JR東日本、JR東海、JR西日本、鉄道総研などが共同開発 海底地震計による新幹線地震早期検知が「日本鉄道大賞」【コラム】

海底地震計を用いた新幹線早期地震検知=イメージ=(資料:国土交通省)

鉄道業界の優れた取り組みを顕彰する、「日本鉄道賞」の20回目の表彰セレモニーが2021年10月27日にオンライン開催。最優秀賞の「日本鉄道大賞」は、JR東日本、JR東海、JR西日本のJRグループ3社と、鉄道総研、防災科学技術研究所(防災科研)、海洋研究開発機構(JAMSTEC)の3研究機関が共同で開発・採用した、「世界で初めての海底地震計を用いた新幹線地震早期検知の開発・導入とその効果~地震に対する新幹線の安全性向上に向けて~」が受賞しました。

地震発生時、揺れを素早く検知して列車を止める――言葉にするとシンプルなシステムですが、従来の陸上から海底にも地震や津波検知のネットワークを広げた点が高評価されました。2021年は2月に福島県沖、3月と5月に宮城県沖で「マグニチュード7」クラスの地震が発生しましたが、いずれもシステムが稼働して、トラブルを未然に防止しました。ここでは、新しい防災システムの特徴を極力かみ砕いて紹介。あわせて、大賞に次ぐ選考委員会特別賞4件も報告します。

鉄道開業130周年記念で創設

日本鉄道賞は前回も本コラムで取り上げさせていただきましたが、鉄道界で最高の栄誉とされる表彰制度です。鉄道開業130周年の2002年に創設されました。

主催は「鉄道の日」実行委員会。メンバーは国交省、鉄道建設・運輸施設整備支援機構(JRTT)、全国の鉄道事業者などで、国交省が発表することから、国による鉄道分野の表彰制度と考えられます。

表彰は公募制で、今回は17件の応募を東京大学大学院工学系研究科の古関隆章教授(選考委員長)、交通新聞社の中村直美常務、交通環境整備ネットワークの原潔代表理事、フリーアナウンサーの久野知美さん、国交省の上原淳鉄道局長らで構成する選考委員会が審査しました。

〝新幹線は急に止まれない!?〟

新幹線早期地震検知の表彰にはJR東日本の伊勢勝巳副社長、JR東海の田中守副社長、JR西日本の緒方文人副社長、鉄道総研の芦谷公稔専務理事に加え、防災科研とJAMSTECからも担当幹部が顔をそろえました(表彰写真は国交省鉄道局のご厚意でいただきました)(画像:国土交通省)

地震大国の日本では、一定震度以上の地震発生時、直ちに列車を停車させるシステムが求められます。最高時速300キロ前後で運転する新幹線では、手動で急ブレーキを掛けるシステムでは当然ながら間に合いません。

現在の新幹線は、地震発生と同時に変電所からの送電を停止。列車には、電気が止まると自動で非常ブレーキが掛かるシステムが搭載されます。

地震の揺れには、初期微動(P波)と主要動(S波)があり、P波でS波を推計することは多くの方がご存じでしょう。テレビやラジオの緊急地震速報も、P波を察知して警報を発します。新幹線の地震検知システムもP波の揺れを活用します。

JR各社の新幹線のうち東北新幹線は内陸部を走る区間も多いので、JR東日本は三陸沿岸に独自で地震計を設置。2011年の東日本大震災では、本震の前に列車を減速させて、安全確保につなげました。

地震計ネットワークを海底に広げる

ただ、従来の地震計ネットワークはあくまで地上限定。そこで、東日本大震災を教訓に震源が海底の場合も列車を停止できるよう、JR3社は防災科研やJAMSTECの海底地震・津波観測データを、新幹線の地震検知システムに連動させることを決め、2017年秋以降、順次ネットワークを拡大してきました。

ちなみに、JR3社と鉄道総研が共同で構築した新幹線の地震動早期検知警報システムは、英語名で恐縮ですが「URgent Earthquake Detection and Alarm System」といいます。大文字をつないだ略称は「ユレダス」で、もちろん地震に引っかけたネーミングです。

海底地震計の情報をユレダスに反映させる、ネットワークのドッキングは2020年度までに完了。海底地震計や津波観測網のデータを、鉄道の防災に直接活用するのは世界初めてということです。

東日本150ヵ所と西日本51ヵ所の海域に観測点

もう少し、海底地震計にお付き合いを。防災科研などは、東日本の太平洋沖に「日本海溝海底地震津波観測網」(S-net)、西日本の南海トラフ地震の想定震源域に「地震・津波観測監視システム」(DONET)の2つの観測網を持ちます。

