パワハラを通報したら「報復」 降格・減給、監視カメラ付きの追い出し部屋… 裁判に勝っても課題は残った (フロントラインプレスのオリジナル記事)

社長によるパワハラを親会社に通報したら報復を受け、降格・減給されたうえ、人事異動によって行かされた部署は監視カメラ付きの“追い出し部屋”だった――。そんな事態に追い込まれた当人たちが「内部通報に対する報復であり、一連の処分は不当」として損害賠償や地位確認などを求めていた訴訟の判決が千葉地裁であった。判決はすべての降格・減給処分を無効と認定。原告側が実質勝訴した。
内部通報や公益通報を実行した者に対する報復人事がやまない。裁判で勝ったとしても不当な処遇が続く事例は少なくない。“報復”の根深い現場を追った。

◆森永乳業子会社でのパワハラ 社員17人が通報

この裁判で被告になったのは、大手乳業メーカーの森永乳業(東京都港区、東証1部)、および子会社で洋菓子製造のシェフォーレ(千葉県八千代市)など。原告は、シェフォーレの元副工場長A氏と元総務課長B氏。2人は2018年10 月、千葉地裁に提訴していた。
訴状などによると、ことのいきさつはこうだ。

千葉地裁の玄関(撮影:本間誠也)

シェフォーレ社長が他の社員の前で部下を長時間叱責するなどのパワハラを繰り返しているとして、A氏とB氏を中心にした社員有志17人は2015年2月、親会社・森永乳業のヘルプライン(相談窓口)に通報。社長の人事異動を求める要望書を提出した。それを受けて翌3月下旬、森永乳業の担当社員が同席のもと、シェフォーレ社長とA氏B氏を含む社員3人が面談することになった。子会社の社長はその場で「今後は口うるさく言わない」と反省の弁を口にしたことから、社員側は矛を収めた。

A氏とB氏への報復が始まったのは、その年の8月になってからだ。

◆報復始まる カメラで常時監視

内部通報に対する報復は、どんな中身だったのか。

A氏は3度も処分を受けた。
1次処分では、副工場長を解かれ、部下のいない「品質管理部シニアマネージャー(SMG)」に降格された。業務内容は細菌検査とクレーム対応だ。給料も減額された。続く2次処分によって工場長付SMGに配転され、3度目は工場付MGへと再び減給を伴う降格処分を受けた。1次処分から3次処分までわずか10カ月。副工場長だった時より給料は月額4万円減少した。
事務系でキャリアを重ねてきたB氏も2度の処分を受けた。総務課長から3交代制の工場の「仕込課長待遇」に配置転換。2度目で「仕込MG」へと降格された。給料も総務課長の時より月額1万5千円減らされた。

それだけではなかった。

副工場長だったA氏へのいやがらせは、苛烈そのものだった。2次処分による配点先は、他の従業員から隔離された第二事務所。いわゆる“追い出し部屋”だ。時折、別の事務所で作業する従業員が立ち寄るだけで、普段は当のA氏しかいない。室内では、A氏の背後に監視カメラが設置され、常に上半身が映るよう設定された。そして第一事務所で勤務する社長や幹部らはモニターでいつでも確認できるようになっていた。
追い出し部屋での仕事は、単純な書類作成など。パート従業員の仕事だった商品廃棄もA氏の仕事になる。草刈りや樹木の剪定作業も押し付けられた。追い出し部屋を離れることが許されるのは、屋外作業を除けば、トイレと食事休憩だけ。監視カメラは四六時中作動しているのだ。朝礼への参加も許されず、他の従業員との会話は一切禁じられた。

監視カメラ(イメージ写真)

◆「自主退職に追い込むための報復行為、嫌がらせ」「自殺も考えた」

A氏は3度の処分を受け、追い出し部屋に押し込まれた日々について、裁判の陳述書でこうした内容を記している。

1次処分による配転先では情報共有をしてくれないなどの嫌がらせに遭い、ストレスによる下痢や腹痛のほか、毎日のように下血していました。2次処分の後、暑い時期の1人での草刈りや剪定作業では体力も消耗してたびたび熱中症になりそうでした。産廃処理なども苦痛でした。社内での行動の自由や人間関係の自由を奪われ、精神的に苦しいものがありました。自主退職に追い込むための報復行為、嫌がらせだと強く感じました。

社用車のカギを取りに第一事務所に行った際、モニターに監視カメラが撮影する隔離部屋の様子が映っていました。それを目にして、いつも社長や常務に継続的に監視されているという恐怖感、不快感から夜も眠れなくなりました。呼吸が乱れるなどして精神的にさらに苦しくなりました。

