今回の選挙で何が争点なのか、どこが大事なのかが見えていないと思う。公開討論会を通して少しでも多くの人に、これからの10年に何をするかで未来が決まってしまう気候変動問題について知ってもらい、危機感を共有したい」

グレタ・トゥーンベリさんが2018年に始めた学校ストライキをきっかけに世界の学生らが各国で主導する気候変動対策の強化を求める運動「Fridays For Future(フライデイズ・フォー・フューチャー、FFF)」を日本で展開するFFF Japanは、気候関連NGOらでつくる「ATO4NEN (あと4年 未来を守れるのは今)」との共催で、気候変動問題に関する公開討論会を17日にオンラインで開催。自民党、立憲民主党、公明党、日本共産党、国民民主党、日本維新の会、れいわ新撰組の代表者が出席した(社民党は文書で回答)。

冒頭の言葉は、18歳になったばかりの高校生で今回の選挙が初めてという山本大貴さんの思いだ。用意した質問は「パリ協定に整合し、将来世代や社会的に脆弱な人たちに対しての責任を果たす政策となっているか」「2030年以前の石炭火力廃止を目指すか」「原子力発電を廃止する計画はあるか。ある場合、何年に廃止する計画か」「現在の政策決定の方法は、若者など市民の意見を十分に取り入れていると考えるか」の4つで、山本さんのほか、15歳の中学生と16歳の高校生、そして二十歳の大学生のメンバーが1問ずつ、まずは各党の話を聞いた後、疑問点を掘り下げる形で行われた。

政策は妥協案なのか・・・政治家との間で温度差に残念

公開討論会に登壇したFFF Japanのメンバー

若者の率直で鋭い感性と、各党の代表出席者による応酬は約2時間にもわたって繰り広げられたが、討論を終えた若者の側はスッキリとした気持ちにはならなかったようだ。質問に対する各党の○×による回答は、3日後に公開された動画で発表されたが、同時にメンバーが口にした感想は、「気候変動問題は中途半端なものでは間に合わないところに来ている。私たちは、温室効果ガスを排出しない政策を求めているけれど、各党の政策の中には、減らすとか、できるだけやっていくといった内容が多く、残念に思った。私たちは本当に危機感を持ってやっているけど、実際はさまざまな事情が絡みあっていて、妥協案を出しているのかなと感じた」といったものだった。

上記の発言は、高校2年の原有穂さんによるもので、例えば石炭火力発電については、現状、IEA(国際エネルギー機関)が、2050年にゼロカーボンを達成するには、2030年までに経済先進国は温室効果ガスの排出削減対策をしていない石炭火力を廃止しなければならないというロードマップを示しているにもかかわらず、「今の政策ではそれはできないという回答で、そういうところに、私たちと政治家の方たちとの温度差を感じた」ことを具体例として挙げた。

若者でも市民参加できるという形示せた

もっとも原さんは「16歳でまだ選挙権を持っていないので、こういう場を通じて意見を伝え、政治家のみなさんにこんな考えを持っている若者がいることを知ってもらえたのは良かった。こうしたアクションを通じて、気候変動問題が衆院選の大きな争点に近づけたのであれば嬉しい」と総括。またFFF Japanにとっては初めての政党との討論会に準備段階から関わった大学3年の時任晴央さんは、「中学生から大学生までが参加する形で討論会を開けたという時点で大きな実があった。若者でもこんなふうに自分たちの理想とする政策を訴え、こういう形で市民参加できるという形を示せたというだけで、言外のメッセージになったんじゃないか」と成果を強調した。

FFF Japanでは、今回の討論会に参加したメンバーも含む5人が、10月31日から11月12日にかけて、英・グラスゴーで開かれるCOP26(第26回気候変動枠組条約締約国会議)に実際に参加する予定。国際会議や世界の運動を肌で感じた上で帰国後の活動報告などを通してあらためて気候危機の現状を政策決定者に伝える考えだ。

国際人権NGOも初の公開質問状 夫婦別姓、LGBT法案など争点

一方、東京に本拠を置く国際人権NGO「ヒューマンライツ・ナウ」は、同じく8政党に対し、人権政策に関する19項目の公開質問状を送付した。NGOとして政治的には中立の立場だが、「人権に関する各党の考えを示すことで投票行動につなげてもらうことが役割」として行った初の試みだ。

質問は選択的夫婦別姓の導入や、LGBTに対する差別解消法あるいは理解増進法の制定、同性婚の法制化など、いずれも「国際人権基準の観点からの取り組みが必要であり、且つ、日本社会における関心が高く、多くの市民がその早期解決、被害救済を望んでいる」もので構成。回答は期限までに公明党と日本維新の会を除く6党から寄せられ、その内容が21日、同NGOのアドバイザーを務めるジャーナリストや弁護士らによるオンライン記者会見で解説された。

「人権政策に消極的な与党、積極的な野党の構図」浮かぶ

それによると、全体として、各党とも人権に関する政策には重みを持たせており、「この5年10年の大きな流れの中で、人権ということが保守、リベラルを問わず無視できない、イデオロギーを超えた課題になっている」ことがうかがえる結果が出た。そうした中で、傾向としては「人権政策に消極的な与党と積極的な野党という構図」が浮かんできたという(同NGOによる各党の回答のまとめと、それぞれの回答原文についてはサイト上で公開している=https://hrn.or.jp/news/20727/)。

具体的には、選択制夫婦別姓については自民が×、維新が△で、そのほかは○、LGBTの理解増進法は自民が△で、ほかは○、同性婚の法制化も、自民が「慎重に検討」とするほかは○などとなっている。もっとも自民は○×を示さず、すべて文章のみで回答しており、そうした場合、○×△の判定は事務局の判断で行った。