S-netは、太平洋沖5つの海域(房総沖、茨城・福島沖、宮城・岩手沖、三陸沖北部、釧路・青森沖)と日本海溝(海溝軸外側)をカバーし、観測点は全体で150カ所。データは光ファイバー海底ケーブルで伝送され、JRをはじめとする関係機関に配信されます。

DONETは、和歌山県の紀伊半島沖から徳島県の室戸岬沖までで、観測点は51カ所。S-netと同じく、データはリアルタイムで関係機関に伝達されます。

JR3社は海底地震計だけでなく、既存の陸上地震計のシステムも更新、精度を向上させました。新幹線と在来線をあわせた緊急停止警報の発報推計時間は、従来の最短2秒を1秒に短縮。「たかが1秒、されど1秒」というわけです。

「鉄印帳の旅」に選考委特別賞

鉄印帳と参加三セク鉄道40社の社名とマーク(資料:国土交通省)

日本鉄道賞の次点に当たる「日本鉄道賞表彰選考委員会による特別賞」には、第三セクター鉄道等協議会、読売旅行、旅行読売出版社、日本旅行の「地方鉄道をつなぐ、元気にする『鉄印帳』事業」、大阪モノレールの「医療従事者応援プロジェクト『ブルーエール号の発信』」、東急、伊豆急行、首都高速道路、首都高技術の「『鉄道版インフラドクター』を伊豆急行線のトンネル検査に導入」、JR九州の「鉄道で地域の魅力を再発見D&S列車『36ぷらす3』」の4件が選ばれました。

「鉄印帳」は、何回も本サイトで紹介させていただいたので繰り返しは避けますが、選考委は「人間の持つコレクションの気持ちを巧みに刺激するこの試みは、他の鉄道事業者にも刺激を与えた」と評価しました。確かに鉄道各社の営業戦略では、類似の企画が相次いでいます。

鉄印帳の表彰には三セク協の中村一郎会長(三陸鉄道社長)、読売旅行と旅行読売出版社の坂元隆社長、日本旅行の小谷野悦光社長がオンライン参加しました(画像:国土交通省)

従来の鉄道スタンプラリーは鉄道ファン以外、なかなか広がらなかったのですが、鉄印帳は鉄道にさほど関心のない女性や高齢の旅行ファンにヒットした点が、最大の成功要因でしょう。私には、これからの営業キャンペーンの方向性を示した点が選考委員の心に刺さったように思えます。

クラファンで医療従事者にエール

万博記念公園に建つ「太陽の塔」をバックに走る「ブルーエール号」(資料:国土交通省)

大阪モノレールの「ブルーエール号」も、本サイトで取り上げました。コロナ禍の最前線に立つ医療従事者に、ブルーの特別塗装車でエールを送る。資金はクラウドファンディングで調達しました。国交省の資料で初めて知ったことを一つ挙げると、アイディアは利用客からの1通のメールでした。

コロナ禍では、医療や介護従事者が社会に欠かせない「エッセンシャルワーカー」と認識されました。私は鉄道やバスの公共交通従事者も、エッセンシャルワーカーだと考えます。

大阪モノレールの選考委特別賞は井出仁雄社長が受賞しました(画像:国土交通省)

道路メンテの技術を鉄道に応用

伊豆急のトンネルを計測して健全度を判断するインフラドクター(資料:国土交通省)

残りスペースがなくなりました。東急、伊豆急、道路2社の「鉄道版インフラドクター」は首都高のメンテナンスで成果を上げるインフラドクターを鉄道トンネルに応用した、鉄道と道路の協業策です。

1960年代からの高度成長期に建設・整備されたインフラのメンテナンスは、現代日本で最大の社会課題。今後も、さまざまな刷新策が期待されます。

ストーリーを持った観光列車

快走するJR九州の「36ぷらす3」と車内イメージ(資料:国土交通省)

ラストの「36ぷらす3」は、「九州を一周する列車をつくりたい!」の発想が生み出した観光列車です。選考委は運転ルートごとに、自然景観や工芸、味覚といった7つのエピソードを設定、乗車の楽しみを増すストーリー性を評価しました。

以上で、日本鉄道賞の紹介を終えますが、皆さんいかがでしょうか。万一の自然災害時に乗客の安全を守る、海底地震計ネットワークを高く評価した今年の日本鉄道賞、私には見えない部分に光を当てた、本当の意味でのプロ仕様の表彰といえそうな気がしました。

記事:上里夏生

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