幻の列車で本格コース料理を堪能……「博多~由布院」間を行く「或る列車」の見所をご紹介【2021年11月~】

由布院駅に停車する「或る列車」

JRKYUSHU SWEET TRAIN 「或る列車」――JR九州の誇る10番目のD&S列車(※)に転機が訪れます。2021年11月13日より運行区間を博多~由布院間に変更し、本格的なコース料理を提供する列車として生まれ変わるというのです。

「極上の“食・時・おもてなし”を味わう幻の列車」という新コンセプトを打ち立て、列車名も「JRKYUSHU SWEET TRAIN」の冠が取れてシンプルな「或る列車」に。2015年にデビューした豪華観光列車が見せる新たな顔は、新コースの見所はどんなものなのでしょうか? 今回は2021年10月31日に行われた試乗会の様子を元に、「或る列車」の新たな魅力を紹介します。

※D&S列車……特別な「デザイン」と運行する地域に基づく「ストーリー」を備えた、「デザインと物語のある列車」のこと。JR九州の観光列車。

【目次】
・「或る列車」ってどんな列車?
・博多~由布院間を運行、車窓から垣間見える久大本線の名所
・成澤由浩シェフ監修、コースメニューの魅力

「或る列車」ってどんな列車?

「或る列車」1号車車内。写真は2020年7月取材時のもので、テーブルに乗っているのは当時提供されていたスイーツコースのお弁当

「或る列車」のモデルは、かつて「九州鉄道」がアメリカのブリル社に発注した豪華客車。「当時の日本で最も豪華な設備を備えていた」とされていますが、同鉄道の国有化にともない、ほとんど活用されることなく幻の列車と化していました。「或る列車」とは、そんな豪華客車に対する鉄道趣味者・鉄道ファンからの呼び名でした。

この「或る列車」の鉄道模型を元にして、2015年に登場したのが「JRKYUSHU SWEET TRAIN『或る列車』」です。元JR四国のキハ47形気動車を改造した「キロシ47-9176」(1号車)と「キロシ47-3505」(2号車)の2両編成で、2人席・4人席を備える1号車は明るめで開放的、コンパートメント(個室)を備えた2号車は落ち着いた雰囲気の車両となっています。

2号車各個室の扉には、釘を使わずに細い木を組み合わせた「組子」を採用。こちらも2020年7月取材時の写真

「ななつ星 in 九州」で採用された格天井や組子のデザインも取り入れられており、JR九州のD&S列車の中でも比較的グレードはお高め。世間的には「『ななつ星』の雰囲気をカジュアルに楽しみつつ、流れゆく九州の車窓を見ながら、車内で美味しいスイーツやお食事を堪能できる列車」といったイメージでしょうか。

11月の運行からは本格的なコース料理の提供を開始するということで、「JRKYUSHU SWEET TRAIN」とは名乗らなくなりますが、元よりスイーツだけではなくお料理(お弁当)を提供していたこともあり、世間的なイメージはあまり変わらないかもしれません。

今のところ改造の予定はなく、車体の「SWEET TRAIN」はそのまま残る

博多~由布院間を運行、車窓から垣間見える久大本線の名所

由布院駅直結の観光案内所「YUFUINFO(ゆふいんふぉ)」(2018年開業)から見える由布岳の様子。ガラス張りの同案内所からは由布院駅に停車する列車も見える

これまで「ハウステンボス~博多」「佐賀~長崎」など様々なコースを運行してきた「或る列車」ですが、2021年11月からは当面の間「博多~由布院」で運行(博多~久留米間は鹿児島本線、久留米~由布院間は久大本線)。西日本でもトップクラスの大都市と、日本一の「おんせん県」である大分の一大観光地を結びます。

久大本線といえば有名なのは「ゆふいんの森」――D&S列車の嚆矢として長年人気を博している列車で、こちらは「博多~由布院・大分・別府」を結んでいます。「或る列車」の運行ルート変更にともない、これからは「ゆふいんの森」と「或る列車」を組み合わせて、たとえば行きは「ゆふいんの森」・帰りは「或る列車」で……といった楽しみ方もできるようになります。

筑後吉井駅に停車中の「或る列車」(右)と通過する「ゆふいんの森」(左)

実際に10月31日に行われた試乗会では、取材のため博多~由布院まで「ゆふいんの森」に乗車し、由布院から「或る列車」で戻った方もいらっしゃいました。とはいえ実際の旅行でその「日帰り」はさすがに強行軍に過ぎるというもの。由布院は九州でも名高い観光地ですし、財布と時間が許す限り滞在して「湯めぐり」をしたいものです。

久大本線は「ゆふ高原線」という愛称もある景観の良い路線です。のんびりとした田園風景のみならず、「慈恩(じおん)の滝」など見逃せない名所もあり、途中停車駅では跨線橋から行き交う列車を眺めることもできました。

