コロナ後の観光復興へ 信州の山岳リゾートからサステナブルツーリズムを発信

長野・中部山岳国立公園

カーボンゼロ社会に向けた持続可能な観光の在り方について、世代やセクターを超えて考える「Go Green プロジェクト in 長野〜世界に誇る山岳リゾートを目指して〜」が10月23、24日の2日間、広大な国立・国定公園を保有する長野県を舞台に開かれた。「日本みどりのプロジェクト推進協議会」と「Go Greenプロジェクトin長野実行委員会」の主催、サステナブル・ブランド ジャパンの共催で、全国のZ世代の学生や自治体関係者などを中心に現地で約200人、オンラインで約300人が参加。ポストコロナにおけるツーリズムの復興を感じさせる絶好の機会となった。信州の地から発信されたサステナブルツーリズムへの提言とはーー。初日のシンポジウムの様子を紹介する。(廣末智子)

「日本みどりのプロジェクト推進協議会」は、日本の自然と緑を核に都市と地方が連携し、地方創生の実現と、脱炭素社会の実現、生物多様性の保全の3つを達成しようと、2020年10月に設立された自治体や大学など産官学による団体。長野、高知、三重、鳥取、熊本、新潟、沖縄の7都道府県のほか、9市町村、公益財団法人「大阪観光局」などが名を連ね、2025年の大阪・関西万博に向けた情報発信などを行っている。

スイス在住“観光カリスマ”山田桂一郎氏が基調講演「住んでよし、訪れてよし、の地域に」

基調講演には、マッターホルン山麓の町、スイス・ツェルマット在住で、日本と行き来しながら、世界各地の観光・リゾート地におけるマーケティングやブランディングの経験に基づいた活動を行う山田桂一郎・JTIC.SWISS(スイスの日本語インフォメーションセンター)代表が、「『選ばれ続けるために必要なこと』〜自立&持続可能な地域経営〜」と題して登壇した。

内閣府と観光庁、農林水産省から“観光カリスマ”として認定を受け、“内閣官房地域活性化伝道師”などの肩書も持つ山田氏は、持続可能な観光サービス産業のあり方を考えたとき、SDGsに取り組むのはもちろん、社会をより良くする“SIGs(Social Improvement Goals:ソーシャル・インプルーブメント・ゴールズ)”にも力を入れた上で、地域の自立と住民の自律を前提とするべきだと主張。観光客に生涯にわたって何度も来てもらう“カスタマー・ライフ・バリュー(顧客生涯価値)”を生み出すためにも、「住んでよし、訪れてよし」の地域として、まずは住民の日常生活を本来の意味で豊かな、質が高いものにしていく必要があると話した。

なぜならば、日本の場合、長野のようにまさに国立公園の中に人が住んでいること自体が観光客にとっては魅力であり、住民にとっての日常が、観光客にとって “異日常”の生活文化を体験することのできる場となるからだ。つまり、素晴らしい自然環境の中で山歩きをしたり、スキーを楽しんだりといった“非日常”と“異日常”の二つが混在する空間を楽しんでもらうための環境整備が重要で、そのためにはそこで生まれ育った住民自身がそこに住み続けたいと思える場所でないといけない。要はそこに“地域リアリティー”があるかどうかということであり、この点で長けているのがスイスだという。

連邦国家であるスイスは日本のように自治体が政府から交付金をもらう仕組みはなく、徹底した商品やサービスの質的向上を図り、国際競争力やイノベーション力で世界一になるなど、ブランド化に成功している。ナショナルブランドとしては世界最強で、国旗そのものがブランドのアイコンとして機能し、チョコレートやチーズ、時計などありとあらゆる製品に国旗のマークが付いているだけで、世界中の人が買ってくれる。

「それと同じように、例えば長野って言った瞬間に、ああ、長野だったら何を食べても美味しいし、何をしても楽しいよね、と言われるのがブランドです」

人口5700人の山岳リゾート、ツェルマットの地域経営の仕組みがヒントに

山田氏の住むツェルマットは人口約5700人の通年山岳リゾートで、観光関連産業だけでなく全産業が連携して地域経営に取り組んでいる。一般自動車は乗り入れ禁止で、村内の車両は原則として電気自動車と馬車だけ。大都市圏から遠い山奥の辺境地にもかかわらず、観光と農業を基軸にした総合産業化に成功し、電気自動車からチーズまですべてを地元でつくる地域リアリティーあふれる多様な商品構成で、世界中から顧客を集めている。

