【GT300マシンフォーカス】創意工夫とアイデアでいくらでも速くなる。“カスタマー”が走らせるトヨタGRスープラ

 スーパーGT300クラスに参戦する注目車種をピックアップし、そのキャラクターと魅力をエンジニアや関係者に聞くGT300マシンフォーカス。2021年の第5回はデビューイヤーとなった2020年の成功を受け、シリーズでも一大勢力を築き上げた3台のGTA-GT300規定トヨタGRスープラのうち、ヨコハマタイヤを装着する244号車『たかのこの湯 GR Supra GT』が登場。

 本格参戦2年目のMax Racingだが、車両を預かるのは名門つちやエンジニアリング、メンテナンスはRS中春という充実の体制だけに、彼らの目に映る最新車両の個性とポテンシャルはいかほどか。2021年の第2回で取り上げた25号車『HOPPY Porsche』を含め、双方のセットアップを統括する土屋武士“ゼネラルマネージャー”と、データエンジニアを務めるRS中春の河瀬和弘氏にその素性を聞いた。

* * * * * * *

 2020年に埼玉トヨペットGreen Braveのオリジナルマシンとして登場し、トヨタカスタマイジング&ディベロップメント(TCD)やaprなどのサプライヤーが開発協力として名を連ねるGT300規定GRスープラは、その52号車埼玉トヨペットGB GR Supra GTがデビューウインを含む年間2勝を挙げるなど華々しい戦果を残した。

 そうした活躍を受け、2021年にはカスタマー供給というかたちでダンロップタイヤ装着の60号車SYNTIUM LMcorsa GR Supra GTとともに、シリーズ参戦を果たした244号車たかのこの湯 GR Supra GTは、これまでスーパー耐久を中心につちやエンジニアリングのサポートで活動を続けてきたMax Racingの次なるステップとして、スーパーGT参戦2年目を迎えたチームの新たな武器に選出された。

「オーナー(のGo MAX)さんから『可能性のあるクルマ』ということで、当初は『プリウスか』っていう話もあったのですよ。僕自身はプリウスだろうが、GRスープラだろうが“イジれる”ので(笑)、どちらかと言えば安い方が……っていうのはありましたけど、ぜんぜんそういうのは関係なく。とにかく『勝てるクルマを』というリクエストがあったので、フォルムが空力的にとてつもなくレーシングカーにマッチしてるGRスープラ、それが決め手になった感じですね」と語るのは、HOPPY team TSUCHIYAの監督兼、Max Racingのゼネラルマネージャーも務めるつちやエンジニアリングの土屋武士代表。

 スーパーGT参戦初年度は、前年までのスーパー耐久での活動経験も踏まえて『レクサスRC F GT3』を継続使用してきた同チームだが、2年目に向けては規定の範囲内で独自のアイデアや想像力を持ち込める、GTA-GT300規定(旧JAF-GT規定)モデルをチョイスした。

 だがGT3に対し、その成り立ちゆえ格段にゼロベースから作り込むことが可能なGTA-GT300規定では、設計段階から製作・製造とケタ違いに工数が掛かるため、開発コストにも如実に跳ね返ってくる。しかし、すでにapr製FRプリウスで実績あるシャシーをベースに、コンポーネントを共有して生まれたGRスープラは、フレーム製作の段階から「昔ながらのレース業界の繋がりで」(土屋代表)つちやエンジニアリングのメカニックも加わり、細部のフィッティングなどで細かな相違点はありつつも、他の車両と「クルマの仕様としてはまったく同じ」に仕上げられた。

 そのため、突貫工事で間に合わせたという3月末の富士公式テストから、いきなりのトップタイムを記録するなど、開幕戦を前に注目の船出を飾ってみせる。しかし2016年にGT300ドライバーズタイトルを獲得して現役引退を決めて以降も、自らステアリングを握り“乗って、走って、作れるエンジニア”として一人三役を務めてきた土屋代表は、このシェイクダウンで「好印象と同時にウイークポイントもすぐにわかった」と、早くもその素性を見抜いていた。ここからはまず、その“ファーストコンタクト”よりシーズン前半戦の流れを聞いてみることにしよう。

apr製FRプリウスで実績あるシャシーをベースに、コンポーネントを共有して生まれたGRスープラ

「最初の印象は『ダウンフォースがすごくあるな』と。その後、第1戦岡山の公式予選Q1でトップタイムが出たので『あれ、良いのかな』と思ったのですけど、5月末の富士へスポーツ走行に出掛けてもう1回乗ったときに、シェイクダウンで乗った際に持った“違和感”がそのまま残っていた」と続ける土屋代表。