また会見では、特徴的だったこととして、中国との関係を想起させたり、経済活動と密接に絡んでいるなど、ジレンマを抱えた問題に関しては与野党を問わず、現状と展望を語るにとどまる回答が目立ったことが挙げられた。もっとも「企業に対する人権デューディリジェンスの法的義務化」については、自民も「引き続き検討」としているほかすべての党が○としており、「意識の変化が顕著に見てとれた」という。

人権デューディリジェンスは先送りせず、政府が指針を

この人権デューディリジェンスの問題について、ヒューマンライツ・ナウの事務局長で弁護士の伊藤和子氏は、「非常に切迫した問題だ。サプライチェーンの話では、中国の新疆ウイグル自治区でつくられた製品を日本に輸入するかどうかが国際的に問われているが、日本では政府がイニシアティブをとって法律をつくっていないため、企業は国際的な世論と中国の間で板挟みになり、どうやって事業を成り立たせていけばいいのか非常に苦しんでいる。政府にはこの問題について先送りせず、はっきりと指針を示し、行動していただきたい」とする見解を表明。

またそのほかの項目については「個人的には夫婦別姓やLGBTを巡る多様性の課題など、長年指摘され続けながらも塩漬けにされている状況を変えていってくれる議員や政党が多くなることを通じて人権に関する政策がいい方向に進むと嬉しい」とした上で、「こうやって回答していただいたことには責任が伴う。選挙後には、各政党に公約としてしっかり実現していくことを与野党を問わずお願いしたい」と会見を締めくくった。

政治への市民参加 かつてない盛り上がり

https://youtu.be/Ygtmbwj0sV4

今回の衆院選で初めてアクションに出たのは上記2団体のほかにも枚挙にいとまがない。「一切の政党や企業に関わりのない市民プロジェクト」として小栗旬さんや菅田将暉さん、二階堂ふみさんら14人の俳優やミュージシャンが動画で投票を呼びかけた「VOICE PROJECT 投票はあなたの声」は大きな話題に。そのほか、「各自の問題意識・市民運動を通じてつながった有志の集まり」が「みんなの未来を選ぶためのチェックリスト」として各党に公開質問状を送ったり、市民と野党の議員が「未来を選ぶための市民街宣」と銘打って、東京都内でスピーチリレーを行うなど、衆院選を目前に、政治への市民参加がこれまでにない盛り上がりを見せている。

さらに今衆院選を機に、クリエイティブディレクターの辻愛沙子氏らが設立した一般社団法人「GO VOTE JAPAN」は、「日本における投票率を1%でも高めるために活動する有志のプロジェクト」を展開中で、誰もが気軽にSNS上で「投票宣言」をすることができるキャンペーンや、選挙後の11月1日には、さまざまな企業とのコラボにより、20代の投票率によって割引率が決まる化粧品や洋服などのECサイトをオープンさせる計画だ。

投票について話し、足を運ぼう #投票ポスター2021

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https://voteposter.cargo.site/

企業に社会的課題の解決求める気運と重なる

過熱しているようにも感じる市民参加型の選挙。その直接的な要因としては、コロナ禍で政治不信が高まり、今回の衆院選をより自分ごととして捉える気運が高まっていることもあるだろう。だが、もっと深いところでは、企業経営にESGの観点が欠かせず、気候変動やビジネスと人権を巡る情勢の厳しさが増す一方の国際社会の潮流がある。政治に対して市民の声がより大きくなっているのは、企業に対して社会的課題への対応・解決を求める消費者や投資家の声が大きくなっているのと同じだ。

日本でも「エシカル消費」という言葉がMZ世代(ミレニアル・Z世代)を中心に広がってきているように、「買い物は投票である」という視点で、消費者が自分の価値観に沿った活動をする企業の商品を選択することは社会に広く浸透してきた。そして日本でも世界でもその先頭を走るのがZ世代だ。

世界では政治的なブランド・アクティビスムの動き

そうした流れを起点に、世界の大手企業の間では、社会が直面している課題の解決のため、企業がそれぞれの信念やパーパス(社会的存在意義)に基づいて自らの立場を明確に示すブランド・アクティビズムの動きが顕著になっている。その一環で世論が割れる差別などの問題に企業があえて強い見解を示したり、政治的な事柄にもYes・Noを表明する動きが欧米では進んでおり、昨年の米大統領選では、混迷を深める民主主義の再建に向け、従業員の投票を促す企業主導のイニシアティブが生まれ、1600社以上が参加するまでに拡大した。

日本企業ではまだはっきりとした政治的なブランド・アクティビズムを示すところは少ないが、グローバル企業の日本法人を中心に動きがある。今回の衆院選では、パタゴニア・ジャパンやキーン・ジャパンなどアウトドア産業に関わる企業でつくる「コンサベーション・アライアンス・ジャパン(アウトドア環境保護基金)」が新しいイニシアティブとして「Vote the Outdoors—未来のために選択しよう」を立ち上げた。また日本企業でもラーメンチェーンの「一風堂」や、豚肉料理専門店の「平田牧場」などの飲食業を中心に「投票済証明書」を示すことでサービスや割引が受けられる、いわゆる“選挙割”を実施する動きも広がっている。

投票という行為が社会や企業活動にもたらす意義については、米サステナブル・ブランドのイニシアティブ「Brands for Good」の調査結果からも明らかで、「投票」は、すべての人にとって健康で公平な未来を創造することを手助けするために消費者と企業・ブランドが携わることのできる「最も影響力のある9つの行動」の一つに入っている。

そうした意味でも、今回の衆院選で、さまざまな立場の市民が参加して政党に公約をただす形のキャンペーンが盛りあがりを見せていることは、SDGs時代の象徴的な傾向を示していると言えるだろう。

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