A氏はパワハラ通報から2年余りが経過した2017年6月、A氏は心療内科を受診した。不快抑うつ反応と診断され、通院生活は今も続いている。B氏も陳述書の中で「処分を受けて精神的に落ち込み、自殺を考えたこともありました」と心境を記している。

こうした原告2人の訴えに対し、被告のシェフォーレ社は2人に対する降格・減給処分や異動命令について、内部通報の報復ではないと全面否定した。
A氏への最初の処分はセクハラやパワハラ、職務怠慢が原因だとし、十数件に上る実例を列挙。追い出し部屋の監視カメラについては「フードテロ対策」だと説明した。また、3度目の処分については「パワハラがやむことなく、継続している事実が発覚したためだ」と主張した。

B氏への処分については、1次処分は「懲罰的な降格・配転人事ではない」とし、減給を伴う2次処分はトラブル発生時の対処やあいさつなどの勤務態度に問題があったため、とした。

◆裁判には勝った しかし…

判決は今年9月8日、千葉地裁で言い渡された。処分前の副工場長などの職位をめぐる地位確認については「労働者には原則として就労請求権がない」として原告の訴えを認めなかったものの、2人に対するすべての処分について「(内部)通報に対する制裁、あるいはA氏、B氏を退職に追い込もうとするなどの不当な目的で行われたもの」「人事権、または懲戒権を濫用したもの」と断じた。そして、降格・配転後の職責で勤務する義務はないとした。

一方、被告による「2人に対する処分はパワハラ、セクハラ、職務怠慢、勤務態度が理由で、人事権の正当な行使」との主張は全面的に退けられた。そのうえで、減額された給料の差額を被告に支払うよう判示したほか、シェフォーレ社には損害賠償としてA氏に約120万円、B氏に約80万円を支払うよう命じた。

判決の翌日、A、B両氏は次のような内容のコメントを寄せている。

「私たちの主張が概ね認められてうれしい。今回の事案は内部通報者への報復行為であり、時代に逆らっており許されるものではない。このような報復はなくなってほしいし、会社は真摯に受け止め職場環境を整えてもらいたい」(A氏)

「(訴訟中は)不安定な精神状態のせいで家族に嫌な思いをさせたこともありました。そんな自分に嫌気がさして生きることさえやめてしまいたいと思う時もありました。そうした苦労が報われた気がします。いつか、誰かが自浄作用のスイッチのようなものを押してくれるのではという期待を持っていました。今後、誰一人として私たちのような経験をしないですむような社会になることを切に希望いたします」(B氏)

被告は控訴せず、判決は確定した。

判決文(撮影:本間誠也)

◆「人事権をもとに、また何かやってくるのではないか」

内部通報や公益通報の結果、人事や給与などで報復を受けた者が、勤務先を相手取って裁判を起こすケースは少なくない。ところが、その種の裁判で勝ったとしても当事者は必ずしも一件落着とならない。典型例はオリンパスの元社員、浜田正晴さん(60)のケースだ。浜田さんはNHKのドキュメンタリ―番組「逆転人生」の主人公になったこともある。

上司の不正行為を社内相談窓口に公益通報した浜田さんは、畑違いの部署への配置転換を命じられ、追い出し部屋で外部との接触を禁じられるなどした。「通報の報復による配置転換は無効だ」としてオリンパスを訴えて控訴審で逆転勝訴したものの、判決確定後も子会社への異動を勧められるなど適正な業務を与えられなかった。結局、「職位の回復」と損害賠償を求めて、再び会社相手の訴訟に踏み切らざるを得なかった(係争中に和解)。

では、今回のシェフォーレ訴訟はどうか。原告2人に対する配置転換や降格・減給処分は判決で無効とされたが、元の職位に戻してほしいという地位確認は認められなかった。判決後、会社側は2人と面談したが、今も正式な職場などは決まっていない。

フロントラインプレスの取材に対し、原告の弁護団はこう言及している。

判決はあくまで処分などは無効ということで、今の職位に従事する必要はないとした一方、元の職場、職責に戻るというところまで認めていない。そのため、新たな職場をどのようにすべきかという問題はある。
2人がどこの職場に戻るんだというのは、私たちが今まさに懸念しているところ。B氏の場合、(処分前に所属していた)総務課という部署が(機構改変で)なくなってしまった。精神的な不調が続いているA氏についても、会社側が安全配慮義務に基づいた処遇をしてくれるのか。それらの点が今、一番問題です。

判決を受けて仮に適正な職務や勤務場所を定めたとしても、また人事権をもとに何か第2弾でやってくる可能性もある。そうした懸念が今後も残り続けるというのは、内部通報・公益通報をめぐる他の裁判のケースと同じだと思っています。

判決からすでに50日余り。今も会社側から2人への謝罪は行われてはいないという。

(フロントラインプレス・本間誠也)

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