「前半戦でふたり(三宅淳詞/堤優威)にセットアップを進めさせても残ってるのだとしたら、そこを『直さなきゃな』と。それで(第4戦ツインリンクもてぎ直前に同地で開催された)タイヤメーカーテストで対策して……要は少し“手を入れて”持っていったら『ああ、狙いどおり』となった」

「そこである程度、方向性が見えて来たので、さらに次のレースまでにもうちょっと手を入れて。1レースで起きた現象と自分がセットアップのとき感じたフィーリングを加味して、ジオメトリーと重量配分をまた少し変えた。それを今度は(変則開催となった8月の第3戦)鈴鹿に持っていったらバチッと当たった(予選3番手からチーム初優勝)。要は自分が作るクルマのラインに乗っかったので、そこからはリザルトどおり。自分の“知っているクルマ”になったな、と」

 空力面では、昨季までの旧JAF-GT規定同様に2590mm(GRスープラの値。プリウスは2750mm)のホイールベース間はフラットボトムが義務付けられており、前後のスプリッターやディフューザーも跳ね上げ角や容積が定められるため、最新世代GT3のような“フロア面でのダウンフォース獲得”は大きく望めない。そのため車両上面形状の最適化がポイントとなるが、開発を担当した埼玉トヨペット Green Braveはaprのプリウスに続きTCDの空力エンジニアとともに25%風洞での実験を繰り返してきた。

 その甲斐あって「乗ってすぐに『スゲェ』と思ったので、そこは触らずに走れる」(土屋代表)と、ひとまず2021年シーズンの重点項目からは脇に置き、サスペンションやジオメトリーの解析に集中して“特性理解”に務めてきた。

 そのファーストコンタクトで覚えた“違和感”は主にフロント周りに集中し、路面からの入力でわずかにリニアリティが足りない部分があったという。その修正を狙い、車体構造の面で剛性的な強化、補強を行った。これには86MC時代にミッションケースのたわみ対策や同ベルハウジング、そしてスタビライザーの取り付け部など、数々の補強を経験してきたノウハウが役立ったという。

 また、ブリヂストンタイヤ装着の52号車埼玉トヨペットGB GR Supra GTでは、従来まで走らせたマザーシャシー(MC)からの延長線上のセットアップを見据えて、ステアリングを転舵した際に左右の車高を変動させ、能動的にタイヤ面圧をコントロールして接地性を操る、いわゆる“エボサス”を採用しているが、この244号車たかのこの湯 GR Supra GTではクロモリ鋼の頑強なアップライトのブラケットのみを変更することで、ごく標準的なプッシュロッド取り付け点としている。

 無論その直上には専用開発となる5.4リッターの自然吸気V型8気筒2UR-Gが搭載されているだけに、中高速コーナーのスピードが武器であるGRスープラにとって、フロントのリニアリティは生命線とも言える領域だ。

「そこは好きにできるクルマなので、僕自身は設計できないですけどタイヤへの入力を『どうしたい』というのはわかる。僕らは他が何を使ってるなんて何も聞かないし、一切、見てもいない。正直、スプリングだとかジオメトリーだとかの数字を見たら惑わされるじゃないですか(笑)。乗ればスプリングが硬いだの柔らかいだのの違いはすぐにわかるし、ロール剛性が足りないのか過度なのかも1発で理解できる」と土屋代表。

「僕の指標はもうすごくシンプルで。4本のタイヤがあったら、4本のタイヤともちゃんと使い切れるかどうかだけ。それがどの速度域でも、どの環境、コンディションでも変わらないのが理想。そういうクルマが目標で、ここ3戦(本取材は第6戦オートポリスの搬入日に実施)のGRスープラは自分の知ってるクルマの範囲に入ってきてるし、レースを戦いやすいクルマにはなってる。どのタイヤ(コンパウンドを)つけても変わらないのでね」

GRスープラに搭載されている5.4リッター自然吸気V型8気筒エンジン“2UR-G”
52号車がいわゆる“エボサス”を採用する一方、244号車は前後ともにクロモリ鋼の頑強なアップライトのブラケットに交換。こちらはフロント。
リヤのアップライトのブラケットもクロモリ鋼だ。サスペンションは前後ダブルウィッシュボーン。

