第七十八回「京都にいると村八分の「夢うつつ」が頭の中に流れてくる」

想い出の音楽番外地 戌井昭人

先日、わたしが台本を書いたり出演している「鉄割アルバトロスケット」の公演で京都に行ってきました。10年くらい前は、京都で公演する機会が結構あったのですが、とんとご無沙汰で、久しぶりの京都公演でした。 今回は、京都舞台芸術祭というイベントに参加して、京都芸術センターという場所での公演でしたが、以前は、京都大学の吉田寮の食堂で公演をしていました。当時、吉田寮の食堂は音楽ライブイベントや演劇公演などがよく行なわれていたのです。今回、懐かしくて、吉田寮まで行ってみたら、食堂のあった場所には、新しい建物が建っていました。 当時は、舞台が終われば、毎晩、寮生と酒盛りをした懐かしい思い出が蘇ってきます。そんでもって、吉田寮から、道を挟んで、少し行くと、向こうに京大の西部講堂が、どでーんと、見えてきます。 西部講堂といえば、村八分の『ライブ』が録音された場所であり、昔、初めて見たときは、卒倒しそうなくらい興奮したのを覚えています。 屋根の星だかなんだかの絵や建物も相まって、カオスがズデンと鎮座している感じです。 若い頃、村八分の『ライブ』を、聴きたかったのに、ずっと聴けなかったことがあります。当時は、村八分を知る、まわりの人から、いろんな伝説や思い出話を聞かされていて、どうしても聴きたかったのですが、レコードは高くて買えず、今みたいにインターネットもなかったのです。だからCDで再発されたときは、とても嬉しかった。 そんなこんなで今回、京都をうろうろしていても、村八分が頭の中で流れっぱなし状態なのでした。ですから御所に行けば、アルバムの収録曲「夢うつつ」が、頭の中に流れてきます。 「日曜日の朝早く御所のなかで夢うつつ」という唄い出し。それにしても、これは、いったい、どういうことなのだろう? 酔ってるの? トンでるの? とにかく朝が早いのは、健全そうなのだけど、絶対にそうではない感じ、きっと夜通しなにかやっていたのだろう。などと、初めて聴いたときに考えたことを、時が経っても、同じように考えていたのです。 それにしても、村八分のボーカル、チャー坊の歌詞って、あらためて凄いもんだと思えてきます。ロックの歌詞に「御所」が出てくるなんて! 「夢うつつ」の歌詞を、要約しますと、日曜日の朝早くは御所だったけど、昼下がりになると、うすらぼんやりして、ひとりごと言って、昔へ、昔へ、夜になったら、朝の雨に濡れて、涙、です。 とにかく、チャー坊の詩を見ると、本来、詩というのは、こういうものなんだと、うすらぼんやり思えてくるのです。 村八分の初期メンバーって全員亡くなっております。合掌。京都にいると、かつてこのようなとんでもないバンドがあったんだと感慨深くなるのでした。 わたしにとっては、どんなに歴史のある神社仏閣より、重要な気もしてきます。

戌井昭人(いぬいあきと)

1971年東京生まれ。作家。パフォーマンス集団「鉄割アルバトロスケット」で脚本担当。2008年『鮒のためいき』で小説家としてデビュー。2009年『まずいスープ』、2011年『ぴんぞろ』、2012年『ひっ』、2013年『すっぽん心中』、2014年『どろにやいと』が芥川賞候補になるがいずれも落選。『すっぽん心中』は川端康成賞になる。2016年には『のろい男 俳優・亀岡拓次』が第38回野間文芸新人賞を受賞。

© 有限会社ルーフトップ