機関庫で有名な豊後森も通る
車窓から眺められる滝というのも珍しい
晴れた日に橋上から見る川の流れがまた美しい
久大本線「田主丸駅」外観。駅舎内部の様子等は「鉄道チャンネル」の人気連載「木造駅舎コレクション」シリーズにて近々紹介予定(2021年4月撮影)

また途中の「夜明」駅では、日田彦山線の線路らしきものも見えました。2017年の九州北部豪雨により被災し不通区間となった添田~夜明間(29.2キロ)は、鉄道ではなくBRT(Bus Rapid Transit)での復旧が決まっています。

夜明駅出発後、進行方向(博多方面)右手の車窓から見えた日田彦山線の線路
夜明駅ではJR九州の気動車と並ぶシーンも

停車駅や停車時間などの細かい部分は調整中で、また久大本線を行く今回のコースでは「金・土・月・祝日」と「日曜日」で運行時間がだいぶ異なるため、実際の運行時にはこうした列車のすれ違い・並びが見られない可能性もあります。

リアルタイムで列車の運行情報を調べるなら「JR九州アプリ」が便利。列車走行位置がリアルタイムで確認できるため、お目当ての列車を見逃すこともありません。

成澤由浩シェフ監修、コースメニューの魅力

沿線の景観を楽しむだけなら「ゆふいんの森」や普通列車でも構いませんが、「或る列車」に乗車するからには、やはり特別なお料理を堪能したいところ。「或る列車」の料理を監修するのは、これまでの「スイーツコース」同様、東京・南青山の名店”NARISAWA”オーナーシェフ成澤由浩氏。ここから先は試乗会で提供されたコースメニューをご覧ください。(※コースメニューは季節に応じて変更予定です)

ドリンクメニューでは九州産のお酒やジュース類を提供
4種のお水飲み比べセットも。下に敷かれた「久大本線沿線のお水味わいマップ」表面には甘みや口当たりについて記載があり、裏面では産地などが紹介されている。
<前菜>「熊本県 車海老と佐賀県 みつせ鶏のカクテルサラダ 鹿児島県 樽熟黒酢の香り」 色鮮やかなミニトマトやラディッシュ、コンソメのジュレ、黒酢のサラダが見目鮮やか
<スープ>「大分県 サワラ、ヒオウギ貝、ムール貝の鹿児島県 枕崎の鰹節出汁仕立て 宮崎県 NARISAWAキャビアとともに」 いただく前に鰹節の出汁をかけてもらう。鉄道ファンの中には「おだし列車」を思い出す方もいる……かも?
<メイン>「九州黒毛和牛のイチボのステーキ、福岡県 木の子とカラフルな野菜たち」 冬野菜のソースは上品で甘みがあり、お肉につけるだけでなくパンに塗っても美味しい
<スイーツ>「熊本県 やまえ栗の阿蘇山と鹿児島県 シングルモルトウイスキーの雲海」 モンブランを阿蘇山に、ジンを使用した泡を雲海に見立てた。周りの葉は紫いも、かぼちゃ、さつまいもでできており、全て食べられる
<ミニスイーツ>「佐賀県 温州みかんのタルト 福岡県 りんご飴、鹿児島県 カルヴァドスの香り 福岡県 玄米茶とチョコレートの松ぼっくり」 飴細工の中にはりんごジュースのピューレやブランデーのカクテルが入っている

必ずお腹を空かせて乗ってください。そう念押ししたくなる逸品揃いでした。

走行する列車内でコース料理を提供するというのは簡単なことではありません。越えなければならないハードルは多く、たとえば電気量の問題から使用できる調理器具は限られますし、列車の「揺れ」に対応するために重めの食器を使うといった細かな工夫も必要になります。

それでも「提供する料理に妥協はない」「(JR九州から打診されて)率直な感想としては嬉しかった。九州の生産者さんや漁師さんの食材をこれまで以上に幅広く使える」と成澤シェフは語ります。「或る列車」ではこれまでもしっかりとしたお弁当を提供していた実績がありますし、調理スタッフも精鋭揃い。車内キッチンの設計にも成澤シェフが関わっており、コース料理を振る舞う上での不安はないそうです。

「或る列車」のメニューを監修する”NARISAWA”オーナーシェフ成澤由浩氏

列車での食事の醍醐味は「車窓から見える風景」だという成澤シェフ。移り変わる景色の中で食事をするのは街中のレストランではできません。車窓に映る景色の中で作られた食材、その季節に畑にあるもの、海で獲れるものが食材としてお皿の上に並ぶ……「或る列車」は目だけではなく、舌でもしっかりと九州を味わい尽くせる、そんな観光列車なのです。

記事:一橋正浩

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