自然環境と景観を守る観点であらゆる建設条例があるためこの30年間、ホテルは110軒、ベッド数は約7300床で変わっていないが、年間宿泊数は約200万泊、リピート率は70%にのぼる。ベッド数が変わらない中で売上高を上げるには単価を上げるしかないが、ツェルマットでは高付加価値の地場産品を通して収益を出し、さらに電力もごみ処理も産業化できるところはすべて地元の事業者で行うことで、政府から交付金をもらうどころか、逆に州政府と連邦政府に上納できるだけの税収を上げているという。

それを可能にしているのが、ツェルマットで生まれ育った住民しか入れない地域経営管理組織を土台に、地元の観光局がブランディングとマーケティングを一手に引き受け、個々の事業者の経営能力を高めるためのプログラムを提供するなど、地域を守りながら外貨を稼ぎ、域内で循環させるための仕組みと体制だ。

株式会社長野県であれば、何人の従業員とその家族が住めるのか

スイスをはじめ欧州では同じリゾート地域が町や州、そして国境を超えて連携し、地域の経済圏を組むことは当たり前になっており、山田氏は、日本でも都道府県や市町村の区分けを超えた取り組みが必要だと提言。もっとも観光を基軸にした地域振興を図る上では「住民が自信と誇りを持ち、地域をより良くして後世に引き継ぐこと」が最大の目的であり、「例えば株式会社長野県であれば、何人の従業員とその家族が住めるのか」といった観点から、住民による総生産額と観光消費額のバランスを重視しながら地域マネジメントを行うことの重要性も強調。「観光もちゃんとファクトチェックをしなければならない」とする指摘もなされた。

「長野×EVでみえてくること」 県知事と日産副社長が対談

続いてシンポジウムは、「日本みどりのプロジェクト推進協議会」の会長も務める阿部守一・長野県知事と星野朝子・日産自動車執行役副社長による、「SDGs時代の地域づくり 長野×EVでみえてくること」と題したスペシャル対談へと移った。ファシリテーターはサステナブル・ブランド国際会議の足立直樹・サステナビリティ・プロデューサーが務めた。

全国初の「気候非常事態宣言」を経て、2030年温室効果ガス6割減、2050年ゼロ目指す

プレゼンテーションに立った阿部知事は長野県を「自然と一緒に生活を成り立たせてきた県であり、環境の変化にはもっとも敏感だと思っている」と言い、2019年10月の東日本台風災害で千曲川が決壊し、流域に大きな被害が出たことも契機となって同年12月に全国で初めて「気候非常事態宣言」を行い、今年6月に「長野県ゼロカーボン戦略」を策定した経緯を語った。

同戦略は「社会変革、経済発展とともに実現する持続可能な脱炭素社会づくり」を目指すもので、2030年度までに温室効果ガスを2010年度比で6割減らし、2050年にはゼロとする数値目標を設定。2030年に向けた施策としてはEV・FCV(燃料電池車)で安全・快適に走れるための充電インフラの充実と、MaaS(=Mobility as a Service、複数の公共交通やそれ以外の移動手段を最適に組み合わせて予約・決済などを一括で行う交通インフラの新しい仕組みのこと)やグリーンスローモビリティ、自転車など多様な移動手段の確保を、そして2050年の姿としては「自動車はすべてEV・FCVで、歩いて楽しめるまち」を描いている。

日本での普及へ 電気自動車をもっと親しみやすい車に

一方、日産の星野副社長は、100年に一度の大変革期を迎えている自動車業界にあって、同社はCO 2を出さない移動を提供するゼロエミッションの技術と、死亡事故をゼロにするための自動運転の技術の二つを柱に取り組んできたことを説明。2010年に世界で初めて電気自動車の量産を始めたことを「当時はちょっと変な取り組みとして見られていた」と語り、今や世界で累計60万台近くの販売実績があることを報告するとともに、この間、「価格を上げることなく、航続距離を約3倍に延ばしたところがイノベーションだ」と強調した。

