ジェンダーニュートラルな社会、スウェーデン 三人称代名詞「hen」にも反映【世界から】

 スウェーデンには「hen(ヘン)」というジェンダーニュートラルな三人称代名詞がある。英語の「she」や「he」のように男女を区別する代名詞はスウェーデン語にもあるが、あえて区別をしない代名詞がhenである。この代名詞は2000年代ごろから新聞記事や公的文書の中でも利用されている。筆者自身も仕事で行政文書を作成する際、henを使っている。名前だけでは男性か女性かは分からない。だから代名詞を使うときは性的な区別をしないように気をつける。スウェーデンでは50年以上かけて性的少数者が社会に受け入れられるようになった。その結果が言葉にも反映されたのである。(スウェーデン在住ジャーナリスト、共同通信特約=矢作ルンドベリ智恵子)

カフェで販売されているレインボーカラーの紅茶缶。購入価格の一部が性的少数者の財団に寄付される。(筆者撮影)

 ▽法制度の歩み

 性的少数者の人権がしっかりと守られているスウェーデンでも、50年前には同性愛は病気だと診断されていた。当時、LGBTQであるとカミングアウトする人はほとんどいなかった。

 その後、1970年代から勇気ある当事者たちの同性愛解放運動、デモ活動を通して彼らの人権が少しずつ社会に認められるようになった。

 87年に企業や政府による同性愛者の差別が禁止され、95年には同性カップルのパートナーシップ法が成立した。2003年には同性カップルの養子縁組の権利も認定され、09年には同性婚が合法化された。

 13年には法的性別の変更に関する法律から不妊手術の義務化が削除された。スウェーデンでは1972年に世界で初めて法的に性別変更が認められたが、その際は不妊手術を受けることが条件だった。現在は強制的に不妊手術を受けさせられたトランスジェンダーの人たちに賠償金が支払われている。一方、日本では性別適合手術を受けないと戸籍の性別を変えることができない。これは人権侵害ともいえ、早急に法律を見直す必要がある。

子どもからシニアまで大勢の人が楽しく走るイベント。参加費の一部が性的少数者の団体に寄付された=9月、ストックホルム(筆者撮影)

 ▽支援団体と認証制度

 スウェーデンでは法律が整備される上で、性的少数者全国組織(RFSL)の活動が大きな影響を与えてきた。この支援団体は1950年に発足し、会員は7000人を超える。

 RSFLは政治的なロビー活動、広報活動、社会的な支援活動などを幅広く行っている。他にも政治家や行政機関、企業に向けて、人権尊重・差別禁止について教育プログラムを実施している。

 傘下に25歳までの若者へのサポート組織もあり、自分自身の性や子供の性について悩んでいる人たちを支援している。

 さらに、性的少数者の立場から職場環境を見直したり、性的少数者への理解を高めたりする教育プログラムを2008年から実施。終了した組織には「LGBTQI認定証」を発行している。病院、高齢者施設、図書館、就学前学校、学校など、これまでに550以上の団体や組織が認定証を受けている。

 この教育プログラムはオンラインで受けられ、「LGBTQI基礎」「差別法の実践研修」「LGBTQIの健康と治療」の三つのコースがある。受講料はすべてのコースを含んだ内容だと1人約700スウェーデン・クローナ(約9300円)。それぞれのコースを個別に受けることも可能となっている。

レインボーシニアハウスの内部(同シニアハウス提供)

 ▽認証を受けたシニアハウス

 LGBTQIの認定を受けた高齢者施設がスウェーデンには現在10カ所ほどある。勤務するスタッフも教育プログラムを受け、性的少数者への理解や配慮が行き届くよう励んでいる。

 その一例として「レインボー(虹)」という名のシニアハウスがストックホルム市内にある。スウェーデンではおそらく一つしかない55歳以上のLGBTQの人のためのシニアハウスである。子どもがおらず老後に不安を持っていた創立者たちが、同じように思っている人たちと共にこの施設をつくり上げた。彼らは「このような施設があるということ自体、実は悲しいことです。私たちの夢はどんな人でもどこでも受け入れられるようになることです」という。

レインボーシニアハウスの入居者ら(同シニアハウス提供)

 性的少数者が生きづらさから解放される日が早く訪れることを願いたい。本人の意思が尊重され、ありのままの自分で生きられる社会にするにはどうすればいいのか。日本でも周囲の人たちの意識や理解がもっと広がり、海外の事例を参考に法整備を進めることが必要だろう。

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