■2022年シーズンに向けたアイデアと具体策

 そんなゼネラルマネージャーの意図を汲み、とにかく「トラブルがないように、その点も見ながらコンスタントに安定して走れるように、というのを重視してきた」と語るのは、244号車たかのこの湯 GR Supra GTのデータ解析を担当する河瀬エンジニアだ。

 これまでシリーズではTEAM DAISHINのFIA GT2規定ベースとなるZ33型ニッサン・フェアレディZや、86MC時代のTEAM UPGARAGEでも車両の管理を担当してきた経験豊富な同氏だが、その目に映るこのGRスープラは「思わぬところにトラブルが出たりすることがある」クルマだという。

「セットの方は武士さんが上手くまとめてくれてるので、そこを活かせるように。もったいない損をしないように、メカも肝になるようなところはしっかり見ています。例えば『通常、ここ大丈夫だよね』ってとこが緩んだりする。『ここがOKになると、次にここ』みたいな、絶えず全体に見なきゃいけない。なので、とにかく安定した性能が出せるようにするのが大変ですね」と河瀬エンジニア。

 先ほど触れたとおり、フロントエンジンGT車両の常として、大きなエンジンブロックやサージタンクを回避するようにスタビライザーやサードエレメントの取り回しを強いられることから、このGRスープラでも前側ではスタビライザーから伸びたリンク機構を介し、サードエレメントを機能させる方法が採られている。

「確かにこのクルマだとスタビライザーの取り付け方も少し独特なところがあって、そんなところも普通のクルマより少しマメに見てあげないと、っていうのはあります。あとリヤ側だとデフ単体はまだいいんですけど、レシオ(ギヤ)交換はミッション単体を全部降ろしてからでないとダメで、結構しんどいです(笑)」

 ミッション自体はMC同様にヒューランド製の汎用品を使用するも、レシオギヤはデフより前に配置される構成のため、サーキットでのセッションごとに「本当に細かく『風向きに応じてギヤを変えよう』という策は非現実的」だという。現在はその選択肢自体も生産年度によるものか、レシオギヤの在庫が「減らされている」傾向にあり「トルクのあるエンジンなので、どちらかというと引っ張って使うエンジンでないのも助かってる部分ではあります」と続ける河瀬エンジニア。

 2021年は第4戦(実質的なシリーズ3戦目)となったもてぎ戦以降、装着するヨコハマタイヤも格段の進歩を遂げた。その開発チームとして、土屋代表も「ヨコハマ側でもどんどん代謝が進んで、もう完全に新世代になってる。鈴鹿で勝ったときも初お目見えのコンパウンドで『当たった~』って感じでしたし、一緒にやらせてもらった成果が非常に……当たり前のことが、当たり前にやれるようになってきた」と、今季終盤のタイトル戦線に向け「あとは若いふたりがタイトル争いを経験して、思いっきり戦える場を作りたい」という状況までお膳立てが整った。

 そして迎えるは、最終戦後のオフシーズンから開幕前テストと本格的準備に取り掛かる猶予が与えられる2022年シーズン。土屋代表も「そりゃ来季に向けては盛り沢山やりたいですよ」と、空力面も含めたアイデアを温める一方、河瀬エンジニアも「当初から主要な外装部品がFRPやアルミでできているところもあって、その辺を改善してもったいないレースが出ないようにしたい」と、すでに具体策を描いている。

 自らの創意工夫とアイデアにより、大掛かりなコストを掛けずともGT300規定車両はいくらでも速く、強くなる。その真骨頂を活かし、今後もMax Racing×つちやエンジニアリング×RS中春の三位一体で、ファンが待ち望むお家芸を披露してくれるはずだ。

トランスミッションはMC同様にヒューランド製の汎用品(6速/後退1速)を使用。しかし、MCと異なりレシオギヤはデフより前に配置されている。
ワイヤーで支えられているフロントタイヤサイドの底面。
たかのこの湯 GR Supra GTのリヤディフューザー
タイヤサイズは330/710R18の4本通し。244号車はヨコハマタイヤを装着する。
2021スーパーGT第6戦オートポリス たかのこの湯 GR Supra GT(三宅淳詞/堤優威)

© 株式会社三栄