もっとも2020年度の自動車全体における電気自動車の販売比率は、1位のノルウェーでは約50%にのぼるのに対して日本は9位でわずか0.8%に過ぎない。その一方、国内の電気自動車を巡るインフラは急速に整備され、全国の給油所と充電器数の推移は2019年度末に充電器がわずかに上回ったことが同社などの調べで分かっており、今後は車種についても四駆搭載のSUVや軽自動車も含めたラインナップを強化することで、「いろいろな方のニーズに合うよう、電気自動車を親しみやすい車としてお使いいただき、CO2を出さない社会をつくる一助にしていきたい」と話した。

長野と日産、包括連携協定を締結

また電気自動車リーフの大容量バッテリーを「動く蓄電池」として災害時の電力供給やエネルギーマネージメントに活用しているのが2018年から日本各地の自治体とともに推進する、日本電動化アクション「ブルースイッチ」で、長野でも東日本台風災害時にボランティアセンターで電力供給を行った実績がある。そして同社と長野県は今年6月、「しあわせ信州の実現及びSDGsの達成に向けた包括連携協定」を締結した。

日産は今年9月、環境省との間で「国立公園オフィシャルパートナーシップ」も結び、観光面での電気自動車の活用についても提案を始めたところだ。世界には電気自動車しか入れないよう規制をすることで観光的に成功しているリゾート地もあり、長野でもゼロエミッションの達成とともに災害時などの電力供給に貢献するのはもちろん、観光面でもさまざまな活用策を模索していくことが期待される。

環境に優しい視点を取り入れた観光地域づくりを

日産との協定について、阿部知事は車への依存度の高い長野県が脱炭素化を進める上で交通の問題は極めて大きく、同社との連携・共創の必要性を強く感じたことをまず挙げた。さらに、「長野県は今、ソーラーポテンシャルマップをネット上で公開しており、これだけの広い面積があるのは世界でも長野県だけだと思っている。ただ、電力は、発電してもためておけないのがネックであり、発電と、それをどうためるのかということはセットで考えねばならない。そういう意味で、電気自動車を蓄電池として使えるよう進めている日産の方向性とは非常に親和性がある」とする考えを表明。

また「長野の自然環境はスイスに決して劣らないと私は思っているが、課題はそうした観光地域づくりを進めるための仕組みが必ずしも十分ではないことだ」とした上で、ポストコロナにはインバウンドが復活し、世界に選ばれ、滞在型の観光が求められていることからも「地域と一体となって本当に暮らしやすい、訪れる人を引きつける地域をつくっていきたい。長野には幸い個性的な地域がたくさんあるので、そういうものをもっと掘り下げ、例えばその中を歩いて楽しめる、あるいはEVしか入れない地域をつくることなどもポジティブに議論し、環境に優しい視点を取り入れながら観光地域づくりを進めていきたい」と語った。

国立・国定公園から広がる森林保護と利用の好循環とは 県内4地域の代表が意見交換

この後シンポジウム後半では「国立・国定公園から広がる 保護と利用の好循環」と題したパネルディスカッションが行われた。長野県内には5つの国立公園と4つの国定公園があり、その中から4地域で観光や森林保護などの活動を行うメンバー4人が登壇。ファシリテーターは中部山岳国立公園管理事務所所長を務める環境省の森川政人氏だ。

「さまざまなステークホルダーが役割果たし、保護が進む」環境省・森川氏

はじめに、森川氏が日本の国立公園について、「わが国の風景を代表するとともに世界にも誇りうる自然の大風景地であること」を要件とし、米国やスイスなどの営造物型自然公園と異なって、人と自然の共生による歴史文化が織りなす風景も内包していること、また地元事業者と行政、住民や大学、環境保全団体などさまざまなステークホルダーが関わる協働型管理運営をベースとしており、「それぞれが自らの役割を果たすことで利用を促進し、保護が進むという持続可能な国立公園を目指している」ことを説明。

中部山岳地域、 マカリスター氏「スチュワードシップを大切に」

中部山岳国立公園地域でグラフィックデザイナーや写真家として活動する米・オレゴン州出身でマカリスター考務店社長のセツ・マカリスター氏は、他人から預かった資産を責任を持って管理運用する、という意味の「スチュワードシップ」という言葉を信念に、多様な人たちが交流する場づくりを目指して、組織開発やフェアトレードのコーヒー豆の焙煎などにも取り組んでいると自己紹介。「地域づくりは人を大切にすること。地域内で地域の必要を満たす物づくりを通して、アルプスの暮らしに感動し、自分の存在は創造された世界のほんの一部であるということを感じてほしい」と語った。

「森林セラピーも新しい提案を」妙高戸隠連山地域・大澤氏

20年前から町を挙げて取り組んでいる森林セラピー事業について話したのは、しなの町Woods-Life Community事務局の大澤千絵氏だ。今や世界中に広がっている森林セラピーだが、長野と新潟にまたがる妙高戸隠連山国立公園地域にある信濃町は言わばその始まりの地であり、都会から来た人たちがガイドと一緒に森を散策し、植物の枝の香りをかいだり、冷たい川に裸足で入ったりして生き生きとした表情を取り戻すという。コロナ禍で利用者は激減したが、既に企業研修を再開したところもあり、「自然やウェルネスツーリズムへの関心も高まっているので、新しいやり方も考えたい。どんな方法で新しいお客さまに来てもらうか、(シンポジウムに来ている)学生さんにも一緒に考えてもらえれば」と呼び掛けた。

上信越高原地域・田中氏「草原をどう利用し保護するかが課題だ」

上信越高原国立公園地域からは、標高1250〜1650メートルの高原地帯である菅平高原で1年中、研究をしている田中健太・筑波大学山岳科学センター菅平高原実験所准教授が、菅平と、隣接してなだらかに広がる峰の原の草原の変遷を説明。この辺りは縄文時代から草原だった場所で、100年ほど前の写真には花の百名山と言われる根子岳の山麓に広い範囲に草原が広がり、牛や馬が草をはむ姿が写っている。

ところがこの100年50年の間に交通の手段に馬を使うことも、田畑も牛が耕すこともなく、茅葺き屋根のように建物の材料に草が使われることもなくなり、草原が手入れもされなくなったことで全国で約92%、峰の原と菅平でも同じ割合の草原が失われた。国立公園の中にあって、森林保護はうまくできていたが、そのためにかえって、雑木を取り除いて草原を守ることがやりにくくなってしまったのも原因として考えられるという。

絶滅危惧種の植物の32%、蝶の42%が草原に依存しており、それらが今、絶滅の危機に瀕している。峰の原と菅平には古くは数千年前から続く草原と、50年前に森林を伐採してできた新しい草原があり、見かけはそれほど変わらないが、古い草原の方が圧倒的に希少植物が多い。さらにそういう場所には植物の根や葉に貴重な共生微生物がおり、その中には薬の原料として非常に有用なものがたくさん眠っている。

こうした状況をなんとかしようと、国立公園の許可を得て草原の笹を刈り払うイベントなどを行っており、「山が大好きで、山にお返しをしたい」という人たちの参加が増えているそう。「今日のテーマは、国立公園の保護と利用。逆説的ではあるが、草原のように利用しないと保護できないものをどうやって利用していくかが課題だ」。

「信州の自然は日本の未来を救う」八ヶ岳中信高原地域・小池氏

最後は、林業、造園業、樹木医の仕事を横断的に展開するような樹木管理の専門家として活動する木葉社代表の小池耕太郎氏が、八ヶ岳中信高原国定公園地域を代表して登壇。長野と山梨にまたがり約4万ヘクタールと広大なエリアには青紫色の松ぼっくりのできるシラビソやカラマツなど希少な樹木が多く、縄文時代から多くの人の「生活の場」であり、「国定公園が暮らしの場であるという感覚が非常に濃い地域だ」と話した。

現在、森の総合カルチャー体験施設の開設に向け仲間と汗を流しているという小池氏は、国有林も民有林も含めて「みんなの場所としての森林」を社会課題の解決の糸口として捉え、「主体である自分たちが動いて発信し、新しい時代に合う、そして振り返れば1000年前の人たちが普通に使っていた森の力をもう一度引き出せるような取り組みを通じてより良い社会につなげたい」と強調。最後に「信州の自然は日本の未来を救い得る存在になる」と力を込めた。

シンポジウム2日目は、パネルディスカッションで紹介された地域を舞台にさまざまなプログラムを体験するツアーが行われ、学生たちがそれぞれの森林や高原の恵みを肌で感じてリフレッシュするとともに、サステナブル・ツーリズムの観点からその魅力をどう発信していけば良いのかを地域の人たちと一緒に考えた。コロナ禍を経て脱炭素社会の実現に向け、観光も大きく進化する時が来ている。信州の地でそのことを強く感じさせる2日